「囚人達が舞台に立ち喝采を浴びる」というイメージで観ると、ハプニングが起きてもどこか安心して観てしまうのですが、本作は実話を元にしている点で、綺麗事に終わらず、現実もしっかり描いています。ネタバレになるのでこれ以上は書きませんが、想像通りのところもあれば、想像を裏切る部分もあり、最後まで読めない展開が楽しめます。
そして、本作で囚人達が演じる戯曲が、サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」であるだけでなく、本作の物語全体が「ゴドーを待ちながら」のストーリーと重ね合わせながら展開していく構成がとてもユニークです。これは演劇ファン、英文学好きにはたまらない内容となっているのはもちろん、「ゴドーを待ちながら」を知らない方でも興味が湧く内容となっています。私は大学生の頃、英文学科のゼミで「ゴドーを待ちながら」を知りました。不条理劇のおもしろさを知ったのはまさに「ゴドーを待ちながら」がきっかけで、それから不条理劇がすごく好きになりました。今でも海外だけでなく日本でも「ゴドーを待ちながら」はさまざまな俳優さんによってさまざまな形で演じられているので、皆さんもぜひ一度は観ていただければと思います。
本作は囚人達と彼等に演劇の素晴らしさを教えた演出家であり俳優のお話です。演出家の葛藤に共感し、囚人達が自尊心を取り戻し、更生の兆しを見せていく姿に共感できます。ただし、囚人は重い罪も犯している囚人なので、正直なところ手放しでアプローズ(拍手)を贈る気持ちになれるかは人によって反応が分かれるところでしょう。でも実は、この拍手は誰に贈られているのかこそが、本作の肝になります。それをどう解釈するかによって、本作の真髄に到達できるか否かに分かれるように思います。
軽快なムードが漂う作品で、デートでも観やすいと思います。ただし、映画のメッセージの受け取り方によって感想が変わってきそうなので、自分の解釈と相手の解釈があまりにズレていると、感性や相性が合わないと気付くきっかけになるかもしれません。
本作には囚人達の生活が映し出されていて、そこにはお国柄も垣間見えます。刑務所がどのような管理体制になっているかは万国共通な部分ももちろんあると思いますが、一部驚くようなところもあります。映画はストーリーを追うだけでも楽しめるものがありますが、そういった文化の違いも知ることができるので、いろいろな視点で観てみてください。
『アプローズ、アプローズ!囚人たちの大舞台』
2022年7月29日より全国公開
リアリーライクフィルムズ
公式サイト
© 2020 – AGAT Films & Cie – Les Productions du Ch’timi / ReallyLikeFilms
TEXT by Myson