東京オリンピック開催直後のゲストハウスを舞台に、住み込みで働く詩子とそこに集う人々の交流と日々が綴られたヒューマンドラマ『ココでのはなし』。今回は主人公の詩子を演じた山本奈衣瑠さんにお話を伺いました。当日は、劇中に登場するゲストハウス「ココ」の撮影地となった「ゲストハウスtoco.」 にて取材させていただき、山本さんに役作りやゲストハウスの良さについて直撃しました。
<PROFILE>
山本奈衣瑠:戸塚詩子 役
1993年11月12日生まれ。東京都出⾝。モデルとしてキャリアをスタートし、雑誌や CM、ショーで活躍する。2019年より俳優業を始める。2021年、今泉力哉監督作『猫は逃げた』では、オーディションを経て主演に抜擢され、注目を集める。その傍ら、フリーマガジン「EA magazine」では編集長も務めた。2024年は、『走れない人の走り方』『SUPER HAPPY FOREVER』『夜のまにまに』と、主演、メインキャスト作の公開が続いており、本作『ココでのはなし』では主人公の詩子役を好演。
※前半は合同インタビュー、後半は独占インタビューです。
日本のこの場所、コロナ禍という状況下で私達がこの映画を作った意味があった
シャミ:
本作は、ゲストハウス“ココ”を舞台に、住み込みバイトの詩子とゲストハウス“ココ”に集う人々の交流とその日々が綴られた物語でした。最初に本作の台本を読んだ時に物語や詩子というキャラクターにどんな印象を持ちましたか?
山本奈衣瑠さん:
台本を読んだのはちょうどコロナ禍が明けた頃でした。物語の舞台はコロナ禍から始まったものだったのですが、かといってコロナのことを描いている作品ではなく、少し閉鎖的になってしまっても仕方のない状況や、コロナにより社会の見え方が変わってしまったことなどが描かれていたので、そこを大事にしなくてはいけないと思いました。この映画で伝えたいもっと根源的なもの、今自分がここにいることをどう許すのかということに重きを置いていると感じました。
詩子は主人公で、やはり主人公の場合すべてを描いていただけることが多く、演じる上でも1番手掛かりの多いポジションなんです。詩子は、田舎と東京のパートでかなり違う面が表現されていたので、その手掛かりをちゃんと結びつけたいと思いました。詩子がココで働いている時は、お客さんからすると単にスタッフの1人なのですが、人それぞれ何かあるように、彼女にも何かがあるので、この映画の中で詩子自身当事者であることを忘れずに演じようと心掛けました。
シャミ:
最初は詩子がどういう人物で、どうしてココにいるのかわからないので、ココを訪れるお客さんと同じ目線で観ていました。
山本奈衣瑠さん:
ある意味わかりやすいですよね。詩子という人がいて、ココという場所があって、お客さんが入ってくるように、映画を観ている方もその場にいるような感覚になることができるんです。監督がこの作品を「優しい映画にしたい」とおっしゃっていて、観客の方に感じ取っていただく部分もありますが、それよりも一人ひとりにちゃんと寄り添う空間や時間が描かれているんです。そして、詩子自身の過去もわかりやすく描かれるという流れはとても観やすいと思います。
シャミ:
詩子は田舎にいた時と東京に出てきてからとで大きく変化していましたが、キャラクター作りで気をつけた点などありますか?
山本奈衣瑠さん:
衣装も大事な要素の1つだと思うのですが、詩子は古着などの可愛い服を着ていて、彼女が自分の意思で選んでいるような服になっています。例えば詩子は、ショーケースのマネキンが着ている服をそのまま着るタイプというよりも、自分で選んだ好きな服を着ているタイプだと思うので、自分の好きなものが明確にある子だと見せたいと思いました。それは詩子が周囲に見せたいというわけではなく、彼女自身から勝手に湧き出てくるものだと思うんです。ファッションは個人のアイデンティティの表現の1つだと思いますが、詩子が田舎にいた時は自分にそんなパワーがあることや、アイデンティティという言葉すら知らなかったと思いますし、都会に来て彼女自身から勝手に湧き出ているものがあることを知るみたいな。そういう意志や揺るぎないものがちゃんとあるということを表現したいと思いました。
記者A:
それぞれの登場人物が救いを求めて、ココに行き着くという流れがとても印象的に描かれていました。詩子を演じるなかで、旅をすることや旅人についてどのように感じられましたか?
山本奈衣瑠さん:
人間って場所や環境が変わると、不思議と「何でこんなに変わるんだろう」と思うことがありますよね。詩子も田舎にいた頃とゲストハウスに来てからとで表情ややりたいことがガラリと変わっています。旅というと、電車に乗ってどこかへ行ったり、海外へ行くとか、そういうものが旅だと思うかもしれませんが、私は散歩も旅の1つに近いと思うんです。家の中やある一定の場所で考えるアイデアもすごく素晴らしいと思いますけど、やっぱり体を動かして外へ出かけて、景色や環境が違う場所で考えるだけで全然違いますよね。家の中ではこう思っていたのに、海を見ていたらどうしてこんなに考えが変わるんだろうみたいな。そういうパワーを言葉で表現するのは難しいですが、実際そう感じることがありますよね。たぶん詩子もそれを感じて家の中から一歩外に出た時に、自信がついたり、成功体験をしたり、そういうすごく小さなものが彼女自身を作り、ココに来た頃とはまた違う姿へ成長していったんだと思います。だから何か大きな旅行でなくても、外に出て自分を見つめるということは素敵なことですし、それはすごく不思議なパワーだと思います。
シャミ:
本作は日本公開に至るまでの間に海外の映画祭で上映されたそうですが、観客の反応で特に印象に残っているものや、意外だった反応などはありますか?
山本奈衣瑠さん:
主に監督がいろいろな映画祭を回ってくださり、私はドイツの映画祭に行かせていただきました。まず満席で観てもらえたことがすごく嬉しかったです。この作品を観るに至った背景はわかりませんが、観たいという気持ちのある方達が、それだけ大勢いたことに感激しました。それと監督から聞いた話ですが、海外の方達は、この作品から“ザ・日本の風景”みたいな場所のデザインや田舎の風景などをすごく新鮮に感じていただけたそうです。日本の食事やコミュニケーションの取り方、例えば同じ宿に泊まったからといって皆でご飯を食べる時もあればそうでない時もあること。だけど、それぞれに思っていることはちゃんとあるみたいな。そういう空気感が作るコミュニケーションに新鮮さやおもしろさを感じてくださったそうです。それを聞いて日本のこの場所、しかもコロナ禍という状況下で私達がこの映画を作った意味があったと思いました。
すべて自分から湧き出るものでしかないということは変わりない
シャミ:
劇中に登場する食事が美味しそうなものばかりで、特にココの名物のおむすびは印象に残っています。個人的にはおむすびが「結ぶ」という意味で物語とすごくマッチしていると感じたのですが、食事シーンで印象に残っている場面や、特に美味しかったものは何かありますか?
山本奈衣瑠さん:
食事は本当にどれも美味しそうな見た目で、実際に食べても美味しかったです!おむすびについては台本で「詩子がココの名物のおむすびを出す。具材は後で決めます」と書いてあって、どんなおむすびなんだろうと思っていました。私は普通の梅や鮭のおむすびを想像していたのですが、現場で「下郷高菜の○○○○のおむすびです」と長めの名前を言われて、普通の味ではないんだと驚きました。そういうひと手間加えた想いがあるということもそうですし、この味はココにしかなくて、味で記憶を思い出すということもありますよね。そういう風に誰かの体に刻むという意味でも、おっしゃってくださったように縁を結ぶということにもなると思います。そして、やっぱり食べ物はその次の瞬間を動くためのエナジーになるので、蓄えて次へ向かって出て行くみたいな。そういう意味でもこの作品において食事はとても重要だと思います。
シャミ:
なるほど〜。ゲストハウスに来る人達の群像劇としても楽しめる作品でしたが、山本さんが本作で発見したゲストハウスの魅力は何かありますか?
山本奈衣瑠さん:
普段自分が思っていることや、ずっと前から感じていることを友達でもない、初めて会う人、しかも今後会うかどうかもわからない人にだけ話せる言葉があると思うんです。それを口に出して、その声を自分で聞いて出すという行為をした時に、より実感したり考え方が変わったりすることがありますよね。そういう特別なコミュニケーションができるのがゲストハウスの良さだと思います。
それから先ほどの話と重なりますが、食事をするということは許す行為でもあって、同じものを食べて同じ身体になるみたいな。今後一生会わないかもしれないけど、そこでたまたま会った人達と同じ食事をすることや、同じ空間で寝泊まりすることって実は人生でそんなに数あることではないので、そういう経験が勝手に生まれるのもゲストハウスの魅力だと思います。
シャミ:
そういった貴重な体験ができるならゲストハウスに泊まってみたいと思いますね。本作には、「休憩する」「焦らず」といったメッセージもあり、現代人に向けたメッセージでもあると感じました。こういったテーマも含め、本作をきっかけにご自身の価値観で何か変化されたことはありますか?
山本奈衣瑠さん:
私も「休憩」という言葉は自分の中ですごく大切にしていて、心の中でいつでも出せる場所に留めています。この映画は、休憩が大事だということがテーマになっていて、そう言うとすごくシンプルであまり特別感がなさそうだと思われるかもしれません。それに「休憩が大事」という言葉が響く年齢やタイミングは人それぞれにあるので、今観てもあまり響かない方もいると思います。でも、何年か経った時に、「何かで休憩が大事。休憩することは間違っていない」と言っていたな。何の映画で言っていたか忘れたけど、何かで言っていたその“何か”になれたらいいなと思います。だからたくさんの方に観てもらいたいとは思いますが、たくさん方に伝わって欲しいというおこがましい気持ちまではありません。本当におむすびをどうぞと差し出して、「美味しいです」くらいの会話のように、この映画を観て咀嚼してもらって、「そういえばあの映画でこんなことを言っていたな」くらい頭の片隅にあったらいいなと思いますし、それがベストなのかなと思います。
シャミ:
後からじんわりと浸透していくような余韻のある作品ですよね。ここからはご自身についての質問をさせてください。最初はモデルとしてキャリアをスタートされていますが、俳優のお仕事に興味を持ったのはいつ頃でしょうか?何かきっかけがあれば教えてください。
山本奈衣瑠さん:
モデルと俳優は、被写体という意味では近いところがあると思うんです。でも、実際にやってみると全く別ものなのですが、やっぱり環境としては近いところにありますよね。映像のお仕事をする上で、CMやミュージックビデオに出させていただいたことがありますが、そういった時にスチールとして動かない自分ではなくて、動いた自分でいる姿というのがわりと楽しくて好きだったんです。そしてある時期に自分の中で何でもやるキャンペーンを実施していた時があり、人に言われたものは全部やるようにしていました。その時に「お芝居とかいいんじゃない?」と言ってくれる方がいて、自分でも楽しそうだな、良さそうだなと感じたんです。最初はちょっとやってみようくらいの気持ちでしたが、実際にやってみた時に楽しいという感覚になり、これは間違っていないかも、もう少しやってみたいと感じました。
シャミ:
その後も俳優のお仕事を続けられていて、他にもフリーマガジンの編集長などもされていますが、それぞれのお仕事が相互作用していると感じることは何かありますか?
山本奈衣瑠さん:
雑誌については最近作っていませんが、ものづくりをするということはすごく好きだし、紙で何かを作るのも大好きなんです。やってみて思ったのは、結局自分がどう思うかでしかないということです。ものを書くのも、写真を撮るのも、デザインを考えるのも、お芝居をするのも、スチールで撮ってもらうのも、結局すべて自分から湧き出るものでしかないということは変わりないと思うんです。それまで自分がどう生きてきて、どんなことを感じてきたのかでしかないという、本当に小さな根源みたいなものを感じています。それこそモデルの時に培っていいなと思った自分の感覚が、映像作品の時に使えることもありますが、結局これは全部私なんだと感じます。
シャミ:
今後さらに挑戦してみたいことや、俳優としての目標などがあれば教えてください。
山本奈衣瑠さん:
今は目の前にあることに必死なので、まずは今やらせていただいているお仕事を頑張りたいです。『ココでのはなし』は私にとって2作目の主演作品でした。今はたまたま出演作の公開が続いているので、「いろいろな作品に出ていますよね」と言っていただくことが多いのですが、どれもオーディションを受けたお仕事が多く、素敵な作品に参加させていだだけているのは一緒に作品を作ってきたチームの皆様のおかげです。そしてその作品を観に来てくださる皆様の姿を見ると、本当に一つひとつの積み重ねや、周りの皆様のお陰でまた新しい自分が作られていくんだなと感じます。なのでこれからも目の前のことを精一杯頑張っていきたいと思います。
シャミ:
本日はありがとうございました!
2024年9月25日取材 Photo& TEXT by Shamy
『ココでのはなし』
2024年11月8日より全国順次公開
監督:こささりょうま
出演:山本奈衣瑠/結城貴史/三河悠冴/生越千晴/宮原尚之/中山雄斗/伊島空/小松勇司/笹丘明里/三戶大久/モト冬樹/吉行和子
配給:イーチタイム
田舎から出てきた詩子は都会の喧騒に佇むゲストハウス「ココ」で住み込みアルバイトとして働いていた。コロナ禍の影響で客足が戻りきらないなか、元旅人でオーナーの博文とSNSでライフハック動画を配信する泉さんと共に、訪れる宿泊者を迎えながら日々過ごしていた。ココにやって来るのは、悩みを抱えた若者達。そんな人々の物語がひとつずつ綴られていく。
©2023 BPPS Inc.
<取材場所>
店名:ゲストハウスtoco.
住所:東京都台東区下谷2-13-21
バー営業:18:00-22:00 ※バーの営業は宿泊者以外の方もご利用いただけます。
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情報は2024年11月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。
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