ヘアコンテストの直前、頭皮が切り取られた美容師の遺体が発見されたことで起こる騒動をワンショットで追った本作は、前衛的な作品を多く輩出するA24が北米配給権を獲得したことでも話題を呼んでいます。今回は、本作で長編監督デビューを飾り、将来が期待されるトーマス・ハーディマン監督にオンラインでインタビューをさせていただきました。
<PROFILE>
トーマス・ハーディマン:監督
映画やテレビ制作の現場で、アートディレクターやアシスタント、ラインプロデューサーなどを経験した後、イギリスのカーペット製造の歴史を描いたラブストーリー“RADICAL HARDCORE”(2016)で監督、脚本を務めた。この短編映画は、リン・ラムジーがキュレーターを務めるテレビ番組“Electric Short”シリーズに選ばれ、BFI(英国映画協会)のNetwork Pick Seriesを受賞。2作目となる短編映画“PITCH BLACK PANACEA”(2019)ではBFIの支援を受けて制作し、才能が認められた。長編デビュー作となる『メドゥーサ デラックス』は、BFIとBBC Filmsの支援を受けて制作が実現した。
女性が率いていく物語を描きたい
タイトルにメドゥーサを入れた意図
マイソン:
本作はBBC FilmsとBFI(英国映画協会)による支援のもと、監督の初長編作品として制作されたと聞きました。制作が決まった時はどんな心境でしたか?
トーマス・ハーディマン監督:
本当に嬉しいの一言につきます。ちょうど脚本を書いているタイミングで新型コロナウイルス感染症が広まり始めました。絶対に誰も資金をあててくれないと思って、半分諦めかけていたんです。だから、このチャンスをもらってすごく有り難かったです。最初の作品がカーペットについてのラブストーリー、その後はレイジー・アイズ(lazy eyes:斜視、弱視)についての話、今回はヘアドレッサーについてのお話です。こういった変わった物語の作品でも、ちゃんとサポートしてくれるのは本当に有り難いです。
マイソン:
本作はヘアドレッサーのお話ということで、資料によると監督にとって美容師さんは子どもの頃から身近な存在だったんですよね?
トーマス・ハーディマン監督:
そうなんです。10歳にも満たない幼い頃に、母親が毎週1回、多い時は2回、ヘアサロンに通っていたんです。自分は家を出るのも怖いという子どもだったので、母親が連れ出してくれて、一日中ヘアサロンで座って過ごしていました。そこで「コスモポリタン」「ELLE」「VOGUE」といった女性誌を読みふけっていたんです。母親はアイリッシュ系で7人姉妹なので、アイルランド語で女性達がしゃべっている様子は、まさにヘアサロンならではの環境でした。そういった環境で過ごしていて、ファッションに一層興味を持っていったんです。
そもそも『メドゥーサ デラックス』というタイトルは、メドゥーサという神話の象徴から付けました。私は女性が率いていく物語を描きたいと思っていたんです。蛇の姿をした髪のメドゥーサには、男性社会で排他的に扱われたイメージがあると思います。つまり、女性達が社会から疎外され、モンスターのように扱われていくというイメージです。同時にサブテキスト(敢えて明示的にしていない表現)として、蛇のようなヘアスタイルが出てきたり、キャラクターが蛇のように廊下を縫って歩くシーンも出てきます。
マイソン:
もしかして、美容師さんが全員女性で、事件に翻弄されていくガードマン達は男性という対比は、その発想からきてるんですか?
トーマス・ハーディマン監督:
はい!まさにその通りです。
マイソン:
なるほど!短編2作を作り、今回初めての長編監督作ということで、以前から長編を作る際は美容業界を舞台にしようと決めていたのでしょうか?
トーマス・ハーディマン監督:
頭の片隅にはあったような気がします。でも、ストーリーテリングの手法として、私はコメディを描いているという意識があります。シリアスでありながらもどこかライトなタッチを持っているコメディを得意としています。コメディは2つのスペースを行き来することで成立します。ヘアドレッサーの世界にもハイとローがあるとすれば、ハイの段階で、いわゆる美しいヘアドレッサーの世界観が出てきて、ローのところでそのバックグラウンドにあるゴシップや悪口などいろんな立場の話が出てくる。その違いが、ある意味コメディの要素を生み出しているのではないかと思うわけです。私は不条理的なコメディに惹かれるので、カーペットの世界だったり、ヘアドレッサーの世界だったり、なにか風変わりな世界に引っ張られていく傾向があるようです。
マイソン:
監督は女性達の会話を聞いて、早くも子どもの頃に映画的センスに目覚めていたんですね!美容院では会話が飛び交っているので、映画のネタはたくさんありそうですね。
トーマス・ハーディマン監督:
語り口やリズムが大事なんです。とても大きな表現、動きをするキャラクターがいたとして、部屋に入った瞬間にその人が目立ちます。一方、裏では何か悪口を言ってる人がいるわけです。そういった世界観が1つのスペースに存在する様子に意識がいったんだと思います。
マイソン:
そういう一連の様子を撮りたいという意図が、ワンショットで映すことにも繋がったのでしょうか?
トーマス・ハーディマン監督:
まさにその通りです。キャラクターが牽引していくドラマを作りたいと思ったんです。ミステリーの場合、ヒントがある時や犯人がいる時にカットを入れることがあります。本作ではキャラクターに物語を引っ張ってもらうためにカットを入れていません。キャラクターに集中してもらうために、カメラはキャラクターを追い続けなければいけなくなります。同時に、リズム、語り口がすごく大事になってくる。キャラクターが世界を作り、その世界の中に生きていることが大事なんです。
マイソン:
私を含め映画を作ったことがない人達にとっては、ワンショットってどうやって撮ってるのかすごく気になります。
トーマス・ハーディマン監督:
皆さんが知らないほうが嬉しいです(笑)。撮影方法に囚われずに楽しんでくれることが目的なので。とはいえ技術的には、ロングテイクを撮って、それを継ぎ目がないように繋いでいます。大変だったのは、撮影期間が9日しかなかったことです。リハーサル期間は2週間あって、zoomを使ったり、iPhoneなどで空間内を撮影しながら準備をしていきました。その後に実際に撮影するという段階を踏みました。さらにこの映画には赤ちゃんが登場しますよね。赤ちゃんは一日中泣いてしまうとその日の撮影が全く成立しないんです。ただし、幸運なことに双子の赤ちゃんだったので、1人は泣き通し、もう1人は全く泣かなかったので、何とかなりました(笑)。
マイソン:
赤ちゃんは双子ちゃんだったんですね!あと、有名なヘアスタイリスト& ウィッグアーティストであるユージン・スレイマンさんの参加の経緯を教えてください。
トーマス・ハーディマン監督:
彼は本当に素晴らしい方で、ずっと最高のヘアスタイリストだと思っています。私は“ジュンヤワタナベ”や“コム・デ・ギャルソン” (いずれも渡辺淳也が携わるブランド)が以前からすごく好きだったんです。“コム・デ・ギャルソン”といえば、川久保玲(設立者)や、アレキサンダー・マックイーン、ヴィヴィアン・ウエストウッド、ガリアーノなどとも繋がりがありますよね。ユージンはそういったいろいろな素晴らしいデザイナー達と一緒に仕事をしています。だから私はユージンからもすごく影響を受けています。
同時に彼は、彫刻家のような言語を持っていて、それを駆使している方だと思うんです。彼は境界線をより押し広げていく。私の友人のコンテンポラリーアートの彫刻家達と似たような世界観で作品を作っていると感じます。本作への参加については、ぶっちゃけていうと、僕はひざまづいてお願いをしたという感じです。Googleでランダムに探して簡単に見つけたわけではなく、これまでずっと影響を受けてきたのだと説明して、なんとかやってくれないかとお願いしました。そして、私自身が脱構築的に映画作りをしようとしているのに対して、彼はヘアの世界で脱構築を行ってきた方だと思うので、同じような感覚が私達に繋がりをもたらしたんじゃないかと思います。
私は日本文化にもすごく影響を受けています。映画だけでなく、先ほど言った“ジュンヤワタナベ”“コム・デ・ギャルソン”といったファッションなど、自分にとってすごく大切なバックグラウンドになっています。それと同時に子どもの頃はニンテンドーのゲームに触れてきました。画角や画像の映し方、たとえばマリオカートの回り方だったり、そういうショットから映画的なランゲージを得ていった気がします。さらに情熱がとても大事で、それを体現する1つの例としては、ポール・シュレイダー監督の『ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ』という映画があります。ジョージ・ルーカスやスティーヴン・スピルバーグにも影響を与えた映画です。この映画で三島由紀夫は、自分の性についていろいろ迷ったり考えたり、最後にはファシスト的な方向にいったり、かなり狂った状況に陥るわけです。三島由紀夫の本もたくさん読んで、彼の生き方を観ていると、情熱に結びついていくのかなと思います。そういった意味で、日本の文化にすごく繋がりを感じます。
マイソン:
では最後の質問です。スマホの普及、コロナ禍と、映画制作者や映画ファンの映画生活に大きく影響する出来事が起きました。映画制作者としての今の心境を教えてください。
トーマス・ハーディマン監督:
今までの映画業界を見ているとパターンがあるんですね。たとえば、第二次世界大戦の時代を生きていた人達の映画があって、その後にヒッピー世代に向けた映画が登場してというように、必ず変化が伴うものだと思います。現代は、ネット世代と前の世代にも大きな隔たりが感じられますよね。表層の奥にある意味深さを感じられる世代と、表層だけしか見ていない前の世代が存在しているわけです。そういう意味で、映画の語り方も考えていかなければいけない気がします。あとゲームの話になりますが、ゲームは黎明期からさらに移行してきて、簡単に作れるようになり、女性達の参画が増えてきています。ゲームをする女性も増えてきている。男と女の間の世界みたいなところにあてて作られている背景もあると思うんですけど、我々もインターネットを含めてそういったところに対応していかなければいけないと思っています。
マイソン:
本日はありがとうございました!
2023年9月6日取材 TEXT by Myson
『メドゥーサ デラックス』
2023年10月14日より全国順次公開
監督:トーマス・ハーディマン
ヘアスタイリスト& ウィッグアーティスト:ユージン・スレイマン
出演:アニタ・ジョイ・ウワジェ/クレア・パーキンス/ダレル・ドゥシルバ/デブリス・スティーブンソン/ハリエット・ウェッブ/カエ・アレキサンダー/ルーク・パスカリーノ
配給:セテラ・インターナショナル
年に1度行われるヘアコンテストの会場で、優勝候補と思われていたスター美容師の遺体が発見された。頭皮を切り取られた姿で発見されたことから、関係者は殺人事件だと考え、さまざまな憶測が飛び交う。
© UME15 Limited, The British Film Institute and British Broadcasting Corporation 2021