全米で公開時はわずか4館だったのが、口コミで上映館数がスピード拡大し、3週目にはTOP10入りを果たした本作。そんな本作で監督、脚本を務め、自身の家族に起こった出来事を綴ったルル・ワン監督にスカイプインタビューをさせて頂きました。監督のお話から、アメリカに住む移民の方々のリアルな姿が想像できました。
<PROFILE>
ルル・ワン:監督
1983年2月25日中国北京生まれ。アメリカのマイアミで育ち、ボストンで教育を受けた。クラシック音楽のピアニストから映画監督に転身し、短編ドキュメンタリーと短編映画を監督した後、“Posthumous(原題)”(2014)で長編映画監督デビュー。2014年のインディペンデント・スピリット賞において、チャズ&ロジャー・イーバート・ディレクティング・フェローシップを受賞。また、2014年のフィルム・インディペンデント・プロジェクトの監督フェローに選ばれ、2017年のサンダンス・インスティチュートが選ぶ長編2作目の監督を支援するプログラム“フィルム・トゥー・イニシアティヴ”に招待された。長編監督2作目となる『フェアウェル』は、2019年のサンダンス映画祭ドラマコンペティション部門でプレミア上映され、数々の賞を受賞。また、バラエティ誌の“2019年に注目すべき監督10人”のひとりに選ばれるなど、今最も期待されている監督である。
多文化の中で育った監督にとって1番の贈り物は…
マイソン:
劇中のビリーの様子から、アメリカに住む移民は、アメリカにいる時は外国人、母国に帰ればアメリカ人として見られるのだなと思いました。監督はアメリカで育ったそうですが、アイデンティティを形成していく上で苦労したことはありますか?
ルル・ワン監督:
映画の中で描かれていることとかなり似ています。それにまだ自分のアイデンティティ形成の模索は続いています。自分自身はアメリカ人だなという感覚はあるのですが、同時にルックスは中国人だしなと思っていて、例えば中国に行ってルックスは他の方と似ていても、やはり上手くそこに属している感じはしないんです。アメリカ人としての自分のアイデンティティに対しても結構葛藤がありました。でもこの映画を作ったことで、アメリカ人としてのアイデンティティというものを抱きしめる、受け入れることがよりできたと思っています。あとアメリカには、いろいろな移民のコミュニティがあります。結局アメリカという国は移民からできている国で、誰もアメリカというところからは来ていないわけです。だからこそ、こういった映画が作られていかなければならないし、アメリカの物語の中でいろいろなアイデンティティが描かれなければならないと思います。
マイソン:
では、2つの国に通じているからこそ、今回の映画を作る上で良かった点はありますか?
ルル・ワン監督:
やはり2つの文化で育ったことで、物の見方を与えられたと思います。言い換えれば、いろいろな側面から物事を見ることができる能力と言えるかも知れません。ソ連時代に父が中国の外交官をしていて、中国語、マンダリン、英語、ロシア語を話していたので、子どもの頃からわりとグローバルな家庭でした。いろいろな考え方や物の見方があるんだということを意識する家で育ったので、そういった意味で世界市民の一員であるということは、いろいろな視点を持てるかどうかということに繋がっていると思います。いろいろな物の見方、いろいろな角度から見ることができれば、それはすごく共感力や思いやりに繋がっていくと思うんです。例えば、一方から見たら見えないことも、逆の立場から見た時に違ったものが見えてくるし、その状況の中で誰も共感することができなかった人に対して、こっちから見れば「なるほど!」って共感力を持つことができたりすると思います。そういう物語を私は描いていきたいし、多文化の中で育った1番の贈り物は、こういういろいろな見方ができるということなんです。
マイソン:
ニューヨークに住んでいようが中国本土に住んでいようが中国人の国民性みたいなのがあるのかなと思ったんですが、監督が中国人のここが好きっていう特性はありますか?
ルル・ワン監督:
中国の方をたくさん知らないので、家族に限って言えばですが、皆ユーモアがあります。中国人が全員そうだっていうわけじゃないんですが、私の知っている中国の方は生き生きとしていて、食が大好きで、うちの家族はジョークが好きで、鋭いウィットを持っています。
マイソン:
本作はすごく反響を受けていますが、ご自身が想像していたのとは違う観客の反応や、印象に残っている感想はありますか?
ルル・ワン監督:
驚いたのは多くの方がこの作品を観てくれたことです。メールなどのリアクションで、イリノイ州に住む白人の男性から「(ナイナイは)僕のおばあちゃんと瓜二つです」みたいな反応があったり、ブラジルの方から「アジア人じゃないし、アジアには行ったことがないけど、家に戻ると全く同じだ」という感想をもらったり、いろいろな方からすごく美しいメッセージ、リアクションを頂きました。私のおばあちゃんを見ながら、皆さんのおばあちゃんや家族のことも考えてくれて、あるいは涙して、「おばあちゃんも大丈夫かな」と、自分のおばあちゃんのことのように考えて観てくださるということがすごく感動するし、私達が思っている以上に人間は似ているんだなと思いました。
マイソン:
では最後の質問です。映画を作りたいと思ったきっかけとなった、または影響を与えてもらった監督や映画があれば教えてください。
ルル・ワン監督:
自分が映画を作れるかも知れないと思わせてくれたのが、ジェームズ・スペイダーとマギー・ギレンホールが出ている『セクレタリー』という作品です。監督は男性ですが、脚本家が女性で、女性の視点から描かれています。ちょっとぎこちなかったり、ユーモアがあったり、変わっている様子もあるけど、ロマンチックでもあるんです。テーマはSM系で、その世界についてあまり知らなかったし、ダークで物議を醸したりという世界ですが、心理的に「なるほど、こういうことなんだな」って合点がいったし、2人の関係性とか、欲望みたいなものをすごく理解できたんです。同時にロマンチックだったりしたことで、「もしかしたらこういう世界を今まで1つの見方しかしていなかったのかも知れない」「こうだと決めつけていたかも知れないけど、そうじゃなかったのかも知れない」と、違う視点を持たせてくれた作品でした。あとは大学で映画を学んでいた時とかも、男性視点、男性の欲求についての映画はあっても、女性の欲望の作品はほとんど観たことがなかったので、そういった点でも印象に残りました。
マイソン:
なるほど〜。本日はありがとうございました!
2020年3月27日取材 TEXT by Myson
『フェアウェル』
2020年10月2日より全国公開
監督・脚本:ルル・ワン
出演:オークワフィナ/ツィ・マー/ダイアナ・リン/チャオ・シュウチェン
配給:ショウゲート
ニューヨークに暮らすビリーと家族は、祖母のナイナイがガンで余命3ヶ月だと聞き、中国までナイナイに会いに行く。だが、自分が余命わずかだと知らないナイナイに対して、病気のことは言わずに隠しておこうとする家族や親戚と、真実を伝えるべきだと考えるビリーで意見が分かれてしまう。
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