チャイ売りの少年が映画と出会い、映画監督を目指すというパン・ナリン監督自身の実話を映画化した『エンドロールのつづき』。今回は、パン・ナリン監督にインタビューさせていただき、本作に込めた想いや、現代のインドの子ども達の教育環境について聞いてみました。また、プロデューサーのディール・モーマーヤーさんと共に夢を持つ人達に向けた熱いメッセージもいただきました。
<PROFILE>
パン・ナリン:監督、脚本、プロデューサー
インド共和国、グジャラート州出身。初の長編映画『性の曼荼羅』(2001)がアメリカン・フィルム・インスティテュートのAFI Festと、サンタ・バーバラ国際映画祭で審査員賞を受賞し、メルボルン国際映画祭で“最も人気の長編映画”に選ばれるなど、30を超える賞を受賞した。また、BBC、ディスカバリー、カナル・プラスなどのTV局でドキュメンタリー映画も制作しており、“Faith Connections(原題)”(2013)はトロント国際映画祭の公式出品作品として選ばれ、ロサンゼルス インド映画祭で観客賞を受賞した。2022年、グジャラート州出身の映画監督として初めて映画芸術科学アカデミーに加入。その他の代表作に『花の谷 -時空のエロス-』(2005)、『怒れる女神たち』(2015)などがある。
希望さえ持っていればその希望に走っていける
シャミ:
本作を観て主人公のサマイをとても応援したくなりましたし、とても映画愛に溢れた作品だと感じました。監督の経験をもとに描かれた作品ですが、監督ご自身は本作にどんな想いを込めて作られたのでしょうか?
パン・ナリン監督:
僕が家を出てからは家族に会いに行く以外、グジャラートにほとんど行ったことがありませんでした。でも、今回この映画のためにグジャラートに行き、準備と撮影をする日々を過ごすことで、子どもの頃のいろいろな記憶が蘇りました。本作で料理を担当してくれた弟と一緒に父が実際に使っていたお茶売り用のお店を再現したのですが、そうしたら父が使っていたお金を入れる箱が出てきたんです。迷信ではないですが、お金が出入りする箱なので家族に良い運をもたらしてくれるのではという想いもありとっておいたのだと思いますが、それを見た時はグッとくるものがありました。なので、映画を作っている時はものすごく感情的になることが多かったです。もちろん映画作家としてはある種のリリシズム、詩的なものを足しながら作っていたのですが、この映画には過去作にない、自分をすごく豊かにしてくれるものがありました。
シャミ:
監督が脚本も書かれていますが、故郷である撮影現場に入ってから受けた影響はかなり大きかったんですね。
パン・ナリン監督:
脚本はかなり緩めのものを用意していたのですが、僕としてはすべてのシーンの意図や目的というものがはっきりしていました。大人のセリフは脚本で書いたものを言ってもらいましたが、子役の方には物語の全容を伝えませんでした。僕としては彼らがどこにたどり着くのかではなく、どんな風に歩いていくのかが重要だったので、自由に演じてもらいました。当然その中には、キャラクターがしっかり入っているからこそ生きるアドリブも出てきて、それはそのまま使わせてもらいました。
現場に行くと毎日自分の昔の記憶が戻ってきました。人間は忘れてしまうことが多いのですが、何かをきっかけにしてものすごくいろいろなことを思い出してしまうんです。映画に出てくるギャラクシー座は、僕が本当に行っていた映画館で、この映画のために修繕して使わせてもらいました。本編には使わなかったシーンですが、子ども達の何人かが支配人に雇われて、上映中に飛び回って邪魔をする鳩を捕まえて外に出すというシーンがありました。そのシーンを撮っていた時に、昔の記憶が一気に蘇ってフラッシュバックしました。また、お弁当箱を持っている時も、昔にこういう旅をしたなとかいろいろな記憶が戻ってきました。なので、自分の子どもの頃の思い出と、子役達がそこで今経験していること、そこで生きているなかで身に付いたボディランゲージなども含めて、すべてが合わさって1つのエネルギーになったという感じです。
シャミ:
なるほど〜。本作では英語ができるかできないかが、将来に大きな影響を及ぼすということも描かれていました。どんな環境にいても教育によって道が開けるということはどの国でも同じだと思いますが、現代のインドの子ども達の教育環境はいかがでしょうか?
パン・ナリン監督:
どの村に行っても必ず学校があるという状況になっているので、昔と比べると改善していると思います。例えば、僕が子どもの頃は英語を学びたいと思っても学べませんでした。まずはグジャラート語、それからヒンディー語と習い、英語はアルファベット程度でした。今はどこに行っても英語の授業があり、オンラインで英語の授業にアクセスできる時代になったので、かなり変わりました。
ただ、英語の重要性は昔と変わっていないと思います。僕の妹は弁護士なのですが、英語があまり話せないんです。でも、もし英語ができたらもっと大きくキャリアアップができたと思います。そして、弟も料理の腕が素晴らしくて、美術系の仕事などもでき、とにかく何でもできる才能を持っているのですが、英語が話せないんです。だから仕事の面接に行った時に英語が話せないことがハンディキャップになってしまうこともあり、身近でその大変さを感じています。それから、サマイ役のバヴィンくんも今一生懸命英語を勉強しているんです。彼が役者になりたいかはわかりませんが、いろいろな才能があるので、英語ができたら選択肢も広がると思います。インドでは特に高等教育になると全部英語の授業なので、英語ができないと受講することができないんです。でも、未だにインド人の60%は英語が話せません。
ディール・モーマーヤーさん(プロデューサー):
どの子どももスマホでオンラインにアクセスできるのですが、それで英語を学ぶのかと思いきや、その時間をSNSに当ててしまっていて、それが今のインドの子ども達の現状です。
シャミ:
それは日本も同じかもしれませんね(苦笑)。現代は映画以外の娯楽も増えて、日本では映画離れが懸念されています。ボリウッドといわれるほど、インドには映画文化が根づいている印象ですが、インドではいかがでしょうか?
パン・ナリン監督:
まず映画館自体は昔ほど賑わっていません。2015年に配信サービスが入ってきて切り替わったというのもありますが、44億人という人口がいるわりには映画館が少ないんです。特に地方では昔からある単館系の映画館が廃墟となってしまっています。興行収入は都市部から1番入るわけですが、不動産が高いこともあり、チケット代が上がってしまい、それと共に配信慣れしている人達が増えて、劇場に足を運ばないというのが現状です。パンデミックが明けて映画館が再開しても、駐車をしないといけないし、ポップコーンやサモサを買うにもお金が必要だから、高すぎて行けないという人が増えてしまいました。
僕らが子どもの頃は新作が公開されると皆劇場に走っていましたが、田舎のほうではその光景が今はありません。それと、昔だったら大スターの次の作品を待って、スターが登場したら神様かのように喜んでいましたが、今はSNSで毎日スターを目にしているので、新作を楽しみに待つこともなくなってしまいました。今求められているのは質の高いエンタメだと思いますが、映画業界がこの先どうなるのかはわかりません。
シャミ:
では最後の質問です。サマイのように夢を掴むために困難な壁にぶつかっている人達に向けて何かメッセージがあればお願いします。
パン・ナリン監督:
老若男女問わずいえることですが、やっぱり諦めないことが大事だと思います。でも、それは簡単ではないですよね。社会によってそれぞれ違う壁があると思いますが、希望さえ持っていればその希望に走っていけると思います。僕のある友人は、何か新しいことをしようとインドに引っ越してヒンディー語を学び、それを仕事にしています。あとは日本の友人で、旅行でタイに行きヨガをやったらハマり、本格的にインドで学んで今では京都でヨガのインストラクターをしています。これは誰にでもいえることですが、自分の環境が居心地良くなりすぎてしまってはいけないと思うんです。居心地が良くなるとどうしても怠けてしまい、闘おうという気力が失われてしまうんです。1番難しいのは、心の中にある燃える炎をどうやって燃やし続けるのかだと思うのですが、それは誰もが直面しなければならないチャレンジだと思います。
ディール・モーマーヤーさん:
1930年代に映画を作りたくて実際に映画監督になった坂根田鶴子さんという方がいます。彼女は、髪を短く切って男装もされていて、本当に何でも可能だということを象徴している方だと思います。それからナリン監督が書いた言葉で「何もないからこそ何も自分を止めることはない」というものがあり、すごく良いなと思いました。言い換えれば、失うものがなければ何だってできるということなんです。だから、自分に失うものはないんだと信じてやれることをやって欲しいと思います。
シャミ: 素敵な言葉ですね!ありがとうございました!
2023年1月18日取材 PHOTO&TEXT by Shamy
『エンドロールのつづき』
2023年1月20日より全国公開
監督・脚本:パン・ナリン
出演:バヴィン・ラバリ
配給:松竹
インドの田舎町で、学校に通いながら父のチャイ店を手伝っている9歳のサマイ。ある日家族で街の映画館に行くことになり、そこで初めて観る映画の世界に魅了される。サマイは再び映画を観ようと映画館に忍び込むが、チケット代が払えずつまみ出されてしまう。それを見た映写技師のファザルがサマルにある提案を持ちかけ…。
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