第74回カンヌ国際映画祭にて『ドライブ・マイ・カー』で脚本賞を受賞、さらに『偶然と想像』では第71回ベルリン国際映画祭にて銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞し、今注目を集める濱口竜介監督にインタビューをさせていただきました。『偶然と想像』はどのストーリーも会話が印象的というところで、濱口監督の脚本作り、映画作りのこだわりなどをお聞きしました。
<PROFILE>
濱口竜介(はまぐち りゅうすけ):監督、脚本
1978年12月16日神奈川県生まれ。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され話題を呼ぶ。その後、日韓共同制作『THE DEPTHS』(2010)、東日本大震災の被害を受けた人々の“語り”をとらえた『なみのおと』『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(2011~2013/共同監督:酒井耕)、4時間を超える長編『親密さ』(2012)、染谷将太を主演に迎えた『不気味なものの肌に触れる』などを監督。2015年、演技経験のない4人の女性を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』が、ロカルノ、ナント、シンガポールほか国際映画祭で主要な賞を獲得した。2018年には『寝ても覚めても』で商業映画デビューを果たし、カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出。さらに、共同脚本を手掛けた黒沢清監督作『スパイの妻』(2020)ではヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝いた。2021年、商業長編映画2作目となる『ドライブ・マイ・カー』では、第74回カンヌ国際映画祭にて脚本賞に加え、国際映画批評家連盟賞、AFCAE賞、エキュメニカル審査員賞も同時受賞。監督と脚本を務めた本作『偶然と想像』では、第71回ベルリン国際映画祭にて銀熊賞(審査員グランプリ)受賞した。
※前半は合同インタビュー、後半は独占インタビューです。
リアルな女子トークはどこから生まれる?
マイソン:
短編映画、長編映画それぞれの魅力、こだわりはどんなところでしょうか?
濱口竜介監督:
自分が脚本を書いていて思う短編ならではの魅力は、長編でこの物語を語るとしたらいろいろな意味で難しいだろうなという話をまず書けるということですかね。どれも日常の小さなところからインスピレーションを得たような話なんですけど、こういう小さな話を語る場というのがそもそも長編映画にはなかなかないんです。長編映画って、関係性が1個変わってもまだ続いていく何かがある気がするのですが、短編は短いからこそ関係性が1個のピークに達した時にパッと終わることができるので、その分何か鮮烈な印象を残すこともあるんじゃないかと。人物がこの先どうなっていくんだろうという気持ちも持ちやすいというところがある気がします。長編はもうちょっとうねりがないといけないし、ある種のリアリティみたいなものを結構緻密に作らないといけないという感じです。短編はそのリアリティという観点からも、ちょっとだけ現実から浮いたような話がやりやすいというのがすごくあります。
マイソン:
私は本作の3話目の女性同士のやり取りが特にリアルだなと、あの独特の女子同士のやり取りを監督はどこからインスピレーションを受けられたんだろうと思いながら観てました。
濱口竜介監督:
本当にそういう風に言っていただいてありがとうございます。原理的に女性だけの場にはいられないので、喫茶店などで隣の席から聞こえてくる女性の会話とか、女性同士が出ている映画とか、そういうものしか材料はないという感じで、あとは実際に自分が話したことのある女性が材料になっています。ただ、究極的にはあくまで物語なので、この物語の中でこのキャラクターとしてどういう人なのかということを考えるというか。その物語の大まかな流れというのは決まっていたりするので、そうなるとどういう行動をするのかも大体決まっているので、じゃあそういう行動をする人ってどういう人なのかということから考えていくというか、人間像をある程度詳細に作っていくということをしています。あとは本当に女優さんに演じてもらっているということが1番の強みだと感じます。その人が持っているもの、その人が普段喋っている話し方など、そういうものが結局のところ1番リアリティを与えてくれているんじゃないかなと、脚本自体は正直そんなにリアルなものではないと思います(笑)。
一同:
そんなことないですよ。
マイソン:
あと2話目で、瀬川(渋川清彦)が物語を作って文章にするという部分がありましたが、あのキャラクターの考え方にはもしかしたら普段監督がものを書く時のベースがちょっと反映されているのかなと思ったんです。
濱口竜介監督:
それは『ドライブ・マイ・カー』とかと近い問題で、全くないわけではないと思います。自分はああいう人ではありませんが、結局のところ物語の中の人物って自分が書いているものなので、創作者の語っていることとして、インタビューでも危うくキャラクターと同じようなことを言いそうになることもあります(笑)。「これ(自分が今インタビューで話したこと)は、瀬川が言ったこととめちゃくちゃ近いじゃん」みたいなことはあって、それは逃れがたく、自分が意図しているというよりはそうなってしまうという感じです。1人で格闘しているところもあるんじゃないかと。
記者A:
そう言われてみると、第1話のタクシーの中の女子トークもよくこんなセリフが書けるなって思いました。しかも今の若い子の喋り方なので、あれもリサーチがもととなっているのでしょうか?
濱口竜介監督:
恥ずかしい(笑)。これは本当に隣りのテーブルで女子2人が「気になる人と会ったんだ」みたいなことを喋っていて、「空間デザイナーなんだ、その人は。株の取引もやっていて…」というのに対して「その人、大丈夫?」みたいな会話があって。それ自体はよくある話といえばよくある話でそれだけでは物語にはならないのですが、今語っている話題の男がもう1人のほうの元彼だったらどうだろうというような発想から進んでいくと。ただ、いろいろ変えているのでそのままではないのですが、本当にそういう女性達同士の会話は正直1番難しいというのはあるので、そういう具体的な材料の助けを借りているというのはあります。
マイソン:
そうやって物語ができていくんですね。では俳優さんの演出の部分について、役者さんの中にあるものを引き出すのに工夫している、心掛けていることはありますか?
濱口竜介監督:
安心してもらうということがまず1つと、基準を自分の外に設けなくて良いんだと思ってもらうことですかね。つまり演出家がその基準を持っていて、その基準に向かっていかなくてはいけないということではない。役者さんは普段ジャッジされる立場なので、「あなたがセリフを言えばそれで正解なんです」ということを役者さん自身は必ずしも信じることができないというか、そこを「自分がセリフを言えばそれで成立するんだ」とまず思ってもらうことです。そういう人達が寄り集まって演技をしてもらうとやっぱり相手役に対して驚くということも起こるんですよ。「こんな風に言うのか」というところでたぶん役者さん同士で驚きがあって、その驚きがだんだんと渦になっていくというか、そういう相互作用みたいなものが始まっていく感じがします。なので、役者さんに自分がキャスティングされたことを信じてもらう、「あなたにこのセリフを言ってもらえればそれでOKなんです」「あなたはそういう風に選ばれたんです」ということをわかってもらうことですかね。
マイソン:
俳優さんの中でもすんなりいく方と苦労する方がいらっしゃると思うのですが、監督の作品に合いそうな方を選ぶ基準みたいなものはありますか?
濱口竜介監督:
本当にバラバラなので申し訳ないのですが、自分が好きになれる人ということですね。信頼という意味でも、この人が言ってくれるならそれでいいやという覚悟は自分でもなかなか決まらないところがあるわけです。それは人間的にその人がある程度好きにならないと難しいところがあって、それが一体どうだったら成立するのかというのはすごくケースバイケースです。ただ、さっき言ったこととも近いですが、例えばオーディションみたいな場で演出家が何か正解を持っていると考えて、この場の正解は何だろうと探るようなコミュニケーションをされると、「いや、そうじゃないんです」ということになるので、今ここにない正解を求めて話されるのではなく、単純に1対1の関係で話せたらすごく仕事ができるかもと感じます。
マイソン:
なかなか監督目線を外して観るのは難しいかもしれませんが、素で映画を観ていて「この役者さんって魅力的だな」と思う方の共通点はありますか?
濱口竜介監督:
その場に巻き込まれている人ですかね。それは現場での出会いというのもすごくあると思うんですけど。その人がコントロールをして意志を持って全部演技をしているというのは、正直あまり魅力を感じなくて、その人自身がその状況の中に飛び込んで実際にリアクションをしているというような…。これって監督目線のような気もしますけど(笑)。
一同:
ハハハハハ!
マイソン:
科学反応が起きているなという感じですか?
濱口竜介監督:
そうですね。そういう時は大体現場が良いんだと思いますけどね。でも基本的にそういう方は魅力的だなと思います。
何がしかさらけ出さないと書けない領域というのは必ずある
マイソン:
共同脚本を手がけた『スパイの妻』はヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)、『ドライブ・マイ・カー』はカンヌ国際映画祭で日本映画としては史上初となる脚本賞を受賞されましたが、受賞後に監督の内面でも良いですし、外でも何か大きな変化はありましたか?
濱口竜介監督:
外としては、ありがたいことに取材が増えて、こうして作品に興味を持っていただく機会が増えた、ということに尽きますね。内面的には、ある種の恐れみたいなもの、次にもっとおもしろいものが撮れなかったらどうしようという恐れは自然に出てくると思います。ただ、それは元々あるもので、毎回死力を尽くしてこれ以上のものが撮れるのだろうかというのは毎回ありますが、そういう感覚が賞をもらって強まるというか、別の角度からも加わる感じはやっぱりあります。
マイソン:
映画祭っていろいろな立場によって意味があると思いますが、監督の中で映画祭や映画賞の位置づけというか価値をどうとらえていらっしゃいますか?
濱口竜介監督:
やはり祭りなので「ハレとケ」と言うと、日本的ですけど。それがあるから日常を営めるところもあります。特に賞のある映画祭っていうのは、賞をもらえる人は限られていて、その限られた賞を皆が競っているという状況はすごくわかりやすいし、自分のひいきの作家や映画を応援する熱気みたいなものにもなっていって、映画界全体をすごく活気づけるものであることは間違いないと思います。そういう点で自分達にとっては映画を多くの人に観てもらえる、すごくありがたい機会です。ただ一方でその熱狂が作り出す負の面みたいなものもあるので、参加する以上はそれも請け負うということですかね。
マイソン:
あと、ものを書く人にはストーリーを生み出す苦しみなのか、ご自身の中にあるものをさらけ出す苦しみなのか、そういうのがあるのかなと思ったのですが、どうですか?
濱口竜介監督:
両方あると思います。結局何がしかさらけ出さないと書けない領域というのは必ずあります。そういうものがないと少なくとも多くの人に伝わるものにはなりづらいというか。そういうものをさらけ出せた時に、「これって私のことかもしれない」ということを思って帰ってもらえるというか。奥深くにあるものって実はそんなに変わらないのではないかと思っていて、それをまず出すということはすごく怖いことですけど大事なことですね。ただ一方ではそれだけでは全然解決しないというか、それは物語の核ではあるけど全体ではないので、物語は物語で構築していくというか、その作業もそれはそれですごく繊細に、想いだけでは成り立たないというか技術としてやっておかないといけないことはたくさんあるという感じですかね。
マイソン:
なるほど〜。では最後の質問で皆さんにいつも聞いていることなのですが、これまでに大きな影響を受けた映画、もしくは監督、俳優がいらっしゃったら教えてください。
濱口竜介監督:
『偶然と想像』でいうとエリック・ロメールですね。まさに“偶然”を扱った映画なんですけど、シリーズ7話あって、『冬物語』くらい大胆に偶然を取り扱ってみたり、その偶然を信じられるようになってという想いがあります。
マイソン:
本日はありがとうございました!
2021年11月5日取材 PHOTO&TEXT by Myson
『偶然と想像』
2021年12月17日より全国公開
監督・脚本:濱口竜介
出演:古川琴音/中島歩/玄理/渋川清彦/森郁月/甲斐翔真/占部房子/河井青葉
配給:Incline
親友と元恋人との三角関係を描いた「魔法(よりもっと不確か)」、教授と教え子の奇妙なやり取りが思わぬ事態を招く「扉は開けたままで」、偶然の再会のはずが意外な展開を呼ぶ「もう一度」と3話で構成される短編集。
公式サイト REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
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