取材&インタビュー

『私だけ聴こえる』松井至監督インタビュー

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映画『私だけ聴こえる』松井至監督インタビュー

音のない世界と聴こえる世界の狭間で居場所を失ったコーダの子ども達の姿を追ったドキュメンタリー映画『私だけ聴こえる』。今回はその監督を務めた松井至さんに、本作制作の裏話や、監督が肌で感じたコーダの方々のリアルな意見について聞いてみました。

※コーダとは:耳の聴こえない親を持つ耳の聴こえる子どものこと。

<PROFILE>
松井至(まつい いたる):監督・企画・撮影
1984年、東京都生まれ。リトルネロフィルムズ合同会社の代表。「聴きとりづらい声を聴くこと」をモットーにドキュメンタリーを制作。コロナ禍の東京を映した『東京リトルネロ』では、貧困ジャーナリスト賞・ギャラクシー賞(奨励賞)、ATP賞(奨励賞)、TOKYODOCS優秀企画賞を受賞。コロナ禍をきっかけに行動を促すメディア“ドキュミーム”を立ち上げ、無名の人達が知られざる物語を語る映像祭<ドキュメメント>を主催。

コーダだからこうなったというテーマを撮るのではなく、一人ひとりの人間を撮りました

映画『私だけ聴こえる』ASHLEY RYAN

シャミ:
本作に登場するコーダの方の多くが海外の方でしたが、海外の方に取材することになったきっかけを教えてください。

松井至監督:
2015年にNHKワールドの『TOMORROW』という番組があり、東日本大震災の時に沿岸部に住んでいたろう者がどうやって津波から逃げたのかという企画を書きました。それで、『あの日、音のない世界で』というドキュメンタリーを制作しようとした時に、日本の手話に通じ、且つ英語で被災地の復興を語ってもらうことができるリポーターとしてアシュリーさんをお呼びしました。ろうの方達は、耳の聴こえる息子や娘が自宅に駆けつけてくれたことで、津波から逃れられたそうです。
僕はアシュリーさんと一緒にそのお子さん達に会いに行ったのですが、いろいろな方に会うに連れてアシュリーさんが落ち込んでいるように見えたんです。最初はロケで疲れたのかと思ったのですが、よくよく聞いてみると「これまで会ってきた人達は、耳の聴こえない親を持つ、耳の聴こえる子ども達で、その人達のことを“コーダ”というんです。そして、私もコーダなんです」と教えてくれました。それを聞いてから、1980年代にアメリカでコーダという概念ができて、キャンプや国際的な会議など、コーダが自分の仲間を見つけられるようにコミュニティが作られているということを知りました。
当時の日本ではコーダが知られていなくて、コーダという言葉を使って発信している人もあまりいませんでした。アシュリーさんがアメリカのコーダ・コミュニティについて教えてくれたので、アメリカで取材をすればコーダのアイデンティティやコミュニティについての最新の状況がわかると思い、アメリカで取材することになりました。

映画『私だけ聴こえる』

シャミ:
日本でのコーダの認知度は一般的にはまだまだ低いと思うのですが、東日本大震災当時から現在に至るまでで変化したことや現状はいかがでしょうか?

松井至監督:
コミュニティが増えているというよりは、コーダの人達が自分で発信しようという気風になってきているように感じます。五十嵐大さんというライターの方が自分の経験をHuffPostに書いたり、J-CODAの代表の中津真美さんという方が「コーダとは何か」を地道に伝える活動をしていたり、若いコーダのYouTuberで“コーダTV”をやっている方や、いろいろな方が「コーダとは何か」について語れる状況ができてきているのではないでしょうか。

シャミ:
監督がアメリカで初めてコーダの方と会った時はどんな印象でしたか?

松井至監督:
アシュリーさんと共にSNSを通してアンケートを行い、コーダのドキュメンタリーを作りたいという話をしました。そのアンケートに答えてくれた方が50人くらいいて、その中にナイラがいて繋がりました。ナイラとSkypeをした時は、この子を主役にドキュメンタリーを撮ろうと思いました。実際にナイラの自宅に行った時に、ナイラはコーダの友達を5、6人連れてきてくれました。劇中にはありませんが、家の中や庭でコーダの方達が話しているのをずっと聞いていて、一人ひとりにインタビューを行い、それでコーダとは何か少しずつ糸口を掴んでいきました。
ナイラは、「私はろうになりたい」と言ったわけですが、そのセリフは僕ら耳の聴こえる人間からすると、「なぜ障がいのある人になりたいんだろう?」とか「なぜ聴力を捨てたがっているんだろう?」と思いますよね。でも、実際にアメリカのコーダ達と会って話を聞いていると、彼女達にとっては手話が母語なんです。生まれた時からろう文化の中で手話を自分の言葉としてコミュニケーションをとっていて、お互い見つめ合い、顔の表情ひとつで喜怒哀楽を表現したり、全身を動かして自分のことを伝えていく、その表現はすごく親密なコミュニケーションに思えます。口話に比べて手話の情報量はすごいもので、その人の人格が滲み出るという印象を持ちました。
でも、彼女達が小学校に入り聴者の環境に行くと、周りの子達が目を合わさずに口だけ動かして話していることがすごく冷たく感じるというのです。だから、「聴者の世界は冷たい。ろうの世界は温かい」「私はろうの世界にいてそこで育ったのに、何で聴こえるんだろう。ろうになりたかった」ということだったんです。自分の生まれた文化に愛着を感じて、その栄養で育ったということは、その土で育った植物みたいに一体なものですよね。だからそこに帰りたくなるのは当たり前のことだなと思いました。

シャミ:
なるほど〜。ナイラの姿は特に印象的でしたが、監督がコーダの子と接するなかで他に思い出に残っている出来事はありますか?

映画『私だけ聴こえる』NYLA ROBERTS

松井至監督:
最初に3分くらいの短い映像を作ったのですが、それを観たナイラが「私の物語は私のもの」と言ったんです。「あなたはコーダのことを理解できないのだから、そのことを認識して欲しい」と言われました。つまり僕は、取材者として誰かの代弁をしようとしてしまっていたわけです。マジョリティの側にいる僕が彼女達の世界に出かけて行って、コーダのことを語ってしまったということ自体がすごく傲慢なことだったんです。
ナイラからそう言われた時は、これからどう撮れば良いのかわからなくなってしまいました。僕の職能はストーリーテリングであり、それまではそこを鍛えてきたわけですが、その方法ではダメだということなんです。これまでのやり方が全部通用しないということで、どうするか1年くらい悩みました。ナイラの発言の原因は、僕の非常にマジョリティ的な無自覚だったと思うので、そこに気づけたことは1番大きな学びでした。

シャミ:
1年くらい悩んだ上でどういう風に方向性を変えていったのでしょうか?

松井至監督:
ずっと悩み続けて、もう1回ロケが再開するという時にナイラの家に向かったのですが、何かできるとは全く思えませんでした。だから、正直に話す他ないと思い、カメラも回さずに4、5時間話したんです。その時にナイラに「僕はコーダのことがわからないから、あなたがドキュメンタリーのディレクターになってください」と話し、そこでプロジェクトの主体がどこにあるのかが変わりました。ナイラとしては一体何を撮られているのかわからず、ずっと怖かったと思うんです。マイノリティの話ですし、この作品が「コーダはこういうものだ」と定義してしまうことになるわけですから、そういうプレッシャーを負わせて取材をしてしまっていたと思います。
でも、そういうことが徐々になくなり、ナイラが「自分だったらコーダをこう表現する」とか、「ヒアリングの世界にいる時はこう」「ろうの世界にいる時はこう」とか、自分のことをたくさん教えてくれるようになったんです。そのやり取りの中で、「僕らはこういうシーンが作れると思う」「映像で作るとこうなるよ」と答えていき、一緒にコーダとは何かを考えてみようという意識に変わっていきました。

シャミ:
完成した作品はナイラさんや他の出演者の方はご覧になりましたか?

松井至監督:
はい、それぞれの家族と上映会をして、皆喜んでくれたので本当にホッとしました。

映画『私だけ聴こえる』JESSICA WEIS

シャミ:
ナイラや他の子達も含め、コーダであることの悩み以外に、ティーンだからこその悩みも混在しているように見えたのですが、監督は近くで見ていていかがでしたか?

松井至監督:
そうですね、すべてのティーンに起こる問題や心の揺れ動きと重なる部分があったと思います。コーダだから何か特別な生き物であるということは全くなくて、コーダというレイヤーのようなものがあるということなんです。それが全体の何割かはわかりませんが、コーダという属性が100%の人間はいないわけです。だから、コーダだからこうなったというテーマを撮るのではなくて、一人ひとりの人間を撮るんだと捉えました。そうすることでナイラ達も「コーダって何だろう?」「どうやったらコーダを表現できるんだろう?」というところに意識が集まっていったと思います。だからこそ映画の中で起きていることの多くは、僕らが10代だった頃とも重なる部分があるのだと思います。

シャミ:
ナイラ達が自分のアイデンティティに悩む姿も映されていましたが、監督はご自身のアイデンティティや自分の居場所についてどのような考えをお持ちですか?

松井至監督:
僕は昔から学校や社会に馴染めないタイプで、小学校の時にいじめを受けたり、義務教育がストレスだったので自由教育のほうに行ったりして、とにかく誰かにジャッジメントされることが嫌でした。ナイラも同じように「誰にもジャッジメントされたくない」といつも言っていて、そういう感覚は僕も覚えがあったので親近感を持ちました。
僕自身のアイデンティティを形成したものは、何かを作って表現することだったと思います。何かを作ることで精神を保ち、不安定ながらも何とか生きてこられました。それは今も変わっていませんが、そういう意味では社会に居場所がないということは、僕自身もずっと感じていましたし、本当は多くの人もそうなんじゃないかと思うんです。社会の真ん中に“普通”というものが生まれて、そこに当てはまらない人達が“普通”じゃないということになるわけですよね。そして、そういう人達がマイノリティとされ、集団とのズレが生じ、生きづらさが生じるわけです。でも、例えば発達障害の人がアフリカに行ったら何も気にしなくて良かったとか、江戸時代に発達障害があったのかといったらそういう概念はなかっただろうし、社会とか時代によって“普通”という円が広くなったり狭くなったりして、その周縁の人を問題化しているわけです。今の日本はその円が非常に狭くなっていると思いますが、その円に入れないタイプだったからといって、人生を諦めないといけないのかとか、社会からのネガティブなダメージを受け続けないといけないのかというと、そうではないですよね。
コーダの人達の場合なら、社会の側の認知が足りないことからアイデンティティを作っていく必要があり、「自分達はこういう存在なんだ」「仲間と繋がることができるんだ」「自分達が何者か考えて良いんだ」ということですよね。それは、何かしらの理由で生きづらさを感じていて、まだその正体が掴めていない人を励ますものだと思います。コーダが揺れ動いて、自分自身を見つけていく軌道は、鏡のように多くの人の経験を映し出すものなのかなと思います。だから僕は、聴者である自分の無自覚を醜く感じたし、おもいっきり悩んだり仲間を必要として繋がることができるコーダ達を羨ましいなと思ったこともありました。

映画『私だけ聴こえる』MJ

シャミ:
先ほど昔から何かを作ることが好きだったというお話がありましたが、映画などの映像作品も昔から好きでしたか?

松井至監督:
映像は好きでずっと観ていました。高校生の時はビデオをレンタルして1日4本くらい観て、また寝てみたいなカビが生えそうな生活をしていました(笑)。あとは美術が好きだったので、絵を描いたりもしていましたし、大学の時には舞踏をやっていて、自分で振付をして踊ることに夢中になっていました。身体表現というのが原点にある気がしていて、それでろう文化に触れて体が言葉なんだということに改めて気づいたのかもしれません。

シャミ:
その後はどうやって映画や映像の仕事に興味を持っていったのでしょうか?

松井至監督:
身体表現には、自分が気づく前に体が動いていないと到達できない領域があり、僕はそこには行けなかったので無理だと思いました。でも、目で見ることでなら何かできると思い、最後の最後に映像表現しか残らなかったので、それをやりました。

シャミ:
では最後の質問で、これまでで1番影響を受けた作品、もしくは俳優や監督など人物がいらっしゃったら教えてください。

松井至監督:
いろいろありますが、最初に観た映像の記憶は、祖父が見せてくれた『戦ふ兵隊』という亀井文夫監督のドキュメンタリーです。当時日本の陸軍が日中戦争に従軍する形で、戦意高揚の映像を作らせようと亀井監督を連れていったそうです。映像は、日本軍が中国人の農夫を捕まえていて、彼が「帰りたい」と言うシーンから始まるのですが、それは日本兵が思っていることとして撮っているんです。ほとんどの兵士は日本に帰れば農民など一般人なわけで、戦争に巻き込まれれば皆こう思うだろうなということが表現されています。でも、それを直接撮ることはできないので、捕虜にした中国人達の叫びを日本兵の声として扱っているんです。モンタージュが社会の狂気を淡々と映し出している。
その作品の中で日本軍の馬が病気になって倒れて死ぬという場面があり、その映像は特に印象に残っています。子どもながらに「なぜ死んだのだろう」「どうして撮ったんだろう」と不思議に感じましたし、そこに戦争の悲惨さや人間の愚かさが全部表現されている気がして、自分の中に異物感みたいなものが残りました。

映画『私だけ聴こえる』松井至監督インタビュー

シャミ:
子どもの頃に観たら衝撃的な映像な気もしますが、いかがでしたか?

松井至監督:
他とはまるで違う映像のように感じて、子どもながらに記憶に残ったんだと思います。まさか当時は自分がドキュメンタリーを作るとは思ってもみませんでしたけど(笑)。その後にいろいろな映画を観て影響を受けたのですが、最初の映像の記憶というと亀井文夫監督の『戦ふ兵隊』だと思います。

シャミ:
本日はありがとうございました!

2022年5月13日取材 TEXT by Shamy

映画『私だけ聴こえる』NYLA ROBERTS

『私だけ聴こえる』
2022年5月28日より全国順次公開
監督:松井至
出演:ASHLEY RYAN/NYLA ROBERTS/JESSICA WEIS/MJ/那須英彰
配給:太秦

耳の聴こえない親から生まれた、耳の聴こえる子ども達を“コーダ(CODA:Children Of Deaf Adults)”という。本作は、“コーダ”という言葉が生まれたアメリカのコーダ・コミュニティを初めて取材した長編ドキュメンタリー。聴こえる世界にも、ろうの世界にも居場所のないコーダの子ども達の3年間を追っている。

公式サイト

© TEMJIN / RITORNELLO FILMS

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