パキスタン映画として初めて出品されたカンヌ国際映画祭で「ある視点」審査員賞とクィア・パルム賞を受賞した他、世界で旋風を巻き起こした話題作『ジョイランド わたしの願い』。今回は本作で長編映画デビューを飾ったサーイム・サーディク監督にお話を伺いました。
<PROFILE>
サーイム・サーディク:監督、脚本
ラホール経営科学大学で人類学の学士号、コロンビア大学で映画監督の修士号を取得。短編映画“NICE TALKING TO YOU(原題)”(2018)が、2019年に開催されたサウス・バイ・サウスウエスト、パーム・スプリングス・インターナショナル・ショートフェストに正式出品され、BAFTAショートリストの最優秀学生映画賞を受賞。また、コロンビア大学映画祭2018最優秀監督賞を受賞、Kodak Student Scholarship Gold Awardを受賞した。短編映画“DARLING(原題)”(2019)は、パキスタン映画として初めて第76回ヴェネチア国際映画祭でプレミア上映され、最優秀短編映画賞のオリゾンティ賞を受賞し、トロント国際映画祭2019にも正式出品され、サウス・バイ・サウスウェスト2020では審査員特別賞を受賞した。現在は、ベストセラー小説「Hotel on the Corner of Bitter and Sweet(原題)」の映画化作品の脚本を執筆中。
いつも正直でいることを意識していました
シャミ:
本作が長編デビュー作ということですが、手掛けるに至った経緯を教えてください。また物語のアイデアはどのように生まれたのでしょうか?
サーイム・サーディク監督:
経緯としてはまず大学院在学中に脚本を書かなければならない状況がありました。コロンビア大学の大学院2年生になると、脚本作りというクラスがあり、長編映画の脚本を1年で書かなければなりませんでした。それでいろいろなアイデアを書き出して、その中で1番いいなと思ったのがこのアイデアでした。僕としては、恋愛の三角関係、それも男性、女性、トランスジェンダーの三角関係を描くのがおもしろいのではないかと思いました。自然に観客の方を引き入れて、且つ僕の話をしたいと考えていたテーマが、欲望と家父長制、またはその2つの対立についてです。これは僕自身が非常にもがいてきた問題でもありますし、パキスタンという国、または世界中の方々が同じように苦しんでいるのではないかと思ったので、このテーマを描こうと思いました。
シャミ:
大学院在学中に脚本を書かれたということは、かなり前から温めていたアイデアだったんですね。
サーイム・サーディク監督:
そうです。最初に脚本を書いたのは2016年でした。僕は2019年に卒業したのですが、学生でいる間もその後もどんどん書き直していました。実際に映画を撮影したのは2021年なので、かなり長い時間をかけて作りました。
シャミ:
その間に短編映画なども撮られていますが、やはり短編よりも長編で描きたいという想いがあったのでしょうか?
サーイム・サーディク監督:
イエスとノーの両方が答えになりますが、この映画は短編にはできない内容だと思うんです。というのも、この物語では小説のように家族のメンバー全員に光を当てていて、キャラクターによっては多少時間の割き方に違いはありますが、家父長制への批判について描くためには、やはりお父さんから始まり、義母、その息子である本人、そのお嫁さんというところまで家族全員を描く必要がありました。それから実は卒業制作として短編“DARLING(原題)”という作品を撮ったことがあるのですが、それはそのままの舞台を描いたものなんです。だからある意味“DARLING(原題)”は、『ジョイランド〜』のための準備であったと考えています。
シャミ:
なるほど〜。本作は伝統的な家父長制に縛られていた若い夫婦の人生がトランスジェンダーのダンサーと出会うことで大きく変化していく様子が描かれていました。家父長制やジェンダーのことなど、デリケートなテーマを扱う上で、監督が特に気をつけたのはどんな点でしょうか?
サーイム・サーディク監督:
たくさんありますが、1つはいつも正直でいることを意識していました。少しトリッキーなこと、リスキーなこと、あるいはこんなことを言ったら皆に嫌われそうだということを恐れて不正直にならないように気をつけました。自分が描きたいように描く、そういう意味で正直であることを意識しました。
そして2つ目は、なるべく多くの方の声に耳を傾ける、または話をするということです。それは役者に対してもそうですし、例えば僕自身はトランスジェンダーではないので、実際にトランスジェンダーの方にコンサルタントとして見てもらい話を聞くようにしました。また、ビバを演じたアリーナ・ハーンは、役のことを1番よくわかっているので、どんな言葉遣いをするのかなど話し合いました。撮影に入る2年以上前に彼女をキャスティングしたので、彼女にいろいろな相談をして、例えばこういう場ではこんな言葉を使っていいのかとか、こんな言い方はどうかなど、彼女に手伝ってもらいました。そういう意味でアリーナは、俳優としてセリフを自由に調節してくれました。
そして3つ目は、男性、女性、トランスジェンダーであれ、人を一般化しないということです。どの性かどうか関係なく、なるべくその人独自の特性をしっかり描こうと思いました。白か黒かはっきりしている存在ではなく、良いか悪いかという二面性ではなく、グレーな部分を描きたいというところを非常に意識しました。
シャミ:
それぞれの人物に少しずつスポットライトが当たることで、物語に深みが増しているように感じました。
サーイム・サーディク監督:
ありがとうございます!
シャミ:
本国では当初上映中止となり、人権活動家のマララ・ユスフザイさんや、俳優のリズ・アーメッドさんらの声明により上映が実現し、お二人はプロデューサーとしても名を連ねています。お二人と本作についてお話されたことや、特に印象的なエピソードがあれば教えてください。
サーイム・サーディク監督:
パキスタンでは現在1つの州以外でこの映画を観ることができるようになりました。そして、もちろんマララ・ユスフザイさんやリズ・アーメッドさんの声は非常に大きなものであり、上映禁止を解くための一部となりました。お二人にはパキスタンでの直接的な活動というよりも、記事を書いていただいたり、ソーシャルメディアへの投稿で尽力していただきました。
マララさんはとても可愛らしい方です。そしてリズさんは本当に素晴らしい役者で、お二人ともすごく寛容で、映画のためにいろいろなことをして寄り添ってくださいました。オスカーキャンペーンでもサポートをしてくださり、映画をとても気に入り支持してくださったことに非常に感謝しています。
ただ彼らがいたから上映禁止が解かれたというよりも、実際にパキスタンにいる活動家の方達が、長い間声を大にしてソーシャルメディアやそれ以外のところでずっと訴え続けてくれたり、人によっては実際に政治家や政府に訴え続けてくれて、キャストとクルーもずっと頑張り続けたということもあって上映禁止が解かれたのだと思います。そうやって関わってくれた方全員のおかげで上映ができるようになりました。
シャミ:
本当に多くの方の力があって上映されることになったということですね。
サーイム・サーディク監督:
そうです。本当に感謝しています。
シャミ:
本作は本国以外にすでにさまざまな国で公開されています。海外の方の反応で特に印象に残った感想や意外だった反応はありますか?
サーイム・サーディク監督:
日本がたぶん最後の上映国になると思います。この映画はすごく小さいにも関わらず、いろいろな国で劇場公開されました。フランス、パキスタン、アメリカ、イギリス、ドイツ、スペイン、トルコ、オランダ、台湾、韓国と、こんなに小さな映画がいろいろな国で上映されたということ自体すごいなと驚いています。そして、多くの方が観てくださったことや、フランスではものすごく成功したことにも驚きました。
映画を観た方の反応は国によって違い、とてもおもしろかったです。例えばスペインでは、パキスタンの家族の動きにすごく似たものがあるらしく、親和性を感じていただけたようです。でも、フランスはまた全然違う理由でこの映画を好きだという方が多くいて、本当に国によって反応が違うことがすごく興味深かったです。また、Q&Aなどでいくつかの国に行きましたが、ものすごく感動して大泣きをされて、映画が終わって15分も30分もずっと泣いている方、私を見つけて抱きつく方もいました。そうやってものすごく感情を揺さぶられている様子を見て、本当にいろいろな国の方が感動してくれたんだと僕自身も感動しました。なので、これから日本の方がどんな反応をされるのかすごくワクワクしています。
シャミ:
本作ではアイデンティティというものが一つのテーマとしてありました。監督は現代社会でのアイデンティティの必要性についてはどのように考えていらっしゃいますか?
サーイム・サーディク監督:
自分でもまだ答えを模索している途中ですが、良い面と悪い面の両方があると思います。ただ、自分が幸せでいたり、過ごしている時間に満足するためには絶対必要なものだと思います。また、自分のことを抑圧しない、なるべく正直な自分であるということが大切だと思いますし、この人はこういう育ちだからこうとかではなく、本当にその人が自分らしくあれば、周りの人や世の中にいろいろな貢献ができると思うんです。
そして、パッと見て少し違うと感じる人に対してジャッジしないというか、批判的にならないようにすることが大切だと思います。それと同時に、現代社会で暮らす人達は、自分が誰であるかということに対して、ものすごく妄執的に会話をすることがあると思います。ただ、個人主義が行き過ぎて、違うものに対して忍耐力がないのではないかと思うところもあります。皆が同じように自分を認めて欲しいと思っているわけではないというか、自分のことを100%周りの人に受け止めてもらおうとするのは不可能なことですし、それに対して努力するのは少し無駄かなという気持ちもあるんです。特に古い世代の方については、古くからの価値観でずっと育ってきてしまい、ある程度の年齢にいくと変わることが難しいということを、若い世代が受け入れることが大事だと思います。若い世代の方達は、自分のアイデンティティはこう、自分を100%認めて欲しいと思うわけですが、そう思うのであれば違う世代の方のこともそこまで認める必要があると思います。
シャミ:
本日はありがとうございました!
2024年10月1日取材 TEXT by Shamy
『ジョイランド わたしの願い』
2024年10月18日より全国順次公開
監督・脚本:サーイム・サーディク
出演:アリ・ジュネージョー/ラスティ・ファルーク/アリーナ・ハーン
配給:セテラ・インターナショナル
保守的な中流家庭ラナ家は3世代で暮らす9人家族。次男で失業中のハイダルは、父から「早く仕事を見つけて男児を」というプレッシャーをかけられていた。ある日ハイダルは就職先としてダンスシアターを紹介され、そこでトランスジェンダーのビバと出会う。パワフルに生きるビバにハイダルは次第に惹かれていき…。
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情報は2024年10月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。