野村周平主演『WALKING MAN』で、監督デビューを果たしたANARCHYさんを取材させて頂きました。ラッパーとして地位を築いてきたANARCHYさんにとってのラップとは、そして、映画監督に挑戦したきっかけとは何だったのか。ANARCHYさんのお話から、言葉の力を改めて感じさせられました。
<PROFILE>
ANARCHY(アナーキー):
京都・向島団地出身。父子家庭で育ち、荒れた少年時代を経て、逆境に打ち勝つ精神を培ってきた。2005年にラッパーとしてデビューし、異例のスピードで人気を博す。日本を代表するラッパーとなり、2014年にはメジャーデビュー。2008年には自伝“痛みの作文”を出版した。2018年にはレーベル/プロダクション「ONEPERCENT」を設立。2019年、映画『WALKING MAN』では監督デビューを飾り、主題歌も担当。
映画は、一生僕のバイブル
マイソン:
まず監督ご自身が、ラップに出会ったきっかけは何だったのでしょうか?
ANARCHY監督:
僕の父親もミュージシャンで、音楽をやりたいなと思ってたんですけど、楽器は真剣に練習することができず、僕が14〜15歳くらいの時にZeebra(ジブラ)さんとか、ラッパーのライブを見に行ってすごく面くらったんです。ラップって言葉じゃないですか。それなら自分が言いたいことを表現できるなって。
マイソン:
主人公もラップに出会ってから運命が変わっていきますが、監督がラップに出会った当時、1番ご自身の中で起きた変化は何ですか?
ANARCHY監督:
僕も男の子なので、何者かになりたいとか、当時いろいろなものがあったと思います。そんなに良い家庭環境でもなかったし、世の中になのか、家庭になのか、育った環境になのかわからないですけど、不満とか言いたいことはすごくあったと思うんですよね。それを口にできなかったりすることの歯痒さとかが、ラップをやることによって表現できるようになったんです。自分の心の中って言葉にしないと伝わらない部分がすごくあって、この映画にもそれは共通することですが、表現方法を見つけたなっていう感覚になりました。
マイソン:
今はSNSができて、すぐ発信できるじゃないですか。こういう状況を、監督はどう思いますか?
ANARCHY監督:
自分の中でずっと抑えていなければいけないものを自分が伝えられるツールとしては、昔にはなかったものだし、良いと思うんですよね。ただ、SNSの中では何者でもない奴が話しているのと一緒なんですよね。人前に立って自分の顔を見せて表現する、人前に出てプレーするのとは別だと思っています。SNSがあるから、それで言えている気分になったり、踏み出せなかったりすることもあるだろうし、それは言えているとは、僕は思えないなって部分があります。
マイソン:
それは自分が何者かをちゃんと明かして責任を持ってみたいな。
ANARCHY監督:
そうですね。ラッパーは、人前に出て、自分のことをさらけ出して言うから、全部自分に返ってくるんです。でもネットでああだこうだ言っているだけでは、自分にも返ってこないし、その言葉は真剣にやっている人には届かないなって思います。
マイソン:
ラップで表現できることと、映画だからこそできること、両方に良いところがあると思うんですけど、今回映画でしか表現できなかったなって思うところはどんなところですか?
ANARCHY監督:
ヒップホップで1番大事なのは、僕が曲を作って、僕がこの歌をなぜ歌ったのかっていうバックボーン、つまり、こういう環境でこう育った人の口が言うことだと思うんです。だからアトムが最後に歌う時に、アトムじゃないと歌えない曲になっているところが良い感じでできたかなって。これは一応ラップムービーにはなっているんですけど、何にでも当てはまるというか、サッカー選手でも野球選手でも何でも“なりたい”って思うことは小学生でもできるし、大人になってもずっとできるじゃないですか。その時に1歩踏み出すことが1番大事で、夢を見つけることすら難しいなか、その見つけた夢をどれだけ大事にできるか、そこで何か見つけたことを誇りに思えるか。でも大事にして守っているだけじゃ年を取っていくだけなので、失敗することよりもそのまま立ち止まることが、僕は1番もったいないと思います。せっかく夢を見つけたのにって。失敗しても良いから1歩踏み出して欲しいなっていうのが、この映画のメッセージで、この主人公はウジウジしながらもちょっとずつだけど、自分の口で言えたり、そういうのを野村周平くんが、言葉もないなかで上手いこと表現してくれたなって。
マイソン:
今おっしゃったみたいに、夢を見つけても挑戦しない人が多いと思いますが、踏み出す人とそうしない人の違いって何だと思いますか?何が必要というか。
ANARCHY監督:
夢が叶うかどうかって考えちゃうじゃないですか。でも、そんなことは後で考えれば良いし、自分がやりたいこととか、好きと思えることに夢中になれるかどうかなんですよね。夢中になっているうちに、自分がもっとできるとか、これのプロになりたいとか思ったりもするし、夢を見つけて1歩進んだ時点で、その人の人生で一生の経験になる。女の子にプロポーズする時も、好きって思っているだけじゃ何も叶わないのと一緒で、思っているだけじゃ人の心は誰も読めないから、やっぱり言葉って大事だなって思うんですよね。僕はそういうところがラップの好きなところで、僕も黙っていたらこれだけの気持ちを伝えられなかったと思うし、だからラップに出会って良かったし、ラップに出会って僕も人生が変わったし。20歳だろうと30、40、50歳だろうと、その時に夢ができることだってあるじゃないですか。僕はずっとそうありたいと思うし、35歳になって、映画を作りたいって言いました。作りたいって言うのは簡単だけど、何もない状態で映画を作るなんて、「お前、映画の何を知っているの?」とか、「バカかよ」って言う人も絶対にいっぱいいたし、そういう学校に行ったこともないし、専門用語も何も知らない。でもやりたいから1歩踏み出すしかなかったんですよ。めっちゃ怖かったですよ。始め僕は監督はやらないって言ってたんです。監督は別の人にやってもらって、僕はプロデュースのほうに回ろうと。でも一緒に作ってくれたパートナーの人達、漫画家の髙橋髙ツトムさん、脚本家の梶原阿貴さんに「お前の映画なんだろ。お前が監督やってみろ」って言われて、「え?監督って、僕みたいな奴にできるんですか?」って言ったら、「お前がやりたいと思って、お前が作るんだから、お前が作ったものが正解ならできるだろ」って。簡単に言えば、僕も1歩踏み出せって言われたんですよね。「じゃあやらせてください」って言えた自分も誇りに思いたいし、今言っていることも今まで自分に言ってきたことなんです。
マイソン:
学校で習ったかどうかなんて、全然関係ないですよね。
ANARCHY監督:
ただ撮り始めた時に苦労しましたけどね。専門用語も飛び交うし、僕が1番素人だし、勉強しながら皆に教わりました。自分だけでは全くできなかったし、その分しっかりしないとっていう気持ちもありました。僕の映画なので、僕よりも映画に何十年も関わってきた人に「こっちのカットとこっちのカットどっちですか?」「オッケーですか?」って聞かれたら、決断するのは僕なので、その時に堂々としていないとなって。皆僕に付いてきてくれて、楽しくてワクワクして、どんな映画になるのかって思ってくれてたと思うんですよね。そうじゃなかったら、こんな素人の監督に付いていってやろうとはなかなか思えなかっただろうし、だから気持ちだけは伝えて、「皆、力を貸してください」って始めから言って、それに応えてくれたのがチームでした。
マイソン:
監督が映画を撮りたいって思ったきっかけとか、好きになったきっかけの作品ってありますか?
ANARCHY監督:
いろいろなヒップホップや音楽のアルバムを聴いてきて、それが今までの僕を作ってきた部分もあるんですけど、人生で言うと映画のほうが一生僕のバイブルというか、そういうものになる映画がたくさんあったんですよね。今でも何回も観る映画があって、あの時の気持ちを思い出すとか。音楽でももちろんあるんですけど、それはヒップホップにも繋がるし、音楽にも繋がるし、そういうものが作ってみたいと思ったんですね。1歩踏み出す男の子、女の子達が出てきたり、それを観てヒップホップを始めたり、何でも良いんですけど、そういう人生に必要な本とかアルバムとか映画とかってありますよね。音楽は今までやり続けてきたことなんですけど、やっぱり映画って、目で見て耳で聴いて、自分の人生と置き換えたりするものじゃないですか。そういう映画って一生残るし、あの映画があったから今の僕がいるって思える。そういう映画の魅力って、ディズニー映画でも、マフィア映画でも、コメディ映画でもあると思っていて、漠然といつか映画を作りたいって思っていたんです。ただ実際に作るとなった時に、やっぱり今自分が持っているものはラップしかないので、ラップの映画が撮りたいって。でも、アメリカみたいな映画、アメリカのヒップホップ、カッコ良い映画を作りたいとは思わなくて、シンプルでも良いし、地味でも良いから、主人公が真っ直ぐ成長していく様がちゃんと描ければ、僕は成功なんじゃないかなって。その部分は描けたと思います。
マイソン:
では最後に、数ある中の1本でも良いんですが、監督が1番好きな映画は何ですか?
ANARCHY監督:
1番好きな映画は、ジム・キャリーの『マン・オン・ザ・ムーン』です。ジム・キャリーってコメディアンじゃないですか。でもあの人の映画って、コメディの中にシリアスさと哀愁があって、『マン・オン・ザ・ムーン』に関しては、僕のエンタテインメントのルーツなんですよね。あの主人公は、人を楽しませるけど、いろいろ騙したり、自分の好きなことをやっていて、不思議な気分になるんです。ジャンルは違うけど、ヒップホップにも通じるものがあって、皆を楽しませるためにステージの上に立つし、それは芸人さんでも一緒だと思うし、大好きな映画ですね。
マイソン:
ジム・キャリー作品の中でも突出して違うというか、なんか悲しいものとかいろいろなものが詰まっている感じですよね。
ANARCHY監督:
しかもあれは実話じゃないですか。あと『トゥルーマン・ショー』『イエスマン “YES”は人生のパスワード』『ライアー ライアー』とか、ジム・キャリー系はとにかく好きです。あの人って変でしょ。役者としても何か変で、そういうところが僕は好きなんですよね。
2019年8月28日取材 PHOTO & TEXT by Myson
『WALKING MAN』
2019年10月11日より全国順次公開
監督:ANARCHY
出演:野村周平/優希美青/柏原収史/伊藤ゆみ/冨樫真/星田英利/渡辺真起子/石橋蓮司
配給:エイベックス・ピクチャーズ
極貧の母子家庭で育ち、幼い頃から人前で話すことも笑うことが苦手なアトムは、不用品回収業のアルバイトで生計を支えていた。そんな中、ある日、母が事故で重病を負い、入院。アトムは思春期の妹と2人で毎日を何とかやり過ごすしかない生活を余儀なくされる。
© 2019 映画「WALKING MAN」製作委員会