音楽家、芸術家とはどんな存在なのか。複数のテーマが複雑に絡み合う物語によって、芸術家の存在は見事なまでに玉虫色に映ります。これは、有名指揮者として活躍し、自信に満ち溢れていたリディア(ケイト・ブランシェット)の生活が、ある出来事をきっかけに一変していく物語。本作には、ジェンダー、ハラスメント、世代交代、ネット社会といったさまざまなテーマが込められていて、そこからどんなメッセージを受け取るかは、観る側の解釈に委ねられています。なので、どの視点で観るかによって、芸術家の辛さと見るのか、傲慢さと見るのか、真逆の解釈になり得る、多面的な作品となっています。
あくまで私の解釈ですが、大きなテーマの1つは、芸術作品(もしくは芸術家の功績)と芸術家自身は切り離して評価されるべきか、はたまた切り離して考えることは無理なのかということです。つまり、芸術家が悪しき行いをした場合、作品まで否定されるべきなのかという問いが本作には描かれています。また、栄光の中にいると、周囲の人間の態度が、尊敬や羨望からくるものなのか、野心を伴う下心なのか、恋愛的な好意なのか見分けられなくなる危うさを感じます。同時に自分は絶対的な存在であるという無意識な過信が、人を狂わせていく怖さも見てとれます。
本作の舞台は音楽業界ですが、最近映画業界のセクハラ、パワハラ問題が次々と明るみに出たことも頭をよぎります。そのなかで、トッド・フィールド監督はどんな思いで本作を作ったのかとても気になります。そして、何といってもケイト・ブランシェットの演技が見事!本作の彼女の演技も見逃して欲しくありません。考えさせられるところが大いにある内容です。映画ファンはもちろんのこと、芸術を愛する方、芸術家を志す方、人気商売をしたい方、権威のある立場を目指す方など、広く観ていただきたい1作です。
ざわつく恋愛関係も描かれていて、デートで観るよりも、1人でじっくり観るほうが向いている作品だと思います。ただし、教職や管理職、人気商売をしている方など、周囲の人に強い影響力を持つ立場にある方とっては、自分を客観視できる要素がたくさんあります。パートナーや親しい人と一緒に観て、ぶっちゃけ自分は大丈夫なのか聞いてみるのもアリかもしれません。
周囲から憧れの存在として見られている人物にもさまざまな面があることがわかるストーリーです。皆さんはこれから大きくなるにつれて、いろいろな大人に出会っていきます。肩書きや人気だけでは、その人を理解することはできないし、皆人間なので出会う状況やタイミングによって、同じ人物でも全く異なる人物のように振る舞うこともありえます。本作はそんなことを教えてくれる作品です。主人公が本当はどんな人物なのかは、皆さん自身が答えを出してください。どんな人間だと捉えて、自分ならどう接するか考えてみてください。
『TAR/ター』
2023年5月12日より全国公開
ギャガ
公式サイト
© 2022 FOCUS FEATURES LLC.
TEXT by Myson