ニューヨークのブルックリンを舞台に、ある出来事がきっかけで人生ががらりと変化していく人々の姿を映した『ブルックリンでオペラを』で、監督、脚本、プロデューサーを務めたレベッカ・ミラーさんにリモートインタビューをさせていただきました。「セールスマンの死」を代表作として世界中で知られる劇作家のアーサー・ミラーさんを父に持つレベッカ・ミラー監督に、ご家族から受けた影響についてや、本作の背景などをおうかがいしました。
<PROFILE>
アメリカのコネチカット州ロックスベリー出身。1962年9月15日、アメリカを代表する劇作家アーサー・ミラーのもとに生まれる。イェール大学では絵画と文学を専攻。数年間、ドイツに滞在後、1987年にニューヨークのニュースクール大学で映画を学び、卒業後は舞台や映画に出演。1995年、『アンジェラ』で監督デビューし、サンダンス映画祭でフィルムメーカーズ・トロフィーと撮影賞、ゴッサム賞オープンパーム賞を受賞した。2002 年には、“Personal Velocity:Three Portraits(原題)”でサンダンス映画祭審査委員大賞と撮影賞、インディペンデント・スピリット賞でジョン・カサヴェテス賞を獲得した。その他の監督作は、『50歳の恋愛白書』(2010)、『マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ』(2015)、ドキュメンタリー映画“Arthur Miller: Writer(原題)”(2007)など。また、本作の原案となった短編小説「She Came to Me」が収録されている「Total」を含む5冊の本を執筆するなど、小説家としても活躍している。夫は元俳優のダニエル・デイ=ルイス。
恋愛を怖がって遠ざけてしまう方は、人生に対する姿勢にも同じようなところがあるんじゃないかな
マイソン:
二つの世代の恋愛模様の対比が印象に残りました。資料には、もともと監督が書かれた短編小説に若いカップルの物語を付け加えたとありました。どんなきっかけで、若いカップルの物語を付け加えたいと思ったのでしょうか?
レベッカ・ミラー監督:
どちらかというとパラレルにアイデアが進んでいったという感じです。アイルランドに住んでいた頃にスランプに陥った作家の話を書いて、その後に10代の恋愛を考え始めて、その2つをどういう風に絡めていけるかなと時間をかけて考えていきました。
マイソン:
実態がどうかは別として、日本では若い方が恋愛に億劫になっているという噂があります。監督は映画を撮る際にキャラクター達の人生において、恋愛をどのように位置付けているのでしょうか?
レベッカ・ミラー監督:
ストーリーテラーにとって、恋愛というのはパワフルなツールになると考えています。物語の強いエンジンになりうるし、人生においても同じことがいえると思うんです。恋愛を怖がって遠ざけてしまう方は、人生に対する姿勢にも同じようなところがあるんじゃないかなと思います。ただ、愛の表現として、ロマンスだけがあるわけではないし、まさにこの映画でもいろいろな愛の形を表現したつもりです。例えば、形而上的な愛、あるいは母と子の愛も描いています。
マイソン:
すごくスリリングなシーンとユーモラスなシーンが織り交ぜられていて、どのキャラクターも多面的でした。作り上げるのに1番苦労したキャラクターは誰ですか?
レベッカ・ミラー監督:
トレイ(ブライアン・ダーシー・ジェームズ)かな。ちょっと不条理っぽいところとか、怖い瞬間とか、たぶん怖さと笑えるところの両方を持ち合わせているキャラクターだと思います。そのバランスを取りつつ、トーンをどんどん変えていくのが難しかったところで、それを表現するには、ブライアンのような手練れの素晴らしい役者が必要でした。
マイソン:
今俳優さんのお話が出ましたが、監督が映画を撮っていて”良い俳優”と感じる方の共通点はありますか?
レベッカ・ミラー監督:
共通点というよりは、私が役者に求める点でいうと、共演する相手のセリフをちゃんと聞くことができる方が好きです。つまり、その場、その瞬間に、完全にキャラクターとしていてくれることを求めます。アイデアで決めつけて、用意した演技だけを演じて帰るというのではなく、やはり演技というのはすべて即興だと思うんです。自分が相手の言ったことにどう反応するのか、どう動くのかなんて、相手が何か言ってくれなければわからないことだからです。
マイソン:
それでいうと、役者さんが生み出すアドリブも含めて、監督が描いていたのとは違うことが撮影で起こるのを好んでいらっしゃるんですね?
レベッカ・ミラー監督:
そうです。やはりセリフが書かれているとしても、すべての演技は即興だと思っているので。もともと脚本自体、アドリブのような自然な感じを意識して書いているんです。役者さんがそのままそれを演じたいというならそれで良いし、何かやってくださるのであれば、それは使いたいと思います。なぜなら、それを使わないということは役者さんが提供してくれているすべてのものを自分が活用できていないということになるからです。
マイソン:
今のお話から、その場で生み出されるものを観客に見せるという点で、舞台演劇の魅力に繋がる部分を感じました。この作品はオペラの舞台も描かれていますよね。監督のお父様は劇作家のアーサー・ミラーさんというルーツもある点で、ご自身の価値観に影響している部分はありますか?
レベッカ・ミラー監督:
正直にいうと、自分の監督としての仕事に、演劇のルーツはあまりないと思っています。ただ、映画を作るにあたって、舞台演劇におけるステージングと同じように、いろいろなことを事前に計画して演じてもらうわけです。そういった人工的な部分とリアルライフ、その時起きること、その人がもたらすものが融合している、あるいはそれを交互に見せていけるという点が映画のワクワクするところです。
マイソン:
本作ではシーンによって画角が変えられていますが、そういった意図もあったのでしょうか?
レベッカ・ミラー監督:
関係しています。もともと2つの画角比を使いたいなと思っていて、そこに正当な理由がある作品になればと思っていました。今回はその引き金が出てくるのですが、とにかく曳船の船内が狭かったんですね。ワイドで撮ってしまうと余計なものが映り込んでしまうし、スタンダードが一番理に適っていたんです。逆にオペラは広さがあるので、ワイドで撮りたかった。そこで引き金になったのは、キャラクターにとってどこか解放されるような特別な世界はスタンダードで撮って、他のシーンはワイドで撮るというアプローチでした。結局、修道院の部屋も四角で撮っているんですよね。一応自分達のなかでは、修道院の部屋はパトリシア(アン・ハサウェイ)にとって一番深い願いが叶う場所であり、曳船は多くのキャラクターにとって自分達の深い願いが叶う場所であるから、そこを特別な場所として四角く切り取ると考えました。といってはいたんですけれど、実際には狭いという現実もありましたけどね(笑)。
マイソン:
この質問は、いち観客、受け手として想像できる範囲で解釈するに留めるべきか、監督に答えを聞いちゃって良いのか悩んでいたのですが、お聞きして良かったです(笑)。あと、気になったのが、舞台芸術の種類がいろいろあるなかで、今回オペラを選んだ理由を教えてください。
レベッカ・ミラー監督:
一部には音楽というのは、とても映画的であるからなんです。映画というものは根本的に音楽性があるものだと思っています。あと、実は下の息子が作曲の勉強をしているんです。彼をオペラに連れて行くうちに、私も一種のアートとして興味を持ち、とても好きになっていた時期だったんです。
マイソン:
そういう背景もあったんですね。ではストーリーのお話に戻るのですが、本作は伏線を回収するおもしろさがすごくありました。監督が小説や脚本を書かれる際に、伏線を入れるさじ加減ってありますか?伏線はなさ過ぎても、入れ過ぎてもいけないというか、さじ加減ってあるのかなと思ったんです。
レベッカ・ミラー監督:
まさにその通りですね。実は最初の30ページを書いた時に友人に読んでもらったんです。そしたら、「たくさんボールを空中に投げた(たくさん伏線を敷いたことの比喩)」からキャッチしなければいけなくなるので、「グッド・ラック」といわれたんです(笑)。最初に伏線を出すのは簡単だけれど、回収していかなければいけないことを考えたら、その後が難しくなっていくわけです。常にストーリー・マス(Story Math)、つまりストーリーの算数で、リアルなキャラクターを書くことができれば、そのキャラクターから自然に出てくるものがあって、そこからロジックが生まれてくるので、ロジックに適う物語になっていくんです。言い換えれば、キャラクターから運命みたいなものが生まれたり、お互いが出会ってくれたり、そこから何らかの話が進んでいく。もちろん作り手としてある種コントロールはするんですけど、やっぱりキャラクターに耳を傾けて、彼等がやらないようなことを無理矢理やらせるようなことはしないほうが良いと思っています。というと、本物の人間を扱っているように感じられるかもしれませんが、実際に本物の人間のように私は感じているんです。なので、ちゃんとキャラクターのことを見て、時々提案し、その提案を気に入ってくれない時もあるという感じなんですよね。
マイソン:
次は監督のルーツについてお聞きします。小さい頃から芸術に囲まれていらっしゃったと思うのですが、監督ご自身がこの道に進みたいと思ったきっかけがあれば教えてください。
レベッカ・ミラー監督:
実は最初に目指したのは画家で、絵を描きたかったんです。もともとアート以外に得意なものはなかったから、自分には他のものになるっていうオプションがなかったと思っています。運が良いことに親から鍛錬することを教わりました。例えば、母からは写真、構図、絵画、父からは特にセリフに対する感覚、感性を学ばせてもらいました。やっぱりアーティストである親がいる場合、与えられる一番素晴らしいギフトは、恐らく誰からいわれるでもなく自分で自分を鍛錬していくものつくりをしていく姿勢だと思うんですよね。
マイソン:
息子さんを含め、芸術に携わるご家族がいらっしゃる点で、お互いに刺激を受けていると感じることはありますか?
レベッカ・ミラー監督:
お互いに刺激し合っていると思います。ただ、子ども達に関しては、心からアートをやりたくないなら作る必要がないと言っています。
マイソン:
そうなんですね。では最後の質問です。コロナ禍の拍車もあり、どの国でも映画産業は大きな局面を迎えているように感じます。監督は今の状況をどう捉えていて、今、作り手、観客に何ができるとお考えでしょうか?
レベッカ・ミラー監督:
やはり観客の方には映画館に足を運んでいただくのが1番かなと思っています。人間にとって習慣は大きいので、行く癖がつくと良いなと思います。本作のようにユーモアのある作品や、タイプの違う作品でも、パソコンで観たり、1人で観るのと、映画館で皆と一緒に観るのは違う経験だと思うんです。すごく人間的な何かを感じることができる体験だと思うので、映画館に行くことでお互いに支え合えれば良いと思います。作り手としては、興味深い作品を生んでいくことが大事だと思っています。
マイソン:
本日はありがとうございました!
2024年2月8日取材 TEXT by Myson
『ブルックリンでオペラを』
2024年4月5日より全国公開
監督・脚本:レベッカ・ミラー
出演:アン・ハサウェイ/ピーター・ディンクレイジ/マリサ・トメイ/ブライアン・ダーシー・ジェームズ/ヨアンナ・クリーク
提供:松竹・楽天
配給:松竹
5年間、1曲も書けないでいるオペラの作曲家スティーブン(ピーター・ディンクレイジ)は、ある日、自分の主治医でもある精神科医の妻パトリシア(アン・ハサウェイ)に勧められ、犬と散歩に出かける。散歩の途中でバーに寄り道をしたスティーブンは、曳船の船長カトリーナ(マリサ・トメイ)と出会い、船を見学することに。そこで、スティーブンは思いもしない出来事に遭遇し…。
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情報は2024年4月時点のものです。最新の販売状況は各社サイトにてご確認ください。
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