この映画には冒頭からヒョエーとなる痛々しくてグロテスクなシーンがあり、殺し屋の話なのでその後も惨殺な場面が多々出てきます。正直なところラストも一瞬「え?え?それで?」となるのですが、きっと何か哲学的な意味合いがあるに違いないと勝手に感じて、この映画は何を伝えたいのだろうと考えてみました。
殺し屋のタシャ・ヴァス(アンドレア・ライズボロー)は、他人の身体に入り込み、ポゼッサー(所有者)として人格を乗っ取って殺しを働いています。任務が終わると彼女は乗っ取っていた“ホスト(宿主)”を自殺に追い込み、その身体から離脱します。ある日彼女は新たな任務でコリン・テイト(クリストファー・アボット)の身体に潜り込みます。でも彼の人格を完全に抑え込むことができず、ヴァスとテイトの人格のせめぎ合いが始まります。この後の物語は本編で観ていただくとして、この物語は、この社会で不毛な人生を送っている人間の生き方を比喩しているように思えます。人格を乗っ取られる側も、乗っ取る側も自分の人生を生きていない。また、どこか不毛だとわかっていながら一時は苦しみもがくけれど、自分に向き合うのではなくそれを他人のせいにして他人を排除することで解決しようとしてしまう。でもそれでは何の解決にもならないから、再び元の生活に戻っていく…。そんな状況を俯瞰して捉え、こういった極端な形で表現しているのではないかと感じました。これはあくまで私の解釈ですが、皆さんもいろいろな解釈をもって観ていただけると一層楽しめると思います。
本作はデヴィッド・クローネンバーグの息子ブランドンの作品ですが、クローネンバーグ親子それぞれの作品を振り返ると、普段彼らはどんな会話をしているのだろうと気になります(笑)。これを機にブランドンの過去作はもちろん、父デヴィッドの作品を観てみるのも良さそうですね。
これは耐性がないと最後まで観るのが辛いと思うので、誘う相手は選ばなければいけないと思います。もともとこういう作品が好きな相手なら問題はありませんが、相手の好みがわからないうちはやめておいたほうが良いでしょう。1人でじっくり観るか、いろいろな映画をたくさん観ている友達と観るほうが、鑑賞後にもいろいろ話せて楽しいと思います。
R-18なのでキッズやティーンの皆さんはほとんどの方が観られません。18歳になっていたとしても、何も知らずにいきなり観ると驚くかもしれません。過激な映画だということは少し覚悟した上で、興味があれば観てみてください。グロテスクで残忍な描写の奥に何が表現されているのかを考えながら観ると、映画の奥深さが感じられると思います。
『ポゼッサー』
2022年3月4日より全国順次公開
R-18+
コピアポア・フィルム
公式サイト
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TEXT by Myson