パリュスあや子による小説「隣人X」を上野樹里と林遣都共演で映画化した『隣人X -疑惑の彼女-』。今回は本作でメガホンをとった熊澤尚人監督にお話を伺いました。群像劇だった小説を映画化する上で工夫された点や、上野樹里さん&林遣都さんと久しぶりにお仕事をされた感想を聞いてみました。
<PROFILE>
熊澤尚人(くまざわ なおと):監督、脚本、編集
1967年、愛知県名古屋市出身。大学時代に自主映画を始め、コンテストに入選し映画祭に招待される。大学卒業後は、ポニーキャニオンに入社し、 映画プロデュースに携わる。1994年、映画『りべらる』がPFF (ぴあフィルムフェスティバル)に入選する。ポニーキャニオン退社後の2004年、短編『TOKYO NOIR〜Birthday』でポルト国際映画祭最優秀監督賞を受賞。2005年、オリジナル脚本で手掛けた映画『ニライカナイからの手紙』で商業監督長編デビューを果たす。その後も『おと・な・り』(2009)、『君に届け』(2010)、『近キョリ恋愛』(2014)などのヒット作を手掛ける。その他の代表作に、『虹の女神 Rainbow Song』(2006)、『ダイブ!!』(2008)、『心が叫びたがってるんだ。』(2017)、『ユリコゴコロ』(2017)、『ごっこ』(2018)、『おもいで写眞』(2021)などがある。
よく理解できないと感じた相手に対して、構えるのではなく、理解しようと努力することが大切
シャミ:
資料によると最初に本作のお話をいただいた時に「映画化するにはハードルの高い小説だと思った」とありました。1番大変だったのはどんな点でしたか?
熊澤尚人監督:
原作は45歳の女性、26歳の女性、19歳のベトナム人女性3人の群像劇だったんです。それをそのまま映画にすることは難しいと感じたので、敢えて36歳の女性1人を主人公に設定して、彼女を中心とした話にしました。それと、観客が誰の目線で観たら良いのかという入り口として週刊誌の記者を置き、Xを探すという目線で物語を再構築したら映画としておもしろくなるのではないかと考えました。それをプロデューサー側にも提案し、それなら映画化できると思ってもらえたことが最初の取っかかりでした。もしその設定を思いついていなかったら映画にはできなかったかもしれません(笑)。
シャミ:
素晴らしい発想力ですね!原作者のパリュスあや子さんにその案についてお話された時はどんな反応でしたか?
熊澤尚人監督:
脚本を書く前のプロットを先生にお見せして、「無意識の偏見をテーマに、筋をこのように変えたいのですが、いかがでしょうか?」と伺ったら、「わかりました」と言ってくださいました。先生は映画の脚本を書いたこともあり、映画に造詣のある方だったので、そういう意味では恵まれていたと思います。
シャミ:
元々3人の群像劇だった物語を36歳の女性を中心とした物語に変更して、原作にある軸も大切にしながら物語を完成させていくのはとても大変そうですが、具体的にどのように組み立てていったのでしょうか?
熊澤尚人監督:
小説のテーマで1番魅力的だったのが、人を色眼鏡で見てしまうとか、無意識に偏見を持ってしまうというところだったので、その部分を大切にしたいと思いました。そして、原作の良い部分をなるべく吸収して主人公の良子(上野樹里)に反映するようにしました。
シャミ:
なるほど〜。今お話にあったように、本作には無意識の差別や偏見というテーマが盛り込まれていて、さらにSF、ミステリー、恋愛という要素もある作品でした。さまざまな要素のバランスをとる上で、監督が1番気をつけた点はどんな部分ですか?
熊澤尚人監督:
バランスを取ることは本当に大変でした。いろいろな要素があって、比重が少し変わるだけで違う作品に見えてしまうんです。実はいろいろな脚本を書いていて、最終的には20稿以上書きました。恋愛要素がもっと強いバージョンの脚本も書きましたし、より社会的な要素に比重を置いたバージョンの脚本も書きました。そんな風に試しに脚本を書いてみるアプローチを愚直にやってみて、やっぱりしっくりこないなといった試行錯誤がありました。
シャミ:
そのご苦労の甲斐もあって、最終的にとてもバランスの良い作品になったんですね。SFという非現実的な要素がありながらも、人間ドラマとして共感できるところがたくさんあり、とても考えさせられました。
熊澤尚人監督:
ありがとうございます。設定としてはSFなのですが、いわゆるSF的なシーンはあまりないですよね。出てくるのは良子が働いているコンビニや宝くじ売り場と、笹(林遣都)の働く出版社と、日常が中心の話で、X自体がなかなか見えずに話が進むんです。
この作品を作るべきだと思ったのは、僕ら自身コロナ禍を経験しているからです。コロナウィルスは目には見えないので、最初は本当に未知で皆が恐怖を感じていましたし、他人との距離間も大きく変わりましたよね。そして、人を色眼鏡で見てしまったり、周りの様子を見ながら同調圧力に負けてしまったり、日常の中にそういったことがすごく染みついたと思うんです。コロナが流行る前と後とでは皆変わりましたよね。だからその状況ともすごく似ている話だと思いました。そうやって見知らぬ人に対して少しフィルターをかけてしまうことによって起こる物語が、映画として成立するのではないかと感じました。
シャミ:
コロナ禍で経験したことと重なる部分は本当に多かったです。キャスティングについては、脚本段階から監督の中で良子役に上野樹里さんが挙がっていたそうですが、その理由を教えてください。
熊澤尚人監督:
以前一緒に仕事をした時も今もそうなのですが、上野さんは周りの価値観に振り回されたりせず、自分の心で感じて決められる方なんです。そういうところが、ぶれない芯のある良子にぴったりハマると思いました。良子はささやかな日常を大切にしている人物で、その辺のリアリティさを上野さんならきちんと出せるだろうと思いました。良子はXではないかと疑われますが、普通の人にしか見えない部分もある。そういう嘘のない普通さを上野さんならナチュラルに表現できると思いました。
シャミ:
上野さんご自身も良子とかなり似た雰囲気の方なんですね。
熊澤尚人監督:
似ているところがありますね。だから良子を演じても全く嘘がなく、演技力もあるので地に足が付いているように感じます。演じてもらう前からぴったりハマると思っていましたが、実際に演じてもらってやっぱり合っていると思いました。
シャミ:
上野樹里さんとは17年ぶり、林遣都さんとは15年ぶりにお仕事をされたそうですが、改めてご一緒にお仕事をされて、お二人に変化を感じた点はありますか?
熊澤尚人監督:
上野さんと前回ご一緒したのは彼女が20歳の時でした。竹を割ったような性格の方で、20歳のエッジの効いた部分もあったと思います。今年で37歳ということですが、当時と比べるとものすごく柔らかくなったように感じます。その柔和な感じが魅力的で、今回の映画にも大人の上野さんの魅力が出ていると思います。
林さんとは、彼が高校1年生の時にご一緒しました。映画は『ダイブ!!』が2本目の主演作で、映画のことがまだよくわかっていない頃でした。それと比べたら今はすごく大人で立派になったと思います。『ダイブ!!』は、高飛び込みでオリンピックを目指す話なので、若い世代の子達が集まって合宿をしながら撮影をしました。若い同世代の子達で合宿をしたら、やっぱり修学旅行のようになってしまいますよね(笑)。それが当時の印象だったので、今の彼は本当に大人だなと感じます。でも、昔からすごく真面目な青年で、その真面目さは今も変わっていません。演技に対してすごく誠実にストイックに向かうという部分は、よりプロフェッショナルになったと思います。
シャミ:
お二人とも成長しつつも、良い部分は変わらずに残っているということですね。本作では、自分達が計り知れないよそ者は異物扱いするという偏見や差別の象徴として惑星難民Xが存在していました。今後偏見や差別がない世の中を作っていく上で、監督ご自身が1番重要だと思うものは何でしょうか?
熊澤尚人監督:
人間誰しも見知らぬ人や自分と違うと感じる人に対して構えてしまったり、無意識に色眼鏡が生まれてしまうことがあります。それは残念ながら人間の性であり弱い部分だと思います。でも、本当に危険な人に対しては、ガードが必要ですよね。例えば、街にいて変質者と出会ってしまったら危ないじゃないですか。だから、そういう防衛本能というものは生まれ持っているものなんです。ただ、それがマイナスに働いて、相手のことを知らない間に偏見で見てしまうことに繋がることもあるわけです。
自分の中に偏見の芽が生えてくることは本能的な要因もあるかもしれませんが、それを自覚するだけでも変わると思います。一度生まれてしまった偏見の芽をただ放置するのではなく、花が開かないように、自分にはそういう性質、本能があるから気をつけようとしていれば、少し変わってくると思うんです。
最初はよく理解できないと感じた相手に対して、構えるのではなく、理解しようと努力をすることが大切だと思います。他人を100%理解することはできませんが、理解できるところを一つひとつ作っていかないと、ずっと敵対して終わってしまいますよね。今まさに戦争や紛争なども起きていますが、そこにも通じる話だと思います。お互いの意見があって、矛盾していて相容れないというなかで、少しでも理解しようとする努力をしていかないと、人間に未来はない気がします。
シャミ:
そうですね。良子の台詞で「心で見る」という言葉がありましたが、本当に大切なことだなと思いました。
熊澤尚人監督:
少し意識をするだけでも変わるきっかけになるし、お互いにプラスになることもあると思います。そうしないと自分も不幸になっていく気がします。偏見の芽は「Xは誰だ?」と思った瞬間に生まれるので、そういう無意識の偏見の芽を自分だったらどうしますか?というのをこの映画を観て考えてもらえたら良いなと思います。
シャミ:
では最後の質問です。監督が映画業界でお仕事を続けていくなかで、昔と今とで1番変わったと思うことは何かありますか?
熊澤尚人監督:
正直なかなか大きく変わらないので、何でだろうと思っています。もちろん映画業界が良くなるための努力をされている方がたくさんいて、昔よりはだいぶ皆の中で変わって欲しいという想いが強くなっていると感じますし、皆が少しずつでも変わる努力をしているので、僕は変わると信じたいです。
昔と比べてはっきりと変わったと感じるのは、女性スタッフが増えたことです。昔よりどんどん増えていて良いなと感じますし、本作の助監督にも始めたばかりの女性が参加してくれて、そうやって若い世代の女性がこの業界に入るようになってくれたことは良いことだと思います。ただ、現場は辛いし過酷だという部分はあまり変わっていないようにも感じます。それでも最近の配信作品などでは、かなり良い環境に変化していると聞くので、どんどんそうなって欲しいと思います。あまり過酷な現場は僕もキツいので、今後さらに変化していって欲しいと思います。
シャミ:
本日はありがとうございました!
2023年11月8日取材 Photo& TEXT by Shamy
『隣人X -疑惑の彼女-』
2023年12月1日より全国公開
監督・脚本・編集:熊澤尚人
出演:上野樹里/林遣都/黃姵嘉/野村周平/川瀬陽太/嶋田久作/原日出子/バカリズム/酒向芳
配給:ハピネットファントム・スタジオ
ある日、日本は故郷を追われた惑星難民Xの受け入れを発表する。週刊誌記者の笹憲太郎は、スクープのためXだと疑われる柏木良子に近づく。しかし、2人は次第に距離を縮め、やがて憲太郎の中に良子への恋心が芽生える。憲太郎は、良子がXかもしれないという疑いを払拭できず、本音も打ち明けられない状況に陥ってしまう。憲太郎が最後に見つける真実とは?良子との恋の行方は!?
©2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 ©パリュスあや子/講談社
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