原作となったアン・パチェットによる小説「ベル・カント」は、ペルー日本大使公邸占拠事件がきっかけで書かれました。これは1996年12月16日(日本時間17日)に、南米ペルーのリマにある日本大使公邸で起こったテロ事件で、多数の政府要人、各国の大使などが人質として長期間にわたり拘束されました。当時の大統領はアルベルト・フジモリで、テロリスト達はフジモリ政権に対して要求を突きつけるためにテロを起こしましたが、テロリストと人質達の関係が長期間一緒に過ごすうちに変化していったことは、当時のニュースでも報じられていたのを私も薄々ですが覚えています。こういった状況はストックホルム症候群(長期間一緒にいることで、被害者が加害者に対して、好意的な感情を抱くこと)、リマ症候群(加害者が被害者に対して共感したり、好意的な感情を抱くこと)と呼ばれており、リマ症候群は本事件がきっかけで命名されたようです。実際の事件と、映画、小説では設定を少し変えているところがあるようですが、テロリストと人質との関係の変化は、ごく自然にリアルに描かれています。違う文化、価値観を持つ人達の架け橋として、加瀬亮が演じる通訳がキーパーソンになっている構成はとてもドラマチックで、これがフィクションなら素敵だなと思える部分もありますが、事実を基にしていることを考えると、暴力ではなく、こうして人と人として交流すれば、解決法も見えてくるのではと思わずにいられません。
エンタメとしては、ジュリアン・ムーア、渡辺謙、セバスチャン・コッホ、クリストファー・ランバートといった実力派俳優が名を連ねている点がまず魅力ですが、何といっても通訳を演じる加瀬亮の流暢な言葉使いも見どころとなっています。
ロマンチックな展開もありますが、極限状態にある男女なので、自分達に置きかえて観るという感覚ではないと思います。という意味ではそれほど気まずくないのかも知れませんが、社会派ドラマで、実際に起きたテロ事件を基にしたストーリーなので、堅い空気にはなりそうです。デートで観るよりは、こういったテーマに興味がある友達と観るか、一人でじっくり観るほうが良いのではないでしょうか。
悲しく切ないストーリーではありますが、人間が持つ社会性に大いに可能性を感じられる部分があります。集団としての人間と、個としての人間の違いもわかるでしょうし、最初は理解できなくても、時間をかけて向き合えばわかり合える人もいるということを感じられると思います。状況は違っても、これは日常的にも言えることで、暴力や強引な態度は、誰かを傷つけるという結果しか生まないことがわかるでしょう。
『ベル・カント とらわれのアリア』
2019年11月15日より全国公開
キノフィルムズ、木下グループ
公式サイト
© 2017 BC Pictures LLC
TEXT by Myson