映画『彼女のいない部屋』来日舞台挨拶:マチュー・アマルリック監督
俳優、監督として活躍するマチュー・アマルリックが来日し、監督最新作『彼女のいない部屋』が公開されているBunkamuraル・シネマで舞台挨拶を行いました。アマルリック監督は、「皆さん、今日は本当にありがとうございます。私の作品が日本で公開されて、とても感動しています。この感動は、私だけではなく皆さんも同じだと思います。この数年間私達は離ればなれでようやくお会いしたという感じですよね。ここにいられることをとても嬉しく思っています。ありがとうございます」とコメント。会場からは大きな拍手が贈られました。
この日は事前にお客様から集められた質問に答える形で、質疑応答が行われました。その中から抜粋してご紹介します。一部ネタバレを含みますので、これから映画をご覧になる方は、観終わってからお読みください。
Q:主役のヴィッキー・クリープスさんはポール・トーマス・アンダーソン監督やM・ナイト・シャマラン監督の作品など作家性の強い作品に出ている印象です。アマルリック監督が今回ヴィッキーさんを起用したいと思った理由は何ですか?
マチュー・アマルリック監督:
ヴィッキー・クリープスが今この会場にいたら、この質問が無駄になるくらい皆さんは理解されるんじゃないかなと思います。確かにヴィッキー・クリープスが僕の脳裏に現れた時、ちょうど4ヶ月前にポール・トーマス・アンダーソン監督の『ファントム・スレッド』を観ていたんですね。その4ヶ月後に執筆を始めて1日半後に、急に彼女が目の前に現れた感じだったんですね。まさに顕現したというか、パッと彼女のイメージが現れたんです。すぐに彼女のエージェントに電話をして、彼女を面接させてくれないかと楽しみました。その3週間後に会って、その時はまだシナリオを書き終えてなくて、原作を渡しました。でも2人ともこの作品の中身のことなんて全く話すのを忘れていました。彼女は「私がこれをやりたいかどうか見てみましょう」という感じでその日は終わりましたが、僕は絶対彼女と一緒に作品を撮るんだという確信がありました。それがまさに出会いということだったんじゃないかと思います。
Q:この作品を作る上で一番苦労したことがあれば教えてください。
※ネタバレが含まれます。
マチュー・アマルリック監督:
苦労ですか、どうだろうな。どちらかというと逆説的ですが、本当に楽しい、喜びが溢れていた撮影現場だったと思います。喜劇を撮るほうがよっぽど苦労します。喜劇というのは人を笑わせなければならないというリスクを伴います。撮影現場はとても緊張していて、喜劇を撮っている時は拷問みたいなことがあると思うんですけど、この作品に限ってはそういうことが全くありませんでした。ただ、技術面も含めて、僕は監督として俳優達のために準備しておくべきことがあるんです。僕自身は俳優達の遊びの空間を予め作っておくというのが監督の役目だと思っています。例えば、25分でワンテイクを撮る、うまくいけばそれで終わりにする、でももう1回25分の2テイク目を撮るとします。でも、それを同じカメラアングル、カメラワークではなく、違う形で撮る、そういう工夫をします。僕自身、こういうこともあり得る、これもあり得ると仮定をたくさん用意しておくんです。俳優がそれを受け取った時に、技術的な面は準備が万端なので、僕はカメラにバトンを渡すんです。そして、俳優達が僕が書いたものに命を与えてくれるんです。僕自身、この作品で死者をリスペクトする気持ちは全然なくて、彼女(主人公)が考える家族の生き生きとした部分を創出しようと思っていました。でも、主人公が家族の遺体に会うシーンを何テイクも撮るのは役者にとって苦痛じゃないですか。だからそうならないように技術面でも用意して、彼女がワンテイクで終われるようにする、それが監督として最低限の礼儀かなと思っていました。
Q:監督の映画は女性の主人公が多いと思うのですが、それは意識して女性を描きたいということで選んでらっしゃるのでしょうか。そして、もし男性を主人公にするならば、どんなテーマ、ストーリーとか心の中にあるものはありますか?
マチュー・アマルリック監督:
女性の主人公が多いということはあまり考えたことがなかったです。僕自身、監督として映画を撮る時は、未知の世界に近づきたいという思いが無意識にあると思います。例えば、女の子の部屋を覗いてみたいなとか。でも、それを意識的に選んでいるというよりは引き寄せられているように思います。いつもはその当時の彼女とかをヒロインにして一緒に撮るということが多かったんです。今回は初めて、ヴィッキー・クリープスという私生活で僕の彼女ではない女優さんと撮りました。これは意外に悪くないなと思いました。撮影現場ですごく自分が自由になれるのを発見しましたし、そこで友情関係が生まれて、バトンを渡すという共伴関係ができるわけですよね。男性を主役にした作品も撮っていないわけではなくて、『さすらいの女神たち』『青の寝室』の時はできるだけすべてのキャラクターの中で一番滑稽な役を自分にあてがうようにしました。それしかできないと思います。カッコ良い役なんて自分にあてがうことはできないので。でも、あんまりこの作品はうまくいってないなと思うこともあります。
Q:作りたいと思う作品と出演したい作品に違いはありますか?
マチュー・アマルリック監督:
実はカメラの後ろで仕事をし始めたのは17歳の頃なんです。その後短編映画も撮ったりもしましたが、当時はまだデジタルじゃなくてフィルムで撮っていて、フィルムの編集ってなかなかおもしろいなと思いました。監督の助手もやってみたんですが、これはつまらないなと思いました。他にも現場の制作進行とか雑用係、小道具係など、現場でやるいろいろな仕事をちょこちょこやっていたんです。そして、アルノー・デプレシャン監督が僕に役者を経験させるという奇妙なアイデアを思いついて、30歳の時『そして僕は恋をする』という作品で本当の意味で俳優デビューをしました。それから時を経て、俳優というのも技術スタッフと同じようにとても手作業的な仕事なんだなと感じるようになりました。技術スタッフも1つのショットを作り上げるために奔走しているし、俳優達もそれを良いものにしようとして努力をしている。そこにはカメラの前とか後という境界線はないんですよね。僕自身、それが確かだなと思うのは、俳優として何度も演技をしてきた経験があるからこそ、この作品でそれがすごく活きているからなんです。ヴィッキー・クリープスやアリエ・ワルトアルテ(マルコ役)、子ども達と言葉を介する必要がないんですよね。空間のとり方、ちょっとした仕草、リズム、感情的なもの、それがすべてだということを今回の作品でより感じました。
Q:俳優業、監督業、どちらがお好きですか?今後のお仕事の比率を考えていらっしゃったら教えてください。
マチュー・アマルリック監督:
今お話ししたように、俳優と監督で併行してキャリアを進めてきたわけですけれども、現在の状況を告白すると俳優としての出演作は減らしています。なぜかというと、俳優をやっていて危険だなという感覚がなくなってきたんですね。あまりリスクを伴わないということで、俳優業を減らしているという状況なんです。今はどちらかというと映画を撮るということを熱心にやっています。『彼女のいない部屋』のように大勢に囲まれて撮る作品もあれば、ジョン・ゾーン(音楽家)のドキュメンタリー『Zorn Ⅲ(2018-2022)』のように1人で録音も映像も手掛けている作品もあります。そうすると、自分がもっと花開く実感があるんです。撮るだけでなくシナリオを書くことも旺盛にやっています。支援金を得るために今考えているのは、シリーズものです。とにかく監督をしている、シナリオを書いている時のほうが、驚きがあるというのが今の実感です。
どの質問にもとてもざっくばらんに語ってくれたマチュー・アマルリック監督。さらっとガールフレンドの話も出てきて、会場の笑いを誘いました。俳優としてのマチュー・アマルリックも魅力的ですが、監督作品もぜひ注目していきたいですね。まずは今公開中の『彼女のいない部屋』を観てみてください。
映画『彼女のいない部屋』来日舞台挨拶:
2022年9月16日取材 PHOTO&TEXT by Myson
『彼女のいない部屋』
2022年8月26日より全国順次公開中
公式サイト REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
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