村上春樹の同名短編小説を原作に、今国内外から熱い注目を浴びる濱口竜介が監督、脚本を務めた本作は、第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門にて日本映画として初となる脚本賞を受賞し、国際映画批評家連盟賞、AFCAE賞、エキュメニカル審査員賞を含め、4冠を達成しました。今回は本作で、キーパーソンとなるドライバーを演じた三浦透子さんにインタビューをさせていただきました。いろいろなお話から三浦さんの深い洞察力と素晴らしい感性が伝わってました。
<PROFILE>
三浦透子(みうら とうこ):渡利みさき役
1996年10月20日、北海道出身。2002年、サントリーのCM“なっちゃん”で2代目なっちゃんとしてデビューを果たす。2019年、『天気の子』(新海誠監督)で、主題歌のボーカリストとして参加。新曲“通過点”がテレビ東京で放送中のドラマ『うきわ―友達以上、不倫未満―』のエンディングテーマに決定するなど、歌手としても注目を集めている。主な出演映画は、『私たちのハァハァ』(2015年/松居大悟監督)、『月子』(2017年/越川道夫監督)、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(2018年/冨永昌敬監督)、『ロマンスドール』(2020/タナダユキ監督)、『おらおらでひとりいぐも』(2020/沖田修一監督)など。2021年は、『ドライブ・マイ・カー』の他に、『彼女が好きなものは』(草野翔吾監督)や『スパゲティコード・ラブ』(丸山健志監督)の公開が控えている。
技術的な能力を上げるだけでは越えられない人の魅力みたいなものがある
マイソン:
原作は村上春樹さんの短編とのことですが、脚本と原作の短編をそれぞれ読まれてどんな印象でしたか?
三浦透子さん:
全然違うお話で驚きました。ただ情報として全然違うというのはあるんですけど、感じる空気とか匂いとか、読んだ後に伝わってくる人の感情、本で表現している感情っていうのは共通したものがあって。これだけいろいろなことが加わったり変更されているのにもかかわらず、原作を読んだ後に残るものが脚本にもあって、それがすごく不思議な感覚でした。
マイソン:
カンヌ映画祭で脚本賞を受賞されたこと、そして今のお話からもやっぱり脚本の力をすごく感じました。
三浦透子さん:
濱口さんの演出にも通じるところがあると思うんですけど、準備の段階から現場でも常に「本(脚本)を信じてください」ということをずっとおっしゃっていました。このセリフをどう言おう?と考えること自体が決して間違っていることではないですし、それを考えるのも役者の仕事だと思うんですけど、濱口さんは「どう言おうではなく、このセリフを言ってどう感情が動くかというところに集中してみてください」とおっしゃっているんだと私は受け取りました。その代わり、ちゃんとあなたが行き着くべきところにたどり着けるような本を私は書いていますというメッセージだったとも思います。あの現場にいた役者は皆そういう風に本と向き合ったし、全力で本を信じていました。その結果がきっとあの映画になっていると思うので、そういう意味で脚本賞をいただけたのは必然だと思いました。
マイソン:
本当に素晴らしいですね。今回、みさきという役柄は多くを語らないキャラクターだったと思いますが、演じてみて、おもしろかった点、難しかった点はありましたか?
三浦透子さん:
この役を演じるにあたり、免許を取りました。濱口さんが「運転練習がみさきの役作りだと思ってください」と最初からおっしゃっていて、その言葉の通り運転練習をひたすらやりました。みさきという女性について知る上で、運転するということと向き合う時間からたくさんヒントをもらいましたね。運転手という職業を選ぶということからもそうですし、彼女がドライバーとして持っている哲学を知ろうとするところからもそうですし、運転というものを通して、いろいろなものが見えてきました。職業に対する姿勢と彼女の持っている哲学みたいなものがものすごくリンクしているというか、それがみさきを演じる上でおもしろかったところです。表情を見せる、見せないというところでいうと、ちゃんとドライバーとしての仕事を全うしようという感覚、存在を消すとまでいかなくても相手にとって居心地の良い場所にすることを意識していました。ですので、感情を見せない表現をしようと考えたというよりは、ちゃんとドライバーとして存在していよう、ちゃんと仕事を全うしようと思っていた結果、そういう表現に自然となったという感じでした。
難しさってところでいうと、本を読んだ時にみさきは自然とリスペクトできる女性でしたし、言っていることも納得できた。自分がやっているイメージも自然に湧いたので、どう準備しようというか。わからないことがある時だと逆にそれを埋めようと、準備の時間でいろいろやるんですけど、今回はどうしよう、何をしようかなと思いました。濱口さんとも「何をしたら良いですかね?」と話して、その結果運転練習するってことが1番じゃないですかねっていう話になったんです。
マイソン:
今回のために運転免許を取られたとのことですが、役柄自体がすごく運転が上手いという設定でしたよね。オファーが来た時はどんな心境でしたか?
三浦透子さん:
免許は持っていなかったんですけど、車はすごく好きだったんです。ドライバーの役ってそうくるものではないと思うので、まず純粋に嬉しかったですし、運転免許を取るのも楽しかったです。濱口さんは免許は持っているけど運転はされないとおっしゃっていて、そうじゃないとこの役を運転免許を持っていない私にオファーしようなんて思わないんじゃないかなと思いました(笑)。この役にとって運転が上手であるということは、キャラクターを伝える上でものすごく大事なところ。そこの説得力というか、観ている人に疑いを持たれないよう、しっかり気を引き締めて準備しないとと思いました。
マイソン:
たしかに運転免許を持っているかは役をオファーする際に気になりそうですが、そういった背景があったんですね(笑)。他にも濱口監督とお仕事をされて印象に残ったことはありますか?
三浦透子さん:
本読みのシーンは映画の中でも出てきたと思うんですけど、私達も劇中と同じように感情を込めずに淡々と読むという作業を撮影の前、撮影中も含めて何度もやりました。その過程で濱口さんは「芯がある声を作りたい」と。そういう声を発している役者さんはものすごく魅力的だから、その声が聞けるようにアプローチしているとおっしゃっていました。私は歌ったりもするので、自分の声について考えるのも好きだし、人の声をついつい聴いてしまったり、普段から自然と意識が向いています。お芝居の現場でもそういう感覚が活かせるんだというのは発見でしたしとてもおもしろかったです。実際濱口さんが素敵だと思う声を持っている方々と今回お芝居をさせてもらって、本当に聴いてるだけで心地良くて、勝手に心が動いてくる瞬間も味わえました。言葉からの影響もあると思いますけど、音、声で刺激されるっていう感覚を味わえたことはすごく印象に残っています。
マイソン:
おもしろいですね。で、私はこの映画を観た時に前半はとても複雑な心境になって、どういう結末を迎えるのか全然予想がつかず観ていたのですが、一見厳しい現実を見せつけられつつも最後に人の中にある根本的な愛情というか優しさに救われた気がしました。今コロナ禍ということもあり心が疲弊している方も多いように感じますが、今この映画を世に出すという点で、どんな風に観て欲しいですか?
三浦透子さん:
実際のところ音(霧島れいか)さんがどんな風に思っていたかはわからないですし、映画の中でもそこに明確な答えが与えられているわけではない。けど、その先に進もうとしている人間の姿は少なからず描かれていると思います。濱口さんが何かの時に、みさきは1回死んだ人だという表現をされたんです。つまり彼女は2周目の人生を生きている人。1回死んだというのは家福(西島秀俊)が感じているような悲しみとか絶望を1度みさきは味わって、傷ついて、そしてまた歩き出した。そういう経験のその後の人生を彼女は生きているんじゃないかなと、私の中ではそう解釈していました。だからきっとあの時の家福とみさきの出会いは特別なものになったし、彼女が家福という人間を悲しみから少しだけ救うことができたんだと思うんです。今は環境的に色んなことがなかなか良くならなくて、誰もが少なからず心にもやもやしたものを抱えていらっしゃるのではと思います。この映画がそれを全力で晴らしてあげられるかというと、もしかしたらそうではないのかもしれないけれど、少なくともこの映画の中で描かれているキャラクター達の人生を通して、とことん人と話し合って自分の心と向き合って、それを乗り越えて進んでいく彼らの姿を見ることで、自分の人生も考えるだろうなって思うんです。この映画を観た後に自分の心とか相手の心とかを考えたり向き合う時間が少しでも増えたらそれだけで充分なのかなって。それだけでも人の人生って変わったりしますし、そういうことに気づかせてもらえる映画だと思います。こういう時期に公開されるっていうのは意味のあることだと思っています。
マイソン:
では最後に、皆さんにいつもお聞きしている質問で、これまでで、いち観客として影響を受けた映画、俳優、監督とか、映画に興味を持ったきっかけとなる映画などがあったら教えてください。
三浦透子さん:
映画に興味を持ったきっかけは…。『台風クラブ』(相米慎二監督作)とか、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(ジム・ジャームッシュ監督作)です。2作とも、ストーリーにはっきり起承転結があるわけではない。新しい映画の楽しみ方みたいなものに気付かせてくれた作品で、そこから観られる映画の幅がグッと広がったような気がします。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の主人公の女の子は、すごくお芝居をしているという感じではないんですけど、佇まいがとてもカッコ良くて、役者をやっていく上で技術的な能力を上げるだけでは越えられない人の魅力みたいなものがあるんだろうなと感じました。だから、もちろんしっかりお芝居の技術を磨くというのも大事ですが、ちゃんと人として魅力的に、意識せずとも画面を通して人間の魅力が伝わるように普段の生活を大事にしないとと感じました。
マイソン:
それが普段の役作りにも繋がってるんですね。
三浦透子さん:
むしろ役作りでどうにもならないことというか。役作りをどんなにしても、隠しきれないものが絶対にあるということですかね。私の“普段”がちゃんと出てしまうんだなということを自覚するようになりました。
マイソン:
今の言葉をお聞きして、私も普段からちょっと気を付けないとなと思いました(笑)。
三浦透子さん:
いえ(笑)、普通に生きていて自分らしい振る舞いが出るというのは自然というか当たり前なことじゃないですか。でも、お芝居ってそこと反しているというか、自分じゃない何者かになって自分が映っているような気になるというか。役者としては意識しないと忘れてしまうことだと思うので。
マイソン:
深いですね。本日はありがとうございました!
2021年8月11日取材 TEXT by Myson
『ドライブ・マイ・カー』
2021年8月20日より全国公開
PG-12
監督・脚本:濱口竜介
出演:西島秀俊/三浦透子/岡田将生/霧島れいか
配給:ビターズ・エンド
俳優であり演出家の家福は、愛する妻と満ち足りた日々を送っていた。しかし、妻は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう。2年後、演劇祭に愛車で向かった家福は、ある過去をもつ寡黙な専属ドライバーのみさきと出会う。行き場のない喪失を抱えて生きる家福は、みさきと過ごすなかであることに気づかされていく――。
公式サイト REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
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