努力してもどうにもならない、人間の力ではどうにもならないと絶望している時に、何でも良いからすがりたくなる気持ちは誰にでも起きます。そして何かの力が実際に働いたのかわからずとも、状況が好転すると、ついその時にすがったものを信じたくなるのは当然です。本作の主人公ちひろ(芦田愛菜)の両親はまさにそんな状況で、周囲から見ると怪しいとしか思えない宗教に入信してしまいます。無宗教の人が多い日本というお国柄もあるのかもしれませんが、身近な人間が熱心な信者になると不安になるというのはよくあることです。本作の中でも家族をその宗教から引き離そうとする人達も出てくるし、内心では心配しながらも本人の意志を尊重する人もいれば、あからさまに拒絶反応を示す人もいます。ただ、宗教がもたらすものを完全否定するわけでも肯定するわけでもなく、さまざまな角度から見た宗教と人を描いている点で、フラットに観ることができるストーリーになっています。
結局、人知を超えたことがこの世で全く起きていないとも証明できなければ、奇跡が神の仕業とも証明できないので、信じるか信じないかは本人次第です。ちひろの両親が行う儀式や日々の生活ぶりを観ていると、サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」に重なる部分を感じましたが、見えない存在だからこそ信じ続けられるのではないでしょうか。それなのにそれを具現化し、具体的な象徴や対象としてしまうことで、あまりに人間的なものに見えてきて、ジャッジをしたくなる人が出てくるのかもしれません。本作の結末は一見とてもニュートラルで「??」となるかもしれませんが、この描写にこそ、結局人間は折り合いを付けて生きているという人間の本音が隠されているように思います。いろいろな解釈を楽しんでください。
私の身近でも、宗教が原因で別れたというカップルは何組かいます。信教の自由があるとはいえ、人知を超えた存在を扱っている事柄だからこそ、おろそかにできないし、端からはわからないことも多く、だからといって知ろうとするのも怖いと感じるでしょう。熱心な信者となると生活にも大きく関わってくるし、結婚を考えた場合に自分だけでなく、子ども達の影響も気になります。目を背けたくなる話題にされがちですが、気になる人は敢えて一緒に本作を観て話し合うきっかけにすると良いかもしれません。
芦田愛菜が演じる主人公は中学3年生で、今までは親のいうことにあまり疑いを持たず素直に受け容れてきましたが、だんだん自我が芽生えてきて、それまで普通のことだと思ってきたことに迷いが出てきます。本作は宗教をテーマにしていますが、宗教でなくても、親の価値観や社会のスタンダードなどに置きかえて考えて観ることができます。家族や身近な人を大切にしつつ、自分はどうしたいかを考えることは大切です。本作を観て、シミュレーションしてみるのはいかがでしょうか。
『星の子』
2020年10月9日より全国公開
東京テアトル、ヨアケ
公式サイト
© 2020「星の子」製作委員会
TEXT by Myson