愛するパートナーを失ったことで過食し、272kgまで体重が増えてしまったチャーリー(ブレンダン・フレイザー)は、歩行器がなければ歩けない身体になっています。ある日、発作を起こし死を覚悟したチャーリーは、長らく会っていなかった一人娘エリー(セイディー・シンク)を呼び寄せます。
本作を観ている間、そして観終わった後も込み上げてくるさまざまな感情を抑えられなくなるはず。ストーリーと、ダーレン・アロノフスキー監督の演出が素晴らしいのはもちろんのこと、本作で本格的に俳優復帰を果たしたブレンダン・フレイザーの演技が見事です。演技が繊細なだけに、逆に特殊メイクを施したチャーリーの動きや表情をどうやって撮影したのか、とても気になります。また、脇を固めるセイディー・シンク、ホン・チャウ、タイ・シンプキンス、サマンサ・モートンも名演を見せていて、本作の世界にどっぷり浸れます。
私達人間は、誰かを深く愛することで、悲しみや苦しみを味わうことを避けられません。また、愛する人が傷ついたり悲しんだりしている時に無力さを感じたり、責任や罪悪感を抱かずにはいられません。そんな思いに押し潰されそうな人間の姿を、チャーリーというキャラクターで見事に体現しています。そして、娘エリーを通して、「自分の行為はエゴだったのか愛だったのか」「愛する娘が周囲の人間にとった行為の意味は悪意からなのか、善意からなのか」と悩むチャーリーの姿も印象的です。長年離れていた娘と対峙して、愛とは何かを見つめ直した彼が最後に導き出した答えに観ているこちらも救われるような気がします。
パートナーへの愛、娘への愛、そしてそばで支えてくれた人達への愛。最期を覚悟したチャーリーに残された日々が悲しくも温かく描かれています。チャーリーの言葉一つひとつが心に響いて、観終わった後もしばしそのまま包まれていたい気持ちになります。出会えて良かった作品、何度でも観たくなる作品です。
愛するパートナーを亡くし、絶望の淵に立たされた男性の物語という点で、悲しくもあり、愛する人の存在の大きさを再認識できる内容です。だからこそ、感情移入できた時に思い浮かべるのが今隣にいる相手なのか、そうでないのか、自分の本心に気付くかもしれません。その点で自信があればデートで一緒に観れば良いですし、自信がなければじっくり1人で観るのも良いでしょう。
娘と妻を置いて出ていったチャーリーの気持ちを完全に理解できないとしても、皆さんはチャーリーの娘エリーの目線で観て、思うところがいろいろ出てくると思います。また、エリー自身が自分の気持ちを整理できていないようにも見えて、そういうどうしようもない感情に苦しむ姿に親近感が湧くのではないでしょうか。大人になってさまざまな経験を経てから観ると一層深く入り込めるストーリーなので、今観て、大人になってからまた観てみるのもオススメです。
『ザ・ホエール』
2023年4月7日より全国公開
PG-12
キノフィルムズ
公式サイト
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TEXT by Myson