今回は、『初恋〜お父さん、チビがいなくなりました』で夫婦役を演じた、倍賞千恵子さん、藤竜也さんに取材させて頂きました。長らく映画界で活躍されてきた重鎮にインタビューができるとは本当に光栄でした。映画を観るスタイルが多様化したこの時代をどう感じているのかも聞いてみたのですが、お2人のお言葉が何だか心にじ〜んときました。
<PROFILE>
倍賞千恵子(ばいしょう ちえこ):武井有喜子 役
1941年6月29日生まれ、東京都出身。松竹音楽舞踊学校を卒業後、松竹歌劇団に入団しスカウトされる。1961年、松竹映画『斑女』(中村登監督)で映画デビューを飾り、それ以降松竹の女優として活躍する。また、1962年には「下町の太陽」で歌手デビューし、レコード大賞新人賞を受賞。さらに翌年、山田洋次監督により同名タイトルにて映画化され、主演を務めた。『男はつらいよ』シリーズでは、渥美清が演じた主人公寅次郎の妹さくら役を演じ、国民的女優に。1970年には文化庁芸術選奨文部大臣賞映画部門受賞、2005年に紫綬褒章、2013年には旭日小綬章も受章している。その他、近年の主な映画出演作に『ホノカアボーイ』『座頭市 THE LAST』『ハーメルン』『東京に来たばかり』『小さいおうち』などがあり、2004年の宮崎駿監督作『ハウルの動く城』では、主人公ソフィーの声を担当した。2019年は“男はつらいよ”シリーズ最新作『男はつらいよお帰り寅さん』の公開も控えている。
藤竜也(ふじ たつや):武井勝 役
1941年8月27日に父の任地だった北京で出生。大学時代にスカウトされ日活に入社し、1962年『望郷の海』(古川卓己監督)でスクリーンデビューを飾る。1976年に出演した、大島渚監督作『愛のコリーダ』で第1回報知映画賞主演男優賞を受賞。大島監督とは第31回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した『愛の亡霊』(1978)でもタッグを組んだ。2003年、黒沢清監督作『アカルイミライ』で第18回高崎映画祭最優秀助演男優賞、2005年に主演した『村の写真集』では、第8回上海国際映画祭で最優秀主演男優賞を受賞。近年の主な出演作に、『人生、いろどり』『私の男』『柘榴坂の仇討』『龍三と七人の子分たち』『お父さんと伊藤さん』『光』『空母いぶき』『COMPLICITY コンプリシティ』などがある。現在は、テレビ朝日帯ドラマ劇場『やすらぎの郷』に続く『やすらぎの刻~道』で高井秀次役として出演中。
家庭って、端から見ると喜劇のようなことも大真面目にやっていておもしろい
マイソン:
お2人は28年前にも夫婦役を演じられたそうですが、今回また夫婦役を演じられて、いかがでしたか?出来上がった映画を観た感想も教えてください。
倍賞千恵子さん:
28年ぶりで、随分年を取ったなと思いました(笑)。でも家がわりと近所で、ちょくちょくお会いしていたので、スッとお互いに年を取った夫婦になれました。と、私は思っているんですけど(笑)。
藤竜也さん:
そうそう。28年ぶりだったけど、お互い自然にできましたね。老いていくのを見ているから。
倍賞千恵子さん:
そうなんですよね。私はコンサートなどでバタバタしていて、完成した映画をまだ観られていないんですが、友達とかスタッフが観てくれて、良かったと言ってくれたので、ホッとしています。
マイソン:
ではこれから観るのも、観客の方の反応も楽しみにされているんですね。藤さんはどんな感想をお持ちですか?
藤竜也さん:
よくできています。おもしろいよ。家庭ってさ、小説やら映画やら飽きない考察の対象になる。それだけ家庭ってのはおもしろいんだよね。端から見ると喜劇のようなことも大真面目にやっているわけで、そこが良いですね。
マイソン:
まさにそうですね!今回は猫とも共演されましたが、やっぱり長年俳優をされていても、動物って予測不可能で共演は大変でしょうか?
倍賞千恵子さん:
動物と子どもね(笑)。私は今回、チビ役のリンゴ(猫の実名)に会えるのがものすごく嬉しくて撮影中ずっと楽しかった。この映画の前に『東京に来たばかり』という作品をやっていた現場に、真っ黒な本当にチビにそっくりな猫がいたの。こたつが置いてあったから、スタッフがいなくてもその子はそこで生活をしていたのね。行くと誰かが餌をやったり、私は抱っこしたりしていたんだけど、チビがその子にそっくりで。だから一瞬その子かなと思っちゃうくらいでした。その子は本来なら連れて帰りたかったんですけど、自分の家で飼っていた柴犬がちょうど亡くなる間際で、飼いたくても飼えなかったんですよ。だからチビに会った時にすごくそっくりでビックリして、毎日撮影に行くのが楽しみでした。猫ってわりと勝手で自分の好きなように動くから、自分も本当は自由に生きたほうが良いのかなって、チビを見ながら思ったり。けれど、この子は何かわかってるんじゃないかってくらい、いつも撮影ではタイミングが良くて、リハーサルだと上手くいかなくても、本番だと上手くいってました。毎日すごく楽しかったです。
マイソン:
猫も演技力とか、センスがあるんですかね?
倍賞千恵子さん:
あるんじゃないかな。
マイソン:
ありそうですね。で、初恋だった相手とすごく長い間寄り添って、遂に夫婦の危機を迎えるという設定でしたが、たぶん初恋で結婚する人って、今の時代だとなかなか少ないと思うんです。初恋の時の気持ちを維持するのはすごく難しいと思うんですけど、今の若い夫婦に役柄としてアドバイスをするとしたらどんなことがありそうですか?
藤竜也さん:
僕(の演じたキャラクター)は何でこんな風になっちゃったんだろうって(笑)。「ちょっと待って」っていう、青天の霹靂で。自信満々で、「これで良いんだ。一生懸命やってきて何か文句あるか」っていうくらいに大きく構えていたのに、あの展開は突然でびっくりしましたよ(笑)。
マイソン:
男性は女性の細かい変化に気付けないまま過ごしていて、突然本音を言われてビックリする。一方で女性は腹を決めてから言うっていう感じがします。
倍賞千恵子さん:
人にも寄るでしょうけどね。でもちゃんと心に持っているものがあれば、夫婦ってお互いを認め合っていけるんじゃないかな。私達は老夫婦でしたけど、それは若い人達にも言えるんじゃないですかね。よくわからないまま、上っ面だけで結婚しちゃう方もいるかも知れませんが、途中で何が本当に大事かって気付いて、そこに愛がちゃんとあれば、形はどうでも良いんじゃないでしょうかね。
マイソン:
窮地に立っても、気持ちがあれば。
倍賞千恵子さん:
そう、お互いのことをちゃんと思っているっていうね。
マイソン:
男性の立場だといかがですか?
藤竜也さん:
そうですね、愛というか、形は変わっても惚れ続けているっていうことがないと辛いでしょうね。
マイソン:
劇中では、奥さんのいないところで愛情を表していたり、客観視するとすごく素敵だなと思ったんですけど、男性ってあまり女性に直接言わないですよね。
藤竜也さん:
やたら言い過ぎて嫌われちゃう人もいるけど(笑)。
倍賞千恵子さん:
「何でそこまで言うの?」ってね(笑)。
藤竜也さん:
「もういいよ、うるさいよ」みたいに言われちゃうからね。
倍賞千恵子さん:
でも女の人はどこか言ってもらいたいみたいなところはあるんでしょうね。
マイソン:
そこはやっぱりたまには口に出したほうが良いということですかね。
藤竜也さん:
はい。
芸歴50年以上のお2人が、若かった頃にベテランの方々から学んだこと
倍賞千恵子さん:
私はいっぱいあります。笠智衆さんとか渥美清さんとかって、余分なことをあまりしないんですよ。藤さんもそこにいるだけ、そのままで、役になりきっているじゃないですか。笠さんなんかはその最たるもので、遠くのほうからすうっと歩いていっただけで、全部語ってくれるみたいな。どうしてああなるんだろうって思っていたら、山田洋次監督が言ってたんですけど、「良い役者さんほど贅肉が少ない」って。贅肉って太っているとか痩せているとかじゃなくて、“やたらにいろいろなことをする”って意味で、本当に良い役者さんは、何もしなくてもそのままで立っていても座っていても語ってくれる。そういう意味では笠さんとか渥美さんってすごかったなって思いますね。私は働いてないと表現できない女優だから、労働者女優とか僻地女優とかってよく言われるんだけど(笑)。だから何もしないでもそんなことができるようになれば良いなって先輩を見ていて思いましたね。
藤竜也さん:
僕らが俳優になる前に皆に知られている人達だから、会った時は感激でしたね。もうミーハーですよ。笠智衆さんと僕はテレビドラマでご一緒したことがあって、そういう「わあ笠智衆だ」「小津安二郎だ。嬉しいな」っていう内心と、あの人の佇まいにはビックリしましたね。謙虚さというか、あれは勉強になりましたね。
倍賞千恵子さん:
ずっと変わらないでね。本当に謙虚でいらっしゃった。
映画を観るスタイルの多様化、お2人はどう感じてる?
マイソン:
今映画を観るスタイルが映画館、テレビ、DVDやブルーレイ、ネット配信と、すごくいろいろ増えてきましたが、俳優さんとしてはどんなスタイルで観て欲しいですか?
倍賞千恵子さん:
自分でもテレビで映画を観ることが多くなりました。家でもどこでも、ものを食べながらでもお酒を飲みながらでも、簡単に映画が観られちゃう。でも、映画ってもうちょっと不便に観たほうが良いのかなって、劇場に足を運んでね。私は北海道に家があって、夏とか冬に行くんですけど、必ず何か1回は映画を観るんですよ。そうなると釧路まで行かないといけなくて、私の家から1時間半くらいかかるし、冬だともっとかかっちゃう。それだけ時間をかけて映画を観て、ご飯を食べて帰ってくると、半日というか何となく1日が潰れる。でもそれは素敵なことだなって最近思うんです。だから北海道に行くと最近は必ず何か映画を観ていて、映画館でポップコーンを食べながら映画を観るってこんなに楽しいんだって思ってます。そのためにも1年に2回はポップコーンを食べる映画を探したりしています。やっぱり特別な日だと思って、特別な映画を観るっていう、そういう映画の観方を私はしていきたいなと思ってるんです。何となく自分が気楽に映画を観ている気がしちゃって。
マイソン:
映画館で観る体験って格別ですよね。観てらっしゃるのは邦画と洋画とどちらが多いですか?
倍賞千恵子さん:
洋画が多いですね。
マイソン:
やっぱり映画を観るっていうのが、ただ内容を観るだけじゃないっていうことですよね。藤さんはいかがですか?
藤竜也さん:
本当におっしゃる通り、映画ってそもそも新作からインターネットで流す新しいやり方もあるし、いち俳優の僕がどうこう言ったって、もう手に負えないですね。僕は映画の出なので、映画の仕事を頂くと落ち着くんですよ。テレビよりも映画は先に10年やりましたらからね。だから僕はとにかく一生懸命そこで仕事して、倍賞さんのような方と再会して夫婦役をやらせてもらって、幸せな時間を過ごさせてもらって、終わったらお任せしますって(笑)。どうぞ煮るなり焼くなりして食ってくださいみたいなね。すごく時代が変わりつつあって、これからどうなるんですかね。劇場での映画の観られ方っていうのも、これから続くのかどうなのかもわからないですからね。
倍賞千恵子さん:
なくなっちゃうかも知れないね。ああいう映画の観方がね。
藤竜也さん:
そうですよね。
マイソン:
でも若い人にも映画館でしか映画を観たくないという人もいるみたいです。
藤竜也さん:
そうそう、うちの近所のご一家でもそういう趣味を持っている方がいて嬉しいですね。
マイソン:
映画館はやはり欠かせないですね。今日はありがとうございました!
2019年3月27日取材 PHOTO & TEXT by Myson
『初恋~お父さん、チビがいなくなりました』
2019年5月10日より全国公開
監督:小林聖太郎
出演:倍賞千恵子/藤竜也/市川実日子/佐藤流司/小林且弥/優希美青/濱田和馬/吉川友/小市慢太郎/西田尚美/星由里子
配給:クロックワークス
子ども達は巣立ち、勝と有喜子は夫婦2人きりで過ごしていたが、亭主関白な勝は有喜子の話にろくに返事もしない。そんな有喜子の話し相手はいつも猫のチビだったが、チビが突然姿を消したことで、夫婦はお互いに向き合わざるを得なくなり…。
©2019 西炯子・小学館/「お父さん、チビがいなくなりました」製作委員会