ある日、家を出かけた主人公はバスに乗っていて記憶を失い、病院に運ばれます。林檎が好きなことしか覚えていない彼は、治療のために“新しい自分”という回復プログラムに参加することに。そのプログラムでは毎日指示された課題に取り組み、ポラロイド写真に収めます。冒頭あたりでは認知症患者さんのお話かなと思ってしまうのですが、「それにしても…?』というところがあり、観れば観るほど謎が増え、ラストで真相に辿り着きます。
どんな真相があるのかは先入観なしに観ていただくほうが楽しめるので具体的には書きませんが、本作は人間のある側面を見事に比喩しています。それは人間の弱さとも、生きていく術とも言えて、でもそこからどうするかは自分次第だよと教えてくれているような優しさを感じます。そして、患者達が課題に取り組む姿やプログラムを管理する人間の滑稽さには皮肉が込められていて、「これで本当にいいの?」と問われているような感覚になります。
抜群のセンスでこの独特な世界観を持つ作品を作り出したのは、リチャード・リンクレイターや、ヨルゴス・ランティモスの助監督を務め、本作が初監督作となるクリストス・ニク監督。本作にはエグゼクティブ・プロデューサーとしてケイト・ブランシェットが名を連ねており、彼女は審査員長を務めていたヴェネツィア国際映画祭で本作の評判を聞き、鑑賞後に参加を熱望して加わったそうです。また本作は、ケイト・ブランシェットがプロデュース、キャリー・マリガン主演でハリウッド映画化が決定しており、ニク監督は早くも2作目にしてハリウッド・デビューを果たします。ニク監督に起きているこの展開は、本作を観れば納得できるはず。ストーリーの奥にあるメッセージに気付けたら、最後には清々しい気持ちになれるので、鬱々とした気分の時や、悩み事ばかりで身動きが取れず何もかも投げ出したいと思っている時にぜひ観て欲しい1作です。
ロマンチックなムードにさせてくれるタイプの映画ではありませんが、大切なことに気付かせてくれる作品です。価値観に影響をもたらす要素もあるので、カップルで一緒に観るのも良いでしょう。どんな解釈をするかは人それぞれなので、ディスカッションが好きなカップルは鑑賞後の会話も盛り上がりそうです。
観察力と想像力があればあるほど、楽しめる作品だと思います。大人向けの作品なので、キッズにはピンときづらかったり、まだ難しいかもしれませんが、大きくなって興味が湧いたら観てみてください。大人になってからのほうが共感できる部分も多いとは思いますが、ティーンの皆さんは大人が陥る一種の道をシミュレーションしてみるのも良さそうです。
『林檎とポラロイド』
2022年3月11日より全国順次公開
ビターズ・エンド
公式サイト
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TEXT by Myson