映画やテレビ番組等の映像コンテンツに、日本語字幕や、音声ガイド、手話映像を付けたり、多言語対応を行うなど「映像のバリアフリー化」にまつわる業務を担っていらっしゃる、Palabraさんを取材させて頂きました。今回は『東京干潟』音声ガイド・モニター検討会を実施されるとのことで、その様子を見学させて頂きました。
検討会は朝から夕方まで時間をかけて実施されるとのことでしたが、私は午前中の一部の時間にお邪魔させて頂きました。検討会に参加されたのは、視覚障害のあるモニターさん2名と、『東京干潟』を撮った村上浩康監督、ディスクライバーの風呂美穂さん(音声ガイドの脚本執筆者)、監修担当の松田高加子さんの5名。最初にモニターのお2人が、先天的な視覚障害か中途失明か、今どれくらい目が見えるかをお話してくださった後、音声ガイドを各自イヤホンで聞きながら、まず本編最初の部分を10分ほど鑑賞しました。
一旦本編を止めて、モニターのお2人から音声ガイドについて感想、意見が述べられ、それをもとに、監督、ディスクライバー、監修担当それぞれの立場から、改善点を出し合い、話し合いが進められました。例えば、モニターの方から「多摩川が舞台と言っていたけれど、どの辺りなのかなと思いました」と意見が出ると、監修が「飛行機がどこを飛んでいるか気になりませんでしたか?離陸と言っているんですけど、羽田空港なんです」と問い、続けて監督から「僕は羽田空港ってはっきり入れたほうが良いと思うんです。羽田空港と京浜工業地帯の間に干潟があるので」という提案が出る、という具合に1つずつ気になった点について話し合われました。
またモノの描写についても、モニターの方から「“胴長”というのは、ゴム性のウエストまであるやつですよね?」という質問が出ると、監修から「胸まであるやつなので、胸まであるものと言ったほうが良いですね」といったように、どこまで詳細に説明したほうが良いかという議論もいくつか出ていました。
監督からは「テロップを読み上げている部分について、最初だけ“テロップ”と言っているけれど、その後もテロップを読む時は“テロップ”と言ったほうが良いのでは?」という意見が出ました。監督としては映像についての情報と、文字情報を区別できるようにしたほうが良いのではという考えがあったようですが、「ずっとテロップが出る毎に“テロップ”と言うのは邪魔ではないか」という意見も出たり、こういったところまで配慮されているのだなと知ることができました。
さらに冒頭から登場する右目が不自由なおじいさんについて、音声ガイドの原稿では「右目は光が失われている」と表現していましたが、監督は重要なポイントなので「右目が見えない」とはっきり伝えたほうが良いと意見を出していました。こういったように、正確に伝えたほうが良いポイント、情報量にも配慮すべきポイントなど、いろいろなところに配慮されて制作されているのが、伝わってきました。
目が見えると逆にそこまで気にして観ていない部分があるんだなと気付かされることもあり、検討会での議論を拝見して、とても勉強になりました。この日は検討会の妨げにならないよう見学だけさせて頂き、後日制作者の松田高加子さんに質問にお答え頂きました。内容を下記にご紹介します。
見えないからといって、映画館に拒絶されていると感じることがあってはいけない
Q:作品の規模にもよると思いますが、音声ガイドを必要とする観客は潜在的にどれくらいいらっしゃるのでしょうか?
A:イコール音声ガイドを必要とする観客と言えるかわかりませんが、視覚障害者手帳保持者=約30万人です。ただし、手帳は任意の申請での取得です。2009年眼科医師会が発表した「視覚障害に匹敵する視力」の人口は165万人とのことでした。
Q:音声ガイドを制作するために最低限必要な条件や、どれくらいの規模での鑑賞者数が見込まれると制作する流れになるのでしょうか?
A:条件は特にありません。弊社は受注での制作ですので、映画会社様から依頼があればどんな作品にでも制作します。
Q:先天的に目が見えない方、中途失明の方とで、見え方が違うのはもちろん、もとの物体や風景などを見たことがあるかないかという違いもあると思います。そのギャップはどこまで対応されていて、そのさじ加減はどう判断されているのでしょうか?
A:目が見えている観客が「目が見えているから」という理由で同じようには観ていないのと同じだと捉えています。例えば、スポーツに詳しい人が観るスポーツ映画と、そうでもない人が観るのとでは全く理解が違うのではないでしょうか。なので、「その作品としてどういった音声ガイドにするか?」という軸を決めてガイドを書きます。色使いが美しい作品であれば、色を丁寧に説明したりします。たとえ、色を一度も観たことがない人が観客に含まれていてもです。
ただ、頭の中でイメージを作りやすい言葉で伝えるという“コツ”はあると思います。生まれつき視覚を使ったことがない人に対しても、その人なりにイメージを掴んでスムーズに映画についてきてもらえればいいと思うので、絶対的に正しい色や形状を掴んでもらうことに腐心するより、映画のエッセンスを壊さずに鑑賞してもらえることを考えて工夫をします。
Q:ラジオのように音声だけ聞くのではなく、映画館で音声ガイド付で映画をご覧になるメリットは何だと思いますか?
A:「目が見えている人が映画館に行く価値をどのように捉えているのか?」ということと同じだと思います。目が見えていてもスマホ画面で映画を見て満足をする人も多いと思います。私自身の考えになってしまいますが、私は映画館での鑑賞は、他者と同じ場所で同じ作品を共有する体験の場だと捉えています。映画館の雰囲気が好きという視覚障害の人は多いです。もちろん、音が良いというのが高いポイントになっている人もいると思います。
友達や家族と映画館に行くというのが楽しいというのも含め、視覚障害者が映画館に行ってメリットがないということはないのではないかと思います。ましてや音声ガイドがあって安心して作品を楽しめるのであれば、そのあたりは皆と同じではないでしょうか? 視覚障害のある人の中にはラジオ派ももちろんいますが、テレビを観ている人のほうが多いような印象があります。
Q:監督の演出や意図を汲んだ音声ガイドとしなければいけない点で、ご苦労もあるのかなと思いました。その点で難しいのはどんなところでしょうか?
A:映画監督の中にはそもそも言葉にしたくなくて映像を撮っているというような方が多いのではないかと思います。そういう場合に、なんとなく申し訳ないような気持ちになることもあります。でも、映画制作者と一緒に音声ガイドを制作すると、必ず良い落としどころが見つけられるので楽しいです。とにかく共通の目標が「一緒に楽しめるようにしよう!」なので。
Q:このお仕事に就いたきっかけ、やり甲斐を教えてください。
A:20年前は映画の音声ガイドというものはほとんど存在していませんでした。当時、視覚障害の女性と初めて映画館に一緒に行きました。その方は見えなくなって15年目の方でした。目の病気になる以前は、週に1回映画館に行くほど映画が好きだったのに、見えなくなってからは映画館に拒絶されているような気持ちになって行けなかったとおっしゃっていました。私はただただ映画が好きなだけの人間でしたが、「映画館に拒絶されたら、生きていけない!」という気持ちになり、そんなことがあってはいけないと思って、なんとか映画の音声ガイドが当たり前のものとなるよう活動をしてきました。視覚障害のある友人達と映画の感想を交わすと、また音声ガイドを書きたいなと思います。
Q:映画のバリアフリー版について、広く世間に知って欲しいことがあれば、教えてください。
A:映画は総合芸術と呼ばれる通り、音や音楽、セリフ、ストーリーと視覚を使わなくても楽しめる部分もたくさんあります。音声ガイドで視覚情報を補うことで、より安心して映画を楽しめます。ただ、外国映画になると、まずセリフが字幕で表示されているので読めません。UDCastを使えば、外国語のセリフで上映する映画でも、イヤホンから字幕を読み上げる音声(ボイスオーバー方式)と音声ガイドを付けて鑑賞することもできますが、まだまだ外国映画のバリアフリー化ができていません。外国語映画の音声ガイド付きの要望は日々私達に届いているので、応えられるよう頑張りたいと思っています。
『東京干潟』音声ガイドモニター検討会:
2020年2月20日取材 TEXT by Myson
『東京干潟』
撮影・編集・製作・監督 村上浩康
公式サイト
※今後の公開情報は公式サイトをご確認ください。
捨てられた十数匹の猫を殺処分から救うため、多摩川の河口でシジミを獲り、それを売ったわずかなお金で生計を立てているホームレスの老人の姿を追ったドキュメンタリー。
今年度から『新藤兼人賞』金賞の副賞に「UDCast賞」が新設され、村上浩康監督の『東京干潟』『蟹の惑星』が金賞を受賞。『東京干潟』『蟹の惑星』は、Palabra(パラブラ)株式会社による、日本語字幕と音声ガイドの制作、アプリ「UDCast」で提供するまでのサポートを受けることになった。なお、音声ガイドのナレーションは、村上監督が担当することになっている。
ⒸTOKYO HIGATA PROJECT
Palabra(パラブラ)株式会社
公式サイト