『⽩夜⾏』や『神様のカルテ』など数々の映画やドラマなどを⼿掛けてきた深川栄洋監 督が、原点回帰として⾃主映画を作るプロジェクト<return to mYselFプロジェクト>。今回はその「sideB」にあたる映画『光復』について、深川監督と主演の宮澤美保さんご夫妻にお話を伺いました。自主映画を制作するに至ったきっかけや、本作に込めた想いを直撃しました。取材中の会話からお二人の仲の良さが伝わってきて、とても和やかな雰囲気の取材となりました。
<PROFILE>
深川栄洋(ふかがわ よしひろ):監督
1976年9月9日生まれ。千葉県出身。専門学校東京ビジュアルアーツ(映像学科映画演出専攻)在学中から自主制作映画を監督。専門学校を卒業後に制作した自主映画『ジャイアントナキムシ』『自転車とハイヒール』が 2 年連続で<ぴあフィルムフェスティバル>に入選し注目を集める。2004年に『自転少年』で商業監督デビューし、2005年に『狼少女』で劇場用長編映画監督デビューを果たした。以降コンスタントに話題作を発表し続けている。主な監督作品に『60歳のラブレター』『半分の月がのぼる空』『白夜行』『神様のカルテ』『トワイライトささらさや』『破獄』『赤ひげ』『僕とシッポと神楽坂』『そらのレストラン』『にじいろカルテ』『和田家の男たち』『桜のような僕の恋人』など、映画やドラマ作品が多数ある。現在、2023年1月スタートのテレビ朝日系連続ドラマ『星降る夜に』を撮影中。
宮澤美保(みやざわ みほ):大島圭子 役
1973年12月25日生まれ。長野県長野市出身。16歳の高校在学中に、映画『櫻の園』のオーディションに合格し、デビューを飾る。以降、数多くのテレビドラマ、映画、CM、舞台などに出演。2022年は夫である深川栄洋監督作『42-50火光』と『光復』でそれぞれ主人公を演じた。
本当に夫婦二人三脚で作り上げた作品です
シャミ:
監督は商業映画での活躍を経て、原点回帰として改めて自主映画を制作してみようと思ったということですが、何か具体的なきっかけがあったのでしょうか?
深川栄洋監督:
いろいろなことがあって、もう一度自主映画をやりたいと思いました。商業映画やドラマをやっていると、やったものに対してまたオファーが来てと繰り返すことが多くて、大体似てきてしまうので違うものもやってみたいという想いがありました。元々、自分の感じたことや考えたことを映画にしたいと思うタイプで、20代の前半の頃も自主映画を作っていました。でも、当時は技術が追いついていなくて、表現したいことと実際にできた映画が全然違うことにずっと疑問がありました。そして、商業映画の世界でプロットを手掛けたり、演出の技術を学んでいくなかで、もう1回自分の表現したいことを映画にしたいと思い、2019年にその試みを始めました。本当はその5、6年前からやりたいと思っていたのですが、自主映画は本当に大変なので、どこから手を付けたら良いのかわからず、ずっと二の足を踏んでいました。そんななか結婚をして、彼女に「自主映画をやりたい」と話したら、「いいんじゃん!やってみたら」と言ってくれたんです。そうやって賛同者が隣りにいてくれたことで、「もう少し考えてみよう」「このタイミングならできるかもしれない」と、より具体的になっていきました。
シャミ:
心強い言葉に背中を押されたんですね。
深川栄洋監督:
はい。最初に自主映画をやりたいと周りに話した時は、皆自主映画をやったことがない方達ばかりだったので、「何でそんな大変なことをするの?」と言われることが多くて、「自分から何かを発信していかないと気持ちが悪いんだ」と話しても、あまりピンとこないようでした。なので、「いいじゃん!」と言ってくれる人が隣りにいることはとても大きかったです。
シャミ:
宮澤さんは、最初に監督から自主映画のお話を聞いた時はどんな想いがありましたか?
宮澤美保さん:
私は昔から自分達で発信して作るものが好きで、過去に舞台や映画を作ったこともあったので、自主映画の話を聞いた時はぜひやったら良いと思いました。
シャミ:
お二人の力があったからこそ完成した作品なんですね。
深川栄洋監督:
本当に夫婦二人三脚で作り上げた作品です。設計図となる脚本を僕が書いて、彼女がそれを見て、「もっとこうしたほうが良いんじゃない?」「衣装と小道具はこれじゃない?」ということもありました。それから特殊メイクはやったことがなかったのですが、彼女がやってくれて、本当に僕が一歩進んだら次の一歩は彼女が進むという感じでちょうど半分ずつ作りました。
シャミ:
監督は20代前半の頃にも自主映画を作られていたということですが、自主映画を改めて作るとなった時にどんな点が大変でしたか?
深川栄洋監督:
昔とやること自体は同じです。ただ、商業映画の場合は、監督が考えていることをよりクリエイティブにするために各スタッフがいて、助監督や撮影部もそれぞれ4、5人はいるので、各パートで監督の代わりをやってもらうというスタイルなんです。でも、自主映画の場合ですと、そういったスタッフがいないので、自分達で全部をやることが何よりも大変でした。ロケ現場を決める制作部やその交渉係もいませんし、物語を考えようにも原作があるわけではないので、ゼロから作って立ち上げていく作業が必要でした。まずはカメラマンや録音技師を誘って、その他のパート(美術や衣装、小道具、特殊メイクなど)は全部僕達夫婦でやるのですが、さすがに途中からは助監督にも入ってもらいました。もちろんスタッフが少ない分、自分達で作り上げていく良さはありますが、考えることや行動することが多いという点が自主映画に対して腰が重くなってしまう原因だと思います。
シャミ:
なるほど〜。今回のプロジェクトには、『42-50火光』と『光復』があり、両方のタイトルに“光”という文字が入っていたのが気になりました。これは今回のプロジェクトとして両方に入れたのか、それとも偶然だったのでしょうか?
深川栄洋監督:
“光”の字を入れたかったわけではなく、これは本当に偶然でした。最初『光復』は“幸福”の文字にしようとしていたのですが、すごくぼんやりとした言葉だなと思ったんです。幸福とは何のことをいっていて、それがどういうことだろうと思い、タイトルにしたのですが、もう少し具体的に観客に幸福を伝えるには、光が復活する“光復”のほうがより限定的に届くのではないかと思いました。
『42-50火光』のほうにも“光”の字が入っていますが、これは僕が学生の時に“火光”という言葉を理科の先生に聞いたことがあり、それを何となく覚えていたんです。火光は、朝を迎えて夜が終わる前に光が乱反射する瞬間のことで、それが火光なんだと教わりました。でも、原理は知っていても実際には見たことがありませんでした。40歳を過ぎてもまだ見たことがないことがあるという点で、まだ夢を見ようとしているこの作品の主人公達の感じと合うなと思いタイトルに付けました。
シャミ:
ありがとうございます。ここからは『光復』についてお伺いします。主人公の圭子が親の介護をしているところから始まり、その後の壮絶な展開にとても衝撃を受けました。本作のアイデアはどのように生まれたのでしょうか?
深川栄洋監督:
1人の女性の幸せについて考えてみたいと思って書きました。普段脚本を書く時は10日から2週間くらいで書くのですが、この作品は1ヶ月経っても全然書けませんでした。幸せがテーマで、主役は彼女に決めていたのですが、本当に書けなくて、じゃあ幸せを浮き彫りにするために幸せの裏側にある不幸について書こうと思いました。そして、2018年に起きた事件を調べていったのですが、1年間にどうしてこんなことが起こるんだろうということがいっぱいあり、それを1人の女性に負わせてみたら幸せの輪郭がはっきりと見えてくるのではないかと考えました。結局脚本を書き上げるのに3ヶ月くらいかかりました。そして、幸せを描くために不幸を見つめていったら、どんどん酷い展開になってしまいました(苦笑)。
シャミ:
確かにショッキングな場面が多かったのですが、観ているとどこかにこういう人がいるかもしれないと感じました。また、展開ごとに感情移入ができる部分もあって、すごく心を動かされる作品だと思いました。
深川栄洋監督:
ありがとうございます。
シャミ:
宮澤さんにお伺いしたいのですが、圭子は長年親の介護をして疲弊しているなか、唯一救いになってくれる人が現れたかと思ったらさらに状況が悪化し、辛い状況に陥っていく女性でした。大変なシーンも多かったと思うのですが、演じる上で難しかった部分や気をつけようと意識された部分はありますか?
宮澤美保さん:
すごく役と向き合っていたということはなかったのですが、夫の前で初めてラブシーンをやらないといけないといった物理的な難しさはいろいろありました。その一つひとつに向き合ってクリアしていくということだけを考えていたので、常に不幸を背負って役作りをしていたわけではなく、本当にスタッフの仕事も忙しかったので、圭子の人生に引っ張られるということはありませんでした。
シャミ:
役に引っ張られていたら本当に大変だと思ったので、それを聞いて少し安心しました。
宮澤美保さん:
周りの方からもすごく心配されます(笑)。でも、全然そんなことはありませんでした。それよりも、「明日の撮影用の食事の用意ができていない。どうしよう」「コンビニに買いに行かないと」とか、そういうことでいっぱいいっぱいで、どうやって撮影を乗り切ろうかということのほうが高い壁でした。撮影中は寝る時間もなくて本当にヘロヘロだったので、それが良い感じで疲れとして役に出ていたかもしれません。朝起きたら髪を整えずに撮影に挑むみたいな生活だったので、なりふり構わずに介護をしている圭子の姿に重なったのかなと思います。
シャミ:
本作には、圭子を通してさまざまな社会的な問題が垣間見えましたが、その中で1番伝えたかった部分はそれぞれどんな部分でしょうか?
深川栄洋監督:
いっぱいありますが、40代後半の僕達は団塊の世代ジュニアという世代で、子どもの頃に親から教わったことが、今とはだいぶ変わってしまったと思うんです。他人様に迷惑をかけてはいけないと育てられたので、介護をする時も誰にも頼らない、親の面倒をみることは当たり前だと植え付けられてきました。でも、実際に親の面倒をみようと思って自分の仕事を休んだり、キャリアを捨てたり、お金はどうするかとか、親と一緒に共倒れしていく方も増えているんです。だから、僕達が子どもの頃からずっと聞いていた理想の大人像にはもうなれないことを感じて、他の方達はどうなんだろうと気になりました。それが『光復』の最初の原動力でした。自分のことであり隣りの人のことでもあり、観る年代にもよると思いますが、「今の世の中はすごく大変だよね」という共感を持って観てもらえるのかなと思いました。なので、この作品を観たお客さんがどんな反応をするのか楽しみにしています。
宮澤美保さん:
そのことは2人でもずっと話していました。たぶん皆親の面倒をみることを当たり前だと感じていると思いますし、親もそう思っているかもしれませんが、私は決してその通りにしなくても良いんじゃないかと思うんです。親には親の人生があり、自分には自分の人生があるので、子どもがそれに縛られてしまうのは辛いと思うんです。だからこそこの映画を観て、気持ちが少しでも軽くなる方がいたら良いなと思います。簡単には言えませんが、きっといろいろな方法があると思うので、もし本当に介護に悩んでいる方がいたら、ぜひこの作品を観て欲しいです。不幸な展開もありますが、そういったことを考える良い機会になると思います。
深川栄洋監督:
映画を観て私より辛そうだと思うかもしれませんし、私と同じだと思う方もいると思います。この作品がそういった方の処方箋となり、心が凪いでくれたらと願っています。僕自身も自律神経が乱れてもう何もできないと思った時に映画を観ると少し落ち着くことがあり、荒れた波が少し収まるので、この作品もそういう風になると良いなと思います。実際に介護をされている方は忙しくて、なかなか映画を観に行けないかもしれませんが、どこかのタイミングでこの映画と出会って欲しいです。
シャミ:
ありがとうございます。作品以外のことも伺いたいのですが、普段プライベートでお二人でいる時にもお仕事の話などはされますか?
深川栄洋監督&宮澤美保さん:
すごくします!
宮澤美保さん:
同業者のカップルで仕事の話をするかしないかはすごく分かれるようですね。私達はすごくするよね。
深川栄洋監督:
うん。その日あったことをお互いにまず報告しあって、「こんなことを思った。あなたは?」ということを忙しくて疲れていても1、2時間はします。
シャミ:
毎日はすごいですね!
深川栄洋監督:
話さないと気が済まないんでしょうね。40歳になってから結婚をして、それまでは1人の時間が長かったので、今は2人でいることをすごく楽しんでいます。少し変な感じですが、結婚をしてからは彼女を通して世の中を見ていくという感覚があるなと感じます。
宮澤美保さん:
コロナ禍ということもありますが、私達は交友関係がすごく狭くて、本当に2人でいる時間が多いです。でもそれがあっての映画作りなのかもしれません。人生について語っているなかでライフワークとしてこういう活動をずっと続けていきたいみたいな話になって、今回の映画作りも始まりました。
シャミ:
とても素敵ですね!!では、最後の質問です。これまでで1番影響を受けた作品、もしくは俳優や監督など人物がいらっしゃったら教えてください。
深川栄洋監督:
僕はフランス映画全般です。強いていうなら10代後半の時にパトリス・ルコントの影響を大きく受けました。僕は子どもの時に「自分は何て変なんだろう?」「何で人と違うんだろう?」とずっと思っていて、人と同じようにしたいのにできなくて、勉強もスポーツもできないとにすごく劣等感を感じていました。そんな時にフランス映画を観て、人と違うことは当たり前だという価値観を知り、衝撃を受けました。大体パリジャンは情けなくて、パリジェンヌは強いのですが、僕が知っているのは「男は強くあれ」ということだったので、すべてひっくり返っていたんです。それがものを考える時の原動力にもなって、「こういう時にフランス人ならどう思うだろう?」「あのフランス映画を作った方はどう思うだろう?」と考えるようになりました。地球の裏側に全く違う価値観があるんだという発見は、僕にとってとても大きかったと思います。
シャミ:
ありがとうございます。宮澤さんはどうですか?
宮澤美保さん:
すごく難しいですね。
深川栄洋監督:
僕が感じるにやっぱり『櫻の園』なのかなって思うけど、どう?
宮澤美保さん:
そうだね、1番といわれたらやっぱり私は『櫻の園』なんですかね。もちろんいろいろな作品を観て、その時々好きなものはあります。ミニシアターにハマった時もありますし、最近は韓国映画にもハマっていました。でも、やっぱり私の人生は『櫻の園』に大きく変えられたと思います。元々映画がすごく好きだったわけではなく、デビュー作が『櫻の園』になった時、失礼な話ですが監督も原作も知りませんでした。私は『櫻の園』の後は全然映画に出ていないのですが、なぜか映画系の人だと思われているみたいなんですよね。この業界に入ってみると、周りは映画に詳しい方ばかりですごく劣等感がありました。それである時に脚本家の友達に観たほうが良い作品を挙げてもらい、それを片っ端から観て勉強しました。だから最初が映画だったからこそ映画にコンプレックスもあって、そんな人生なんです。
深川栄洋監督:
そして映画を作りましたよね。
宮澤美保さん:
そうですね。きっと最後も映画なんだと思います。
シャミ:
本日はありがとうございました!
2022年11月21日取材 PHOTO&TEXT by Shamy
『光復』
2022年12月9日より全国順次公開
R-18+
監督:深川栄洋
出演:宮澤美保/永栄正顕/クランシー京子/関初次郎/池田シン/伊東孝/大場泰正/崔哲浩/野崎数馬
配給:スタンダードフィルム
42歳の大島圭子は、認知症の母親、安江と2人で人目を避けて暮らしていた。そんなある日、母親の徘徊騒動をきっかけに、高校の同級生だった賢治と再会する。賢治は圭子の現在の生活を知り、手助けをするために圭子の自宅に通うようになる。賢治の助けもあり、圭子は次第に明るさを取り戻していくが、母親の急死により圭子の人生は思わぬ方向へと向かっていく…。
©2022 スタンダードフィルム