孤独なタクシー運転手と難民の少年が心を通わす姿を描いたヒューマンドラマ『白日青春−生きてこそ−』。今回は本作で主人公のチャン・バクヤッ役を演じたアンソニー・ウォンさんにお話を伺いました。役作りや、出演を決める時の基準について直撃しました。
<PROFILE>
アンソニー・ウォン(黄秋生):チャン・バクヤッ(陳白日) 役
『ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌』(1992)、『八仙飯店之人肉饅頭』(1993)、『インファナル・アフェア』(2002)などで知られる香港俳優。1993年、『八仙飯店之人肉饅頭』では、実在の連続殺人犯役を演じ、第13回香港電影金像奨主演男優賞を受賞した。『ビースト・コップス 野獣刑警』(1998)では、第18回香港電影金像奨で最優秀主演男優賞を再び受賞した。その他の主な映画出演作に『ワンダー・ガールズ 東方三侠』(1993)、『省港一號通緝犯 Rock N’ Roll Cop』(1994)、『ザ・ミッション 非情の掟』(1999)、『メダリオン』(2003)、『欲望の街』シリーズなどがある。また、『ペインテッド・ヴェール ある貴婦人の過ち』(2006)、『ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝』(2008)など、多くの海外作品にも出演している。
役者にとって大事なことは、自分の演じる役に対して興味を持つかどうか
シャミ:
本作は、孤独なタクシー運転手と難民の少年が心を通わす姿を描いた物語で、ラウ・コックルイ監督の長編1作目の作品です。最初に本作のオファーをいただいた時に出演の決め手となったのはどんな点でしょうか?
アンソニー・ウォンさん:
私がオファーを引き受けるかどうかを考える時は、ギャラはどうなのか、出演する時間があるのか、脚本が好きか、監督はどうか、製作会社との相性はどうかなど、いろいろな理由があります。時には、そういったことを無視して、人助けのために出演することもあります。なので、この作品が好きだからやるということでもありません。
この映画のオファーをいただいた時、正直私はとても暇でした(笑)。ちょうど何かやろうと考えていた時期で、脚本を読んで、この映画だったらやってみたいと感じました。本作は南アジア出身の方達の物語でもあり、彼らは非常に明るく、私はすごく好きなんです。そして、もう1つ理由があります。何年か前に私は『淪落の人』という映画に出演したのですが、その作品は、香港以外の国の方達について描いた作品でした。そういった作品がそれまであまりありませんでした。だから、改めてこの映画のオファーをいただいた時に、これはおもしろそうだと感じ、引き受けることにしました。
シャミ:
アンソニーさんは海外作品も含めさまざまな作品に出演されていますが、出演を決める上で、何か基準はありますか?
アンソニー・ウォンさん:
決まった基準はありませんが、どの作品でも引き受けるのに必ず理由があります。例えば、ここが好きだとか、あれが良いとか、何十個もの理由があるんです。ところが、引き受けない場合の理由はとてもシンプルです。それは、暴力的であったり、エロティックな作品です。こういったものばかりを取り上げている作品は引き受けません。
シャミ:
なるほど〜。本作は訳あって息子と距離のあるバクヤッと、父親を失ったハッサンの関係が描かれていました。アンソニーさんご自身はこの2人の関係をどのように捉えていましたか?
アンソニー・ウォンさん:
私は、バクヤッが自分と息子との関係、つまり家庭における欠陥をハッサンに重ねて、埋め合わせをしていると理解しました。そして、2人共あまり処世術も知らず、直感で行動をして、上手くやれないという点では似ていると感じました。
シャミ:
確かにバクヤッが大人げない行動をしている場面もありましたね。そんな彼とご自身を比べて、似ていると感じた部分や、共感できたところはありますか?
アンソニー・ウォンさん:
まず共通点でいうと髭があるところですね(笑)。
一同:
ハハハハハ!
アンソニー・ウォンさん:
たぶん全く似ていないと思います。でも、集中し過ぎてしまって途中で目的を見失ってしまうというところは似ているかもしれません。
シャミ:
役作りをする上では、ご自身と似ているほうが演じやすいのか、もしくは全く違う人物のほうが演じやすいのか、どちらでしょうか?
アンソニー・ウォンさん:
役と自分が似ている場合、役者はそのままの自分で演じたら良いので「これはたぶん楽だな」と思うんです。でも、そうすると意外と間違ってしまうんです。むしろ役と自分が全く似ておらず距離があるほうが、役全体やその人物を取り囲む環境そのものもを見ることができるんです。
つまり役者にとって大事なことは、自分の演じる役に対して興味を持つかどうかです。これはどういうことかというと、役を演じるにあたって、どれだけ自分の想像力を駆使して演じることができるかどうか。あるいは自分の想像力を持って演じた役を観客が観て、観客もさらに想像力を働かすことができるかどうか。それは私達役者のある種の醍醐味であり、1番大事なことだと思います。
シャミ:
今回のバクヤッ役を演じる上で、事前に準備したことや、特に気をつけた点があれば教えてください。
アンソニー・ウォンさん:
特別なことはしていません。ただ毎日ハンバーガーを2つ食べてお腹を出っ張らせました。
シャミ:
太るのも結構大変ですよね。
アンソニー・ウォンさん:
食べれば良いので、私の場合は簡単でした。もうダイエットはしません(笑)。
一同:
ハハハハハ!
シャミ:
本作で少年ハッサン役を演じたサハル・ザマンさんは、映画初出演でしたが、彼と話し合ったことやアドバイスされたことは何かありますか?
アンソニー・ウォンさん:
とにかく彼と遊んだり、冗談を言っていただけです。そういうエピソードは本当にたくさんあります。
シャミ:
撮影外での楽しい交流が多かったんですね。いざ撮影に入るとパチッと切り替えていたのでしょうか?
アンソニー・ウォンさん:
そうです。子どもにとって演技はゲームをやるのと一緒なんです。ゲームをやるのに何か特別に教えてもらうことはありませんよね。だから、ただ演じるだけでできるようになるんです。完成した作品を観ても彼はとても自然体で、本当に素晴らしかったです。彼の演技は観ていてとても生命力を感じるんです。
シャミ:
本当に自然な演技で、初演技とは思えませんでした。アンソニーさんが長く俳優のお仕事を続けるなかで、昔と比べて俳優との向き合い方で変化した点はありますか?
アンソニー・ウォンさん:
ますます演技が下手になっていて、演技とは何かどんどんわからなくなっています。普通演技というのは、いろいろな手法を用いて一生懸命力を入れて演じることだと思うんです。でも、私はそうではなく、むしろ何もせずただ演じるということが演技だと思います。つまり、演じるとか扮するということではなく、そのキャラクターになりきるということなんです。これが本当の意味で“演じる”ことだと思います。
新人俳優、あるいは多くの俳優達は、演技がリアルに見えないとダメだと言いますが、「本当にそうかな?」と思うんです。本当の意味でリアルとは何かということです。私の場合、演じることはゲームをやっているのと同じような感覚です。決まったものはなく、本当の意味でなりきることが大切だと思います。
シャミ:
では最後の質問です。これまでで1番影響を受けた作品、もしくは俳優や監督など人物がいらっしゃったら教えてください。
アンソニー・ウォンさん:
北野武監督や黒澤明監督とかですね。全員は思い出せないのですが、日本の方だけでも本当にたくさんいます。
シャミ:
日本の作品をたくさんご覧になっていらっしゃるんですね。
アンソニー・ウォンさん:
映画よりもテレビドラマをたくさん観ていました。私達世代の香港人は、皆日本の映画やドラマを観て、大人になったんです。だから、すごく影響を受けているんです。よく私達世代の香港人は、日本に来ることを「故郷に帰る」という言い方をします。
シャミ:
それは嬉しいです!
アンソニー・ウォンさん:
未だに一つ後悔しているのは、日本語を勉強しなかったことです。今でも一生懸命ひらがなやカタカナを読んでいるのですが、なかなか覚えられないんです。例えば、発音は中国語にある発音が日本語にもあるのですが、ただこの発音と発音がどう繋がっていくのかがどうもわからず、上手くいかないんですよ。それは年齢の問題かもしれませんが(笑)。
シャミ:
そんなことはないと思いますよ。
アンソニー・ウォンさん:
やっぱり実際に話さないと意味がありませんし、香港にいるとなかなかチャンスがないんです。香港にいる私の日本の友人達は、皆広東語がペラペラで、日本語を話してくれないんです。
シャミ:
では、ぜひまた日本にいらしてください!
アンソニー・ウォンさん:
実は日本語の勉強のために今度日本に半年くらい住もうかという話も出ているんですよ。日本に来ればたくさん勉強する方法がありますよね。私の友人には日本刀の鍛冶の勉強をしている方がいます。それから私は日本茶が大好きで、茶道の本も読んでいます。茶道はいろいろな作法があり、しきたりや礼節とか細かいところを知らないと難しいですよね。
シャミ:
たくさん日本に興味を持っていただけて嬉しいです!本日はありがとうございました。
2024年1月24日取材 Photo& TEXT by Shamy
『白日青春−生きてこそ−』
2024年1月26日より全国順次公開中
PG-12
監督・脚本:ラウ・コックルイ
出演:アンソニー・ウォン/サハル・ザマン/エンディ・チョウ/インダージート・シン/ランジート・ギル
配給:武蔵野エンタテインメント株式会社
パキスタンから香港にやって来た両親のもとに生まれ、香港で育ったハッサンは、家族とカナダへ移住することを夢見ていた。しかし、父親が交通事故に遭ってしまい、ハッサンは難民で構成されたギャングに加わる。ある日、ハッサンは警察によるギャング対策に巻き込まれ、タクシー運転手のバクヤッに逃亡を手助けしてもらい…。
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