REVIEW
筒井康隆著「敵」を、吉田大八が監督、脚本を務め、長塚京三主演で映画化。主人公は、フランス文学の権威とされる、元大学教授の渡辺儀助(長塚京三)。儀助は10年前に退職し、妻にも先立たれ、祖父から受け継いだ広い一軒家に1人で暮らしています。連載する原稿を書いたり、時に昔の教え子が訪ねてきたり、一見優雅に暮らしているものの、彼は預貯金の額から後何年生きられるかを計算し、既に遺書も用意しています。本作は、そうして静かに人生を終えようとしている老人の精神世界を覗き見られるようなストーリーとなっています。
序盤は儀助の平穏な日常が淡々と映されているだけに見えて、儀助の口から出るふとした言葉が意味深く、本作の世界に引き込まれていきます。このストーリーのどこに“敵”らしい要素が出てくるのか想像できない点でも、余計に次の展開が気になってきます。そして、周囲のキャラクターとの関係性が見えてくると、さらに興味が掻き立てられます。
儀助の現実と彼の頭の中の世界が混在してくる描写の中で、孤独な老人の悲壮感とともに、彼が誰にも見られたくないであろう部分も浮き彫りにされていきます。言い換えると、輝いて見えていたはずの過去をくすませる、変化する時代にそぐわなくなってきた振る舞いが徐々にあぶり出されていきます。そうしたシーンには、彼自身の居心地の悪さが生々しく投影されており、観客の中には同情する方もいる一方で、描写の辛辣さに共感を覚える方もいるのではないかと思います。
“敵”は何の比喩なのかという点も考察のし甲斐があります。そして、儀助の死と生との葛藤には、人間の本能と、人生の皮肉な一面が見てとれます。本作を観て、老齢期の人間の思考を疑似体験できるのはもちろん、死が近づいてきてもなお、人間は自分の知らない自分や、よく知るはずの他人の知らない一面をまだ見るのだなと実感します。
長塚京三の名演もさることながら、儀助の人間性をあぶり出す女性キャラクターを演じる、瀧内公美、河合優実、黒沢あすかの演技も見応えがあります。モノクロもすごく効いていて、これしか考えられないと直感で思える世界観に仕上がっています。皆さんもきっと、何だかすごい映画を観たという感覚で満たされるはずです。
デート向き映画判定
男性は特に気まずくなりそうな展開がありつつ、個々に没頭して観てしまいそうです。観終わった後も、振り返って考察したくなる描写が複数あります。なので、デートで観るよりも1人でじっくり観るか、映画好きの友達と観るほうが良いでしょう。
キッズ&ティーン向き映画判定
ある程度年齢を重ねてから観るほうが、刺さる部分が多い内容だと思います。文学が好きな方はさておき、若い皆さんにはまだピンとこないかもしれません。見た目に派手な展開があるタイプではなく、主人公の内面の動きが興味深い作品なので、いろいろな映画を観るようになって、集中力、鑑賞力がついてから観ることをオススメします。
『敵』
2025年1月17日より全国公開
ハピネットファントム・スタジオ、ギークピクチュアズ
公式サイト
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© 1998 筒井康隆/新潮社 © 2023 TEKINOMIKATA
TEXT by Myson
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「敵」筒井康隆 著/新潮社
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情報は2025年1月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。
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