劇作家、映画監督として20世紀後半に活躍し、37歳の若さで他界したライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが1972年に発表した『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』をフランソワ・オゾン監督がリメイク。登場人物が限られている分、俳優達の演技力の高さがものをいう作品となっていて、ドゥニ・メノーシェ、イザベル・アジャーニ、ハリル・ガルビア等が見事な演技を見せています。また、カールを演じたステファン・クレポンの何とも言えない雰囲気も魅力。カールは劇中のキャラクターでありながら、観る者にシンクロするような役割も担っているように見えておもしろいです。
主人公は、著名な映画監督ピーター・フォン・カント(ドゥニ・メノーシェ)。ピーターは恋人と別れて意気消沈していたところ、友人が連れてきたアミールという青年(ハリル・ガルビア)に一目惚れをします。アミールには暗い過去があり、不安定な暮らしをしていることを知ったピーターは、アミールに自分の家で暮らすことを提案します。
本作にはピーターがアミールとの関係に苦悩する様子が描かれています。どんな展開が繰り広げられるかは本編を観ていただくとして、本作には恋愛にまつわる格言のような言葉が散りばめられています。まず序盤で、ピーターは言葉巧みに自分の恋愛観と元恋人の恋愛観について述べます。ピーターの言葉を聞いていると、まるで彼は恋愛の達人のようにも見えます。にもかかわらず、ピーターは実際に恋愛の渦中となると、まるで言動が噛み合いません。ただ、そのピーターの姿こそ恋愛の真髄を表しているという点がとても皮肉でありつつ、本作の秀逸な点だと思います。また、恋愛における苦悩を通してピーターから発せられる言葉の一つひとつには、名声を築き上げた映画監督としての苦悩も垣間見えます。名声や富ゆえに人は寄りついてくる一方、自分が愛されているのかわからなくなる不安がつきまとうというジレンマは、名声と富を築き上げた人間が逃れられないものなのでしょう。そうして苦悩するピーターは、最後にどんな境地に辿り着くのでしょうか。彼が抱えていたものを手放してみて初めて、ピーターが本当の意味でアミールを愛し始めたように私には見えました。皆さんもさまざまな解釈を楽しんでください。
恋愛の辛い部分を抽出したストーリーなので、デートで観るとどんな反応になるのか未知数です(笑)。普段パートナーに振り回されて辛い方は、敢えて一緒に観て、相手の反応を見たり、感想に織り交ぜて自分の辛い気持ちを告白することもできそうです。ただし、自己責任でご検討ください(苦笑)。
PG-12なので、大人の助言を受けながらなら小学生以下でも観られることになっているものの、大人からすると逆に助言が難しい内容です(苦笑)。恋愛の辛さを経験したり、社会の荒波にもまれてこそ、本作を一層堪能できると思います。せめて高校生くらいになってから観るのが良いのではないでしょうか。
『苦い涙』
2023年6月2日より全国順次公開
PG-12
セテラ・インターナショナル
公式サイト
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TEXT by Myson