『そこのみにて光輝く』『きみはいい子』の呉美保監督が9年ぶりに手掛けたきこえない母と、きこえる息子の親子の物語『ぼくが生きてる、ふたつの世界』。今回は本作で母親の明子役を演じた忍足亜希子さんにインタビューさせていただきました。
<PROFILE>
忍足亜希子(おしだり あきこ):五十嵐明子 役
1970年6月10日生まれ。北海道出身。1999年に映画『アイ・ラヴ・ユー』のオーディションで選ばれ、日本最初のろう者主演俳優としてデビュー。同作で第54回毎日映画コンクール「スポニチグランプリ新人賞」、第16回山路ふみ子映画賞「山路ふみ子福祉賞」を受賞。その後も映画や舞台、講演会、手話教室開催、執筆活動など、幅広く活躍を続けている。2021年、夫で俳優の三浦剛との共書「我が家は今日もにぎやかです」を出版。近年の主な映画出演作に、『僕が君の耳になる』(2021)、『親子劇場』(2023)、などがある。
変化は人生経験の表れなので、そのまま受け止めていきたい
シャミ:
最初に役が決まった時の心境を聞かせてください。また、物語や明子というキャラクターにどんな印象を受けましたか?
忍足亜希子さん:
明子役に決まったという知らせを聞いて本当に嬉しく思いました。私にも娘がいて、親がろう者で子どもがコーダという関係は、明子と似ていました。だからこそ自分の想いを明子に投影できるのではないかと、演じることをとても楽しみにしていました。今回監督に選んでいただいて本当に感謝しています。
シャミ:
ご自身の環境とかなりマッチした役だったんですね。
忍足亜希子さん:
明子の場合は息子で、私の場合は娘なのですが、母親としてどんな気持ちの変化があるのか興味深く、息子と一緒に成長していけることがすごく楽しみでした。
シャミ:
大(吉沢亮)が生まれるところから始まり、その成長過程も観られましたが、ご自身と娘さんとの経験を追体験するような感覚はありましたか?
忍足亜希子さん:
あの時、ああだったなと重なることがありました。そして、この物語では明子の30年間も描かれています。息子が生まれて母親が変化していく過程を私に演じられるのか心配だったのですが、メイクさんのおかげもあり演じるきることができました。時代に応じて髪型やメイクの仕方も違うのですが、その変化が映像でもわかるようになっています。そして、私も時代ごとに芝居を変えました。若い時の明子と、年を重ねて変わっていく明子の姿を私自身も楽しみながら演じることができました。
シャミ:
どの時代の明子もすごくチャーミングで素敵でした。
忍足亜希子さん:
漢字は違いますが、私自身の名前も亜希子なんです。それもあって共感できるところが多くあり、それも嬉しい点でした。
シャミ:
共通する点も多かったということですが、明子を演じる上で何か事前に準備をされましたか?
忍足亜希子さん:
明子はろう者という点は私と同じですが、育った環境は違いました。明子の両親は聴者で、口話教育という点も共通しています。明子はきこえる方と同じ学校に通っていましたが、私の場合はろう学校に通っていたのでそこは違う点です。そうやって明子と私には少し違う点がありますが、工夫しながら演じました。明子は、とにかく明るく、いつも笑顔でいるキャラクターなので、そこは特に大事にしたいと思いました。監督からも、明子は苦しいことがあっても、とにかく笑顔でいるというイメージだとお話を聞いていたので、それを踏まえて演じました。
シャミ:
確かに明子は常にニコニコしていて、その笑顔に癒されると同時にすごく勇気をもらえると感じました。
忍足亜希子さん:
ありがとうございます。
シャミ:
本作においてろう者の役をろう者俳優が演じることが、呉美保監督の譲れない点だったそうですが、呉監督と役や物語について事前に話し合ったことは何かありますか?
忍足亜希子さん:
監督と初めてお会いした時にお話をさせていただきました。映画のストーリーと五十嵐大さんのご両親の人生を熱く語っていただきました。「明子はだんだんと年を重ねて変化していきますが、忍足さんにすごくぴったりなのでぜひお願いしたいです」とお話しいただき、喜んでお引き受けしました。ありのままのろう者、親として出て欲しいという監督の想いがとても伝わってきたので、「頑張ります!」と即答しました。
シャミ:
なるほど〜。本作は、耳のきこえない母ときこえる息子の物語で、明子が大を想い一生懸命子育てをする姿と、思春期頃から大がさまざまな葛藤を抱えている姿が印象的でした。2人の心が少しずつすれ違っていく様子も描かれていましたが、忍足さんはこの親子関係をどのように捉えていましたか?
忍足亜希子さん:
私自身、子どもの頃に母親に対して反抗していた時期がありました。14歳の頃が1番ピークだったと思いますが、当時母はこんな気持ちだったのかと思いながら演じていました。反抗期の時の子どもは、母親の顔を見るのも話すのも嫌だとか、目すら合わせないとか。こういうことはどの家庭でもあり得ることですよね。親にとっては辛い時期だと思いますが、明子はめげずに手話で語り続けていて、すごく強いなと思いました。
私の娘は今中学校1年生で12歳なんです。ほどなくすると反抗期が来ると思うので、少し覚悟を決めていたところです。大変なこともあるかもしれませんが、私も明子と同じように一生懸命に語り続けようと思います。
シャミ:
明子の30年間を演じられているので、ご自身の過去の経験と重なるところもあれば、将来起こり得る出来事については教訓になったんですね。
忍足亜希子さん:
そうなんです。特に私がまだ経験していない世代の場面は、自分の将来を見ているような気がしました。50歳、60歳、70歳…と今後どうなっていくのかなと考えました。若い時はああだったとか、将来ああなるとちょっと怖いなとか思いつつも人生は何が起こるかわからないからこそ楽しみだなと思います。年を重ねて変化していくことは嫌なこともありますが、それは避けられないことなので仕方がないと思うんです。変化は人生経験の表れなので、そのまま受け止めていきたいです。
シャミ:
そう考えると年を取るのも悪くないと思えますね。どうせなら楽しむほうがいいですよね!
忍足亜希子さん:
もちろん年は取りたくありませんが、そういうわけにはいかないので、受け入れていくほうが良いのかなと思います。
シャミ:
素敵です!幼少期から大人になるまでのさまざまな大とのシーンで、特に難しかったシーンや、印象に残っているシーンがあれば教えてください。
忍足亜希子さん:
大人になった大が少しずつお母さんに対する気持ちが変わってきた頃に、2人で一緒にスーツを買いに行き、電車に乗るシーンがあります。そこで2人で話しながら笑っているのですが、この親子において一緒に笑うということはそれまであまりないことだったんです。大の長い反抗期があり、ずっと対立していて、母としては寂しくて、そんな息子がやっと手話で話してくれるという嬉しい気持ちが溢れている場面です。
シャミ:
電車での2人のやり取りはとても和やかで温かい場面でしたね。吉沢亮さんとご一緒にお仕事をされた感想はいかがですか?
忍足亜希子さん:
初めてお会いした時は、お顔が綺麗でとても魅力的な方だと思いました。実際に現場に入ってからは、話しかけようか迷ったのですが、ご自身の役作りに集中できないといけないなと思い遠慮していました。それからしばらくしてろうの出演者と手話監修、演出家、監督での稽古がありました。そこで明子と大のシーンがあり、吉沢さんと手話の稽古をしました。吉沢さんは手話もろう者に会うのも初めてだったそうで、手話はろうの監修の方がセリフを翻訳したものを覚える必要があり、すごく集中されていたので、やっぱりプロ意識の高い方だなと思いました。手話をどんどん覚えられていて、私が「手話はどう?難しい?」と聞くと、「覚えるのは大変だけど、手話で単語を覚えてこんな風に表すんだという発見があったり、手話の語源を知るとおもしろいなと思います」という会話をしました。
シャミ:
実際にお二人で手話で会話をされていたんですね。本作は家族の物語として純粋にどんな方でも共感できる作品だと感じました。忍足さんにとって家族とはどんな存在でしょうか?
忍足亜希子さん:
私は3人家族で、夫が聴者、私がろう者、娘が聴者なのですが、娘が生まれてからルールというか、決めていることがあります。それは家族での会話は基本手話でしようということです。聴者同士で話す時は口話でもいいのですが、私がいる時は必ず手話を使って話そうと決めました。母がきこえないろう者なんだということを娘に覚えてもらい、サポートをしてもらう。例えば買い物に行く時に、「車が来たよ。危ないからこっちだよ」と教えてくれるというようなことをしています。それぞれいろいろな家庭があり、コーダの家族も親がきこえない場合は大体手話で会話をしている家庭が多いと思います。
会話というのは皆が一緒に楽しめないとダメですよね。私は小さい時、両親と弟は聴者で私だけがろう者の家庭でした。しかも、他の家族は皆手話ができなかったんです。私にとっては手話が必要なのですが、当時は口話教育が主流の時代だったこともあり、聴者にとって手話は必要ないという考えがありました。なので、私は口の形を読み、声で話すということをやっていましたが、やっぱり寂しい想いをしました。私以外の家族が楽しそうな話をしていて、「何の話?」と聞くと「後で教えるね」と言われ、その場に入っていけないんです。それで後でと言ったことも結局忘れられてしまうんです。
だからこそ家族で一緒に楽しむということはとても大切だと感じています。例えばテレビも字幕があれば一緒に楽しめますし、どこに行くのも一緒に行って、1人だけきこえないから一緒にいられないのではなく、とにかく家族皆で共有するということを大切にしたいと思っています。なので家族は私にとって自分らしくいられる場所なんです。
シャミ:
すごく素敵ですね!ここからは忍足さんご自身についての質問をさせてください。最初に俳優のお仕事に興味を持ったのはいつ頃でしょうか?
忍足亜希子さん:
27歳ぐらいの時でしょうか。もともと俳優を目指していたわけではありませんでした。俳優というのは聴者の職業で、ろう者にはできないというよりむしろ無縁のものだと感じていました。というのも、小さい子どもにはいろいろな夢があって、お花屋さん、パン屋さん、飛行機のパイロットなど、自由に言いますよね。私も花嫁さんやキャビンアテンダント、漫画家など、いろいろな夢を持っていました。でも、ある時ろう学校の先生に「夢は何?」と聞かれ、「私はキャビンアテンダントになりたい」と言ったところ、「残念ながらそれは無理よ。きこえるお客様とコミュニケーションをとらなければならないのに、どうするの?無理でしょ」と言われて諦めました。それから私は絵が好きだったので、次は漫画家になろうと思ったのですが、それも無理だよと言われて諦めてしまい、夢がなくなってしまったんです。
当然俳優も聴者のための仕事だと思っていたので、自分が目指そうなんて思ってもみませんでした。でも、たまたま『アイ・ラヴ・ユー』という映画のオーディションがあり、初めてろう者が主役で、監督もろう者で、聴者と一緒に作るという作品だと知って、おもしろそうだと思いました。でも、演じるということにはそんなに興味はありませんでした。そしたら長く付き合っている友人が「やってみなよ」と言ってくれたんです。でも私は、「人前に立つのは無理だよ」と言ったのですが、「とりあえず行ってみなよ」と言われ、とにかく経験、挑戦として行こうと思いました。
それまでテレビで手話やろうに関するドラマを観たことがあったのですが、ろう者は暗くて孤独で寂しい人のように描かれていることが多く、どこか納得がいきませんでした。でも、実際はそうではないということを皆さんにもっと知ってもらいたいと思いました。実際のろう者は明るく元気で楽しく生きていて、暗くないという姿を見せたい、伝えたいという想いがあったので、オーディションに挑戦してみようと思いました。
シャミ:
実際に俳優のお仕事を始めて、俳優という職業に対して印象が変わったところはありましたか?
忍足亜希子さん:
きこえないということを除けば、何でもできるんだと思いました。当然手話通訳も必要になりますし、情報の補助が必要なことはありますが、私にもできることがわかり、それまで何でも無理だと言われてきたモヤモヤとした気持ちがすっきりと解消された感覚になり、すごく嬉しかったのを覚えています。当時の私はどうなっていくんだろうと迷っていましたが、オーディションをきっかけに一気に転機が訪れました。それは本当に『アイ・ラヴ・ユー』の大澤豊監督のおかげです。あの時に応募して本当に良かったと思います。
シャミ:
人生のターニングポイントになったんですね。では最後の質問です。俳優業界におけるろう者などの環境で今と昔で変化したと感じることは何かありますか?
忍足亜希子さん:
以前はろう者は可哀想、何かサポートしてあげなきゃとか、お芝居なんて無理というイメージがあり、ろう者の役は聴者がやったほうが良いという環境でした。でも、ろう者の役を聴者が演じるのと、ろう者が演じるのとではやっぱり違うんです。観客の皆さんが作品を観てどう感じるか、ろう者はこうなんだと肌感として知ってもらうことが大切なんです。
最近はろう者で俳優になりたいという方が増えてきました。どんどん出たいという風になっていて、ろう者役にはろう者が必要だというのを言ってきた結果、少しずつ環境が変わってきています。そして考えも変わってきていて、少しずつろう者の出演の機会が増えているので、非常に嬉しく思っています。
また、昔は時代性もあり、手話がみっともないもの、恥ずかしいものとして思われ、じろじろと見られることもありました。でも、今は「手話はカッコ良い」「手話をやってみたい」「勉強してみたい」と思ってくれる方が増えてきました。なので、本当に変わってきたなと実感しています。
シャミ:
良い方向に変わっているんですね。
忍足亜希子さん:
これからさらに良い方向に上がり続けて欲しいです。転落しないようにキープしつつ、さらに上がっていけるようにしたいです。私も若い方達を育て、応援しつつ、俳優として頑張れる間は頑張り続けたいと思います。
シャミ:
本日はありがとうございました!
2024年7月26日取材 Photo& TEXT by Shamy
『ぼくが生きてる、ふたつの世界』
2024年9月20日より全国順次公開
監督:呉美保
出演:吉沢亮/忍足亜希子/今井彰人/ユースケ・サンタマリア/烏丸せつこ/でんでん
配給:ギャガ
宮城県の小さな港町で、耳のきこえない両親のもとで育った五十嵐大。幼い頃から母の通訳をすることが当たり前で、楽しく暮らしていた。しかし、成長するにつれて周りから特別視されることに戸惑い、苛立ち、母の明るささえ疎ましく感じるようになる。そして大は20歳になり、逃げるように東京へ旅立つが…。
©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会
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情報は2024年9月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。
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