14歳で嫁ぎ、世継ぎを生むことを望まれて生きる少女の物語『第三夫人と髪飾り』は、アッシュ・メイフェア監督自身の曾祖母の実話をベースにした作品です。そして本作はベトナム国内で公開後、4日間で上映禁止となりましたが、今回、監督にその背景についてお話をお聞きしました。
<PROFILE>
アッシュ・メイフェア
ベトナムで生まれ育ち、14歳から欧米に渡る。ニューヨーク大学の大学院で映画制作を学び、美術学修士号を取得。“The Silver Man(原題)”“No Exit(原題)”などの短編映画が多くの国際映画祭で上映された。そして、『第三夫人と髪飾り』で長編デビュー。本作の脚本は、2014年スパイク・リー プロダクション ファンドを受賞、さらに、ニューヨーク大学卒業生の最優秀脚本賞NYUパープルリスト2015にも選出された。また、トラン・アン・ユン監督とファン・ダン・ジー監督が主催するワークショップ<オータム・ミーティング>では、2015年のグランプリを受賞、香港アジア・フィルム・ファイナンシング・フォーラム2016の国外作品部門最優秀賞、インディペンデント・フィルムメーカーズ・プロジェクト・ニューヨーク2017の10作品に選出されるなど注目を集めた。その後、5年の歳月をかけて映画を完成させ、これまでに世界各国の51の映画祭で上映され(2019年7月現在)、第43回トロント国際映画祭NETPAC 賞(最優秀アジア映画賞)、第66回サンセバスチャン国際映画祭TVE – Another Look賞、第23回ミラノ国際映画祭スペシャルメンション賞、第40回カイロ国際映画祭 最優秀芸術貢献賞、第54回シカゴ国際映画祭新人監督部門 ゴールド・ヒューゴ賞(最優秀作品賞)など多くの賞を獲得した。
上映禁止を覚悟で、監督がベトナムで公開しようとした理由とは
マイソン:
日本にもお妾さんがいるような時代もあり、私の身近なところにも、一夫多妻制ではないですが、子どもを作るために離婚と再婚をした人がいて、それを聞いた時は衝撃を受けました。監督はご家族からこのお話を聞いた時、どう思いましたか?
アッシュ・メイフェア監督:
私は実際にこういう女性達に囲まれて育ってきたので、そういうことがあるのは十分わかっていましたし、祖父には何人も奧さんがいて、子どももいっぱいいて、ある意味お互いがお互いの子どもを育てているような感じだったので、それが普通だと思ってしまっていたんです。ですが、ベトナムを離れて、すごく若い女の子が強制的に結婚をさせられるのはあまり良くないことだなと気が付きました。私の曾祖母は14歳で結婚させられ、祖母も14歳ではないですが、やはり若いうちに家族が勝手に決めたお見合いで、というか強制的に結婚させられたんです。そういうことが本当は良くないことなんだと気が付いて、そしたら家族における女性の役割とか、社会における女性の役割について疑問を持ち始めて、声を上げたほうが良いんじゃないかと考えるようになったんです。
マイソン:
海外に出られたことで、気付かれたんですね。
アッシュ・メイフェア監督:
はい。外に出て気が付いたということもあるんですが、同時にこれは私の家族の話だけじゃないということにも気が付きました。実は多くの人が、映画を観た後に「実は私の祖母が第三夫人だったんです」とか、「母親は家族が決めた人と強制的に結婚させられたんです」っていう話をしてくれたんです。この映画で70以上の映画祭を回ったんですけど、どこでQ&Aをしても「まるで私の家族を見ているようでした」って言ってくれる人が多かったので、これは普遍的な物語であると思いました。
マイソン:
テーマ自体が良い意味でも悪い意味でも好奇の目を集めてしまうというか、官能的な描写とか第三夫人っていうテーマにすごく引っ張られて観る方もいると思うのですが、描写する時に気を付けたところはありますか?
アッシュ・メイフェア監督:
それについては心配していなかったんです。誰が何を言っても気にしないということだと思うんですけど。というのは、私はそこに真実があると思ったんです。官能性もセクシュアリティも女性であることの一部です。これは女の子の成長物語で、その中で感情的な旅路があるわけですが、体が成長して変わっていく、欲望も目覚めていくということは、その一部です。そういう意味ですごくフェミニスト的でもあるし、女性であることを祝福している映画なんですね。出産や官能性もすべてを抱きとめるということは女性性を祝福するということです。官能とか欲望について3人の妻達の間で話をしたりするというのは、私にとっては真実であり美しいことだと思っているので、それはそのまま心配せずに出しました。
マイソン:
ベトナムでは公開から4日間で上映が中止されたと聞きましたが、上映前にこういうことは想定されていましたか?
アッシュ・メイフェア監督:
ベトナムはアーティストを抑圧してきた長い歴史があって、検閲があったり、表現の自由が制限されてきました。この映画は攻撃されるだろうというのは予想していました。というのは、女性のセクシュアリティの話をしていますし、何千年も続く女性の抑圧を背景にした女性のエンパワーメントについての話をしているので、批判されるのはわかっていました。それでもリスクをとって、ベトナム国内で上映しようと思った大きな理由は2つあります。1つは私の祖父母がまだベトナムに暮らしていて、大きなスクリーンで自分達の家族の話を観てもらいたかったんです。もう1つは、若いベトナムのアーティスト達に、自分が表現したいことを表現して良い、恐れなくて良いということを伝えたかったんです。ベトナムのフィルムメーカーは、国外の映画祭では発表するんですけど、国内では攻撃を恐れて上映しないことが多いんです。だけど、国内で上映しても良いんだということを見せたかった。たしかに4日後に上映禁止になりましたが、たくさんの人が観て、それについて話ができる。ということでこの映画はベトナムの映画史に残るわけですよね。なので、若いアーティスト達に諦めずにできるだけ良いものを作る、妥協しないでできるだけ良いものを作る、自分にとって真実であるものを作るということを感じてもらいたかったんです。
マイソン:
今ベトナムで女性の地位、環境は変わってきましたか?希望が持てるところはありますか?
アッシュ・メイフェア監督:
正直なところ、私は恐れを感じています。今の政治状況を鑑みると、女性の権利をどんどん剥奪するような方向にあると思うんです。私はニューヨークとベトナムを行ったり来たりしていますが、アメリカでは今の政府がLGBTとか、中絶する権利を守る法律を攻撃していますし、ベトナムは女性を黙らせる非常に性差別の強い社会で、その長い歴史があるんですね。なので、私はアーティスト、特に女性のアーティストは、法律を作る人達と一緒に決断して、女性をもっと守る方向にいって欲しいと思っています。またその意識を上げて欲しいと思っているんですが、現状に関しては、両政府に対して恐れを持っています。
美術監修を務めたトラン・アン・ユン監督とのコラボ
アッシュ・メイフェア監督:
撮影の3年前に若い映画監督向けのワークショップがあって、そこで出会ったんです。それですごく良い師弟関係を築けて、「実は自分の家族の話で脚本を書こうと思っていて…」と、この映画の話をしたんです。彼とはいろいろな話し合いをして、書いていくプロセスで非常に大切なことを教わりました。それは映画という媒体に対して、真実だと思うものは何か、美しいものは何かということを常に自分に問いなさいということでした。つまり自分にとって映画とは何かを問い続けろということだと思います。監督としてどんな決断をする時にも、何が真実なのか、何が美なのかということを常に考えなければいけない。それがあらゆる決断の核にあるということを教わったんです。私はまだそれに対する答えは持っていないんですけど、哲学的な挑戦を受けたような気がします。何十年かしたら、映画監督としての決断力を得て、何が真実で、何が美なのか、すぐに選べるようになっていると良いんですけど。
2019年9月5日取材 PHOTO & TEXT by Myson
『第三夫人と髪飾り』
2019年10月11日より全国順次公開
R-15+
監督・脚本:アッシュ・メイフェア
出演:トラン・ヌー・イェン・ケー/グエン・フオン・チャー・ミー/マイ・トゥー・フオン(Maya)/グエン・ニュー・クイン
配給:クレストインターナショナル
19世紀の北ベトナムで、絹の里を治めている大地主のもとに、14歳のメイが第三夫人として嫁いでくる。世継ぎの誕生が期待される状況で、メイは第一夫人、第二夫人に見守られながら穏やかな日々を過ごしていたが、次第にそこで女性達に課せられている責任の重さや、女性の扱いの違いの意味を知っていく。
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