本作は、32歳で命を絶った若き歌人、萩原慎一郎が遺した「歌集 滑走路」を原作としているのですが、私はいつも前情報を極力入れずに観るので、今回も本作を観た後に、萩原慎一郎の背景を資料で読みました。ストーリーの鍵となっている部分は、彼が経験してきたことに由来することを知り、短歌に込めた思いの深さを思うと、余計に胸が痛くなります。そんな原作者が遺した短歌から想像を広げてここまでの物語に作り上げたスタッフ、キャストの手腕もスゴいと思います。最初3人の主要な登場人物にどんな繋がりがあるのかは明かされていないのですが、どんどんそれが繋がっていく構成や、根底にあるストーリーがそれぞれに及ぼす影響によって作られていくキャラクター設定にもセンスの良さが見えます。
「強い人間、弱い人間って、何だろう?」と考えさせられると同時に、生きる辛さを痛感させられます。今という瞬間を生きる勇気と、ずっと生き続ける勇気があるとしたら、その両方を使いこなすのはなかなか難しい。そして、自分の弱さを自覚して必死に強く生きようとする人もいれば、強いのに弱いふりをする人もいて、人間は単純に強い、弱いでは言い表せないのではないかと思えてきます。観終わった後にずしーんと心にきますが、キャラクター達の選択を否定するでも肯定するでもなく、それぞれにエールを贈るようなスタンスが清々しくもあります。人はいろいろな過ちを犯し、後悔を積み重ね、それをすべて消化できないまま大人になっていきますが、そんな自分を見つめ直し、それでも今からできることは何かあるかもしれないと思わせてくれる優しさがある作品です。
正直なところ、内容が重いのでロマンチックなムードは期待しないほうが良いでしょう。主要キャラクターの1人は女性で、その夫婦の物語にはかなり深刻なテーマが含まれています。結婚する前に、将来こういうこともあり得るというのを知っておく意味では参考になる部分もあるかもしれませんが、カップルで一緒に観ると感想に困る部分も出てくる可能性があるので、1人で観るか、仲の良い友達と観ることをオススメします。既に結婚していて、似たようなシチュエーションにある場合は、どんな影響をもたらすのかがわかりませんが、夫婦関係の根幹といえる部分に切り込んでいく展開がある点だけ頭の片隅に入れた上で、デートで観るかどうか検討してください。
キッズやティーンの皆さんに大いに関わりがある話題が取り上げられているので、等身大で感情移入できると思います。もしかしたらこういう出来事が身近にあるかもしれませんが、本作を観てシミュレーションできる部分もあると思うので、友達関係や学校での悩みなどを客観視するきっかけに観るのも良いと思います。詳しいことはネタバレになるので伏せますが、ぜひ仲の良い友達と一緒に観て欲しい内容です。
『滑走路』
2020年11月20日より全国公開
PG-12
KADOKAWA
公式サイト
TEXT by Myson
© 2020 「滑走路」製作委員会