手紙の代読をきっかけに、老人と若者の心の触れ合いと変化を描いた映画『ぶあいそうな手紙』。今回は、本作で監督と脚本を務めたアナ・ルイーザ・アゼヴェードさんにリモート取材をさせて頂きました。大きな年齢差のある登場人物のキャラクター設定や、理想の老後、さらに手紙の良さについて伺いました。
<PROFILE>
アナ・ルイーザ・アゼヴェード:監督・脚本
1959年ブラジル、ポルトアレグレ生まれ。UFRGS大学ブラジル美術学科卒業。制作会社カサ・ジ・シネマ・ジ・ポルトアレグレの創設メンバー。1984年から映画界で働き始める。1994年にドキュメンタリー映画“Ventre Livre(自由な子宮)”で注目され、2000年の短編劇映画“3 Minutos(3分間)”でカンヌ国際映画祭短編映画部門に選ばれた。2002年、自ら脚本を手がけた“Dona Cristina Perdeu a Memória(記憶をなくしたクリスティーナ夫人)”では、ブラジリア映画祭、グラマード映画祭などでグランプリを受賞。同じく自身の脚本による初の長編作品『世界が終わりを告げる前に』(2010)では、ポルトアレグレ郊外の田舎町に暮らす高校生達を主役に多感な時期の心の変化を丁寧に描き、2009年サンパウロ国際映画祭優秀長編ブラジル映画賞はじめ、国内外の数々の賞に輝いた。2020年日本公開の映画『ぶあいそうな手紙』では監督と脚本を務め、サンパウロ国際映画祭批評家賞、プンタデルエステ国際映画祭観客賞を受賞した。
手紙は、その人の時間を使ってわざわざ書いて送るからこそ価値がある
シャミ:
78歳のエルネストと、23歳のビアのやり取りがすごく素敵だったのですが、年の差のある2人の関係性を通して、監督が1番伝えたかったのはどんなところだったのでしょうか?
アナ・ルイーザ・アゼヴェード監督:
自分と違う人達と共生することは、非常に重要なことだと思うんです。高齢者が若者と一緒にいると、もっとアクティブになることができると思っていて、例えば、映画の現場のスタッフも若い人が多いのですが、私自身若い人達と一緒にいることで、彼らの考えを知ることができたり、刺激を受けることがたくさんあります。つまり、魂が若返るというか、そういうことがあると思うんです。もし、高齢者同士だけで付き合うとなると、どこが痛いとか、病気の話ばかりになってしまうじゃないですか(笑)。でも若い人と一緒にいたら全然違う話になると思いました。
シャミ:
なるほど〜。最初ビアはエルネストに付け入ろうとしているようにも見えましたが、キャラクター設定でこだわった点などありますか?
アナ・ルイーザ・アゼヴェード監督:
ビアはその日暮らしをしていて、あまり未来のことを考えていない人で、非常に孤独なんです。でも、実はエルネストも孤独なんですよね。ビアは生活上の困難をいつも1番簡単な方法で解決しようとしていて、例えば、エルネストからお金を盗むことで、その日の問題を解決するんです。一方エルネストは、人生の終盤で、視力を失いつつもあり、決まり切った規則正しい生活を送っていて、ただ時間が経つのを待っているんです。でも、ビアが現れたことで、彼は全然別の世界を知るわけです。そこからエルネストは、ただ時が経つのを待つだけでなく、もっと積極的に生きても良いんじゃないかという可能性を感じ、ビアにももっと明日のことを考えないといけないということを見せていくんです。それが文学的なやり取りとか、手紙の代読や代筆のやり取りを介して双方に芽生えていきます。エルネストは、自分の思っていることを言葉にすることができない人でしたが、ビアがそれをできるようにする。一方、ビアはお金がないし、先々のことを考えない自由な人でしたが、エルネストと交流することで、他の人のことも考えることができるようになり、だんだんと変わっていくわけです。そういう意味で2人の間には大きな心の交流があったということだと思います。
シャミ:
エルネストは、1人暮らしをしていましたが、日本でも高齢化が進んでいて、1人暮らしの高齢者が多い現状があります。ブラジルでも1人暮らしの高齢者は多いのでしょうか?
アナ・ルイーザ・アゼヴェード監督:
そうですね。ブラジルでも高齢者の数は、今すごく増えていて、1人暮らしも増えいます。高齢者の1人暮らしはだんだんと肉体的な制約が出てきて、難しくなりますよね。そうすると、どこでどうやって暮らすのかが非常に大きな問題になります。それと同時にブラジルは、年金がものすごい勢いで減額されていて、経済的にも生活するのが困難になってきている人達が多いんです。だからといって、高齢者向けの施設に入るのもなかなか難しいし、環境にもよりますよね。
シャミ:
エルネストが息子から同居を提案される場面もありましたが、エルネストの考えや最終的な選択はすごく新鮮で素敵だなと思いました。監督ご自身は、どんな老後が理想ですか?
アナ・ルイーザ・アゼヴェード監督:
高齢者にとって1番良いのは、自分の若い時の記憶、もしくは愛着がある場所に暮らすことだと思います。最近出てきた可能性としては、いわゆるグループホームで、高齢者の人達がプライバシーを確保しながら暮らすというのも良いなと思いました。また、釜山での上映時に、韓国では高齢者が自分の家の部屋を若い人に間借りさせるというのがトレンドだと聞いて、それもおもしろいなと思いました。やっぱり同じ家で子どもの家族と同居するのは、なかなか難しいことだと思うんです。でも高齢者が1人暮らしをずっと続けるのも限界があるので、近居という形がまだ望ましいのかなと思います。もしくはエルネストのような決断をすることもアリですよね。
シャミ:
それも良さそうですね!エルネストはルシアと手紙のやり取りをしていましたが、現代では携帯電話やパソコンを使ってのメールのやり取りが主流になっていて、監督が思う手紙の良さとはどんなところでしょうか?
アナ・ルイーザ・アゼヴェード監督:
私は、80年代にしばらく海外に住んでいたことがあって、当時はインターネットがなかったので、友達や家族にいつも手紙を書いていました。また、別の国にいる友達にも手紙を書いていたことがあって、私自身、手紙での交流経験が結構あるんです。家に帰って、誰かから手紙が来ていないかポストを確認するのがすごく楽しみで、送る時は、手紙の内容を考えるのはもちろん、封筒を手作りしたり、手紙以外に何を入れるのか考えたりもしました。それは自分だけでなく、手紙をやり取りする相手もそうやっていろいろ考えながら送ってくれるんですよね。手紙というのは、その人の時間を使ってわざわざ書いて送るものなんです。なかには、本当に分厚い手紙が来て、いっぱい切り抜きが貼ってあったこともありました(笑)。そういった手紙の価値をこの作品にも少し反映したいなという思いがあったんです。手紙に関して言うと、今は書簡集というものがありますよね。例えばプラトンの書簡集とか、ゴッホが弟と交わした書簡集とか、若い詩人達や作家がどういう手紙を書いていたのかというのが本になって出ている時代でもあるわけです。同時にインターネットが私達のさまざまな扉をあっという間に開いてくれ、一方で記憶というものが簡単に失われてしまう時代でもあると思います。ハードディスクが壊れてしまうと、その場でデータがなくなってしまって、もう後を辿ることができなくなりますよね。それに対して手紙というのは、「この人にはこの便箋で送りたいな」と、わざわざ買いに行って送るという手間があって、そこにはやはり心がこもっているなと感じます。
シャミ:
では、最後の質問です。今の手紙のお話とも通ずるものがあるかも知れませんが、映画も映画館だけでなく、スマホやタブレットでも観られるようになりましたが、監督の思いとしては映画をどう観て欲しいですか?
アナ・ルイーザ・アゼヴェード監督:
個人的には映画館に行って映画を観るのがすごく好きです。やはり映画館に行くのと、テレビや携帯などの小さい画面で観るのとでは、観客が映画に入り込む没入感や集中力が全然違うと思うんです。でも映画の作り手としては、観客が自分の作品をどこでも観られるということをいつも頭に置いておく必要があると思っています。作り手としては、ディテールを描くことにこだわりたくて、表の場面ではこういう風に出ているけど、裏にはこういうことがあるよっていうのを画面の中で表現したいという思いもあって、そうするとやはり細かい部分は小さい画面だと見えないんです。だから、できれば私の映画は大きな画面で観て欲しいなと思います。
シャミ: ありがとうございました!
2020年6月15日取材 TEXT by Shamy
『ぶあいそうな手紙 』
2020年7月18日(土)シネスイッチ銀座、7月31日(金)シネ・リーブル梅田、伏見ミリオン座ほか全国順次公開
監督・脚本:アナ・ルイーザ・アゼヴェード
出演:ホルヘ・ボラーニ/ガブリエラ・ポエステル/ホルヘ・デリア/ジュリオ・アンドラーヂ
配給:ムヴィオラ
ブラジル南部ポルトアレグレの街。78歳のエルネストは1人暮らしをしていた。高齢で視力を失いつつあり、このまま人生は終わるだけだと思っていたある日、1通の手紙が届く。差出人はウルグアイ時代の友人の妻だった。エルネストは、偶然知り合った若いブラジル人女性ビアに手紙を読むように頼む。それを機に、エルネストの部屋にビアが出入りするようになる。しかし、それは彼の人生を変える始まりだった…!?
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