イランの荒野をレンタカーで走る一家のロードムービー。彼等がどこへ向かっているのかは途中まで明かされません。でも、何か深刻な状況がありそうなムードは漂っています。だから、父、母、成人したばかりの長男の言動からいろいろな想像が掻き立てられます。そんななか、事情を知らない幼い次男(ラヤン・サルアク)は無邪気にはしゃいでいます。大人3人と次男とのやり取りには、束の間の家族の平和な姿が映し出され、観る側も癒されます。
物語が進んでいくと、彼等が何を目的に旅をしているのか、どこへ向かっているのかがわかります。そして、国民の自由と人権が脅かされているイランの現状を目の当たりにします。同時に、決断をした家族それぞれの思いの深さと愛情を一層感じます。最後まで観ると、『君は行く先を知らない』というタイトルには何重もの意味を感じます。車が向かう先、家族それぞれの未来、イランという国の未来といったいろいろな意味です。その象徴として、幼い次男の存在がストーリーにとても響いてきます。
本作はストーリー、テーマ、演出が見事です。家族4人の姿もとてもリアルで、それぞれの役者の演技にも引き込まれます。特に虜になってしまうのは、とっても可愛らしい次男です。登場するなり可愛くて、何をやっても可愛くて、元気いっぱいの姿からパワーをもらえます。そんな次男を演じるラヤン・サルアクの一瞬にして人を魅了する演技力に驚かされます。パナー・パナヒ監督は、イラン映画の巨匠といわれるジャファル・パナヒ監督の実の息子です。映画公式サイトには、ジャファル・パナヒ監督が表現者としてイランの弾圧を受けてきた過去について書かれていて、そんな父の背中を見てきたパナー・パナヒ監督が本作へ込めた思いを想像させられます。だからこそ、本作に登場する幼い次男が無邪気で明るく可能性を秘めた存在として描かれている背景に希望を感じます。未来への希望を映し出してくれる子どもの姿と、愛情をいっぱいの家族の姿をご覧ください。
家族の微笑ましい姿が観られる作品です。本作を観ると、自分の家族のことを思い出す方もいると思います。映画を観た後は、お互いの家族の話をするのも良いですね。また、夫婦の掛け合いにもユーモアがあって、夫婦のバランスも絶妙です。カップルで観ると、お手本として観られる部分もありそうです。
皆さんは、長男や次男の目線で観られると思います。ただし、イランの国情を少しは知らないとピンとこないと思うので、社会情勢をニュースなどで知るようになってから観るか、少しイランのことを調べてから観るほうが良いでしょう。もし、皆さんが今家族一緒に平和に暮らせていたとしても、それは当たり前のことではありません。本作鑑賞を機に、何か気になったこと、感じたことがあれば、視野が広がるきっかけにもなると思います。
『君は行く先を知らない』
2023年8月25日より全国順次公開
フラッグ
公式サイト
©JP Film Production, 2021
TEXT by Myson
本ページの情報は2023年8月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。