39歳で若年性認知症と診断された丹野智文さんの実話をもとに、夫婦の希望と再生を描いた映画『オレンジ・ランプ』。今回は本作で貫地谷しほりさんと共にW主演を飾った和田正人さんにインタビューさせていただきました。実際に丹野さんとお話された印象や役に対してのアプローチ方法についてお話いただきました。
<PROFILE>
和田正人(わだ まさと):只野晃一 役
1979年8月25日生まれ。高知県出身。2005年に俳優デビューし、以降さまざまな映画やドラマに多数出演。主なドラマ出演作に、NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』(2013)、『陸王』(2017)、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』(2017)、“教場”シリーズ(2020/2021)、『純愛ディソナンス』(2022)などがあり、映画では『花戦さ』(2017)、『関ヶ原』(2017)、『空母いぶき』(2019)、『Fukushima 50』(2020)、『大河への道』(2022)、『レジェンド&バタフライ』(2023)、『Winny』(2023)などがある。『オレンジ・ランプ』ではW主演を飾り、39歳にして若年性認知症と診断された晃一役を好演。
自分のマインドと相談して考えていくことで1歩ずつ成長して変わることができる
シャミ:
本作は丹野智文さんの実話をもとに作られた物語ですが、最初に本作のオファーをいただいた際にどんな印象を受けましたか?
和田正人さん:
最初にプロットを見せていただいた際は少し難しい役どころだと感じました。認知症を題材にした名作も多いですし、芝居も重厚なものが多いので、中途半端な気持ちではできない作品だと思いました。
シャミ:
それはプレッシャーになりませんでしたか?
和田正人さん:
プレッシャーはどの役でも常にあるので、あとはどうするかです。実際に脚本を読み、プロデューサーや丹野さんにお会いしたら、今から大変な作品に取り組むという雰囲気はどこにもなく、むしろ「これから楽しい撮影を頑張っていきましょう」という明るい雰囲気でした。
丹野さんはユーモアあふれる楽しい方で、言われないと認知症だとわからないと思います。そう感じた時に、この作品は人の悲しみや苦しみを表現する作品ではないのだと感じました。それよりも希望に満ち溢れた家族愛、人との絆というものを明るく描く作品なんだと感じ、その時に少しだけ肩の荷が下りました。
シャミ:
全編を通してその明るい雰囲気が伝わってきました。丹野さんとお話されたなかで、特に印象に残っているエピソードはありますか?
和田正人さん:
どれも今まで聞いたことのない話ばかりでした。丹野さんは認知症のことを辛いこととして語るというより、日常で起きたことをネタにして話していました。昨日何を食べたか忘れてしまったとか、奧さんや子どもの顔を見ても誰かわからないとか。そういうことが多々あるそうですが、周りの方に支えられて、皆で認知症と上手く付き合っているようです。もちろん認知症だと診断されたばかりの頃は相当大変だったようですが、それを乗り越えた今の丹野さんから受け取るエネルギーのほうが絶対に大事だと思ったので、そちらに重点を置いて役を作り上げていきました。
シャミ:
明るさという部分は本作の晃一にも投影されていたと思います。物語の冒頭では大変な部分も描かれていましたが、晃一を演じる上で事前にどんな準備をされましたか?
和田正人さん:
演じるということは、具体的にこのシーンでこうするというよりも、どういうことなのか想像してプランニングすることだと思うんです。例えば、丹野さんはものすごく仕事ができて営業成績もトップで、家族がいて、家を建てて住んでいてと、順風満帆な生活を送っていました。でも、そんな方が認知症になり、余命宣告をされ、仕事を奪われ、家族関係も困難な状況になってしまいます。そうなった時に人はどうなってしまうのか考えました。帰る道がわからなくなり、公園で1人ぼっちだったところへ妻が来て、不安を吐露して泣きじゃくるというのは、どんな状況なんだろうと。そういう今までの当たり前が失われていくところから逆算をしてプランニングしていきました。奧さんとの関係も、僕だったらどう思うのか一つひとつ想像しながらそれぞれのシーンを演じました。
シャミ:
なるほど〜。他の役を演じる時もアプローチ方法としては同じですか?
和田正人さん:
そうですね。専門的な役や所作が必要な役の場合は、その専門の方に聞かないとわからないのでアプローチ方法が少し変わります。でも、今回は実話がベースで、モデルとなっている丹野さんがいらっしゃるので、答えは1つあります。でも、模倣ではいけないと思いました。もちろんリスペクトはしていて、起きた出来事をきちんと演じなければいけませんが、姿形、心のすべてが同じ人はいませんし、僕は僕でしかありません。だから、僕が演じるということは、僕自身がきちんと想像して自分の感覚に落とし込んでいかないと、感情が動かないんです。例えば誰かにバカと言われて、丹野さんはそんなに気にしなかったとしても僕はイラッとするとか。逆のこともあると思いますし、それが別人ということですよね。そのなかで僕がいかに想像して、どう感情を動かしていくのかということをやるのが役者の仕事だと思います。なので、決して模倣ではなく、いろいろな情報を借りた上で自分の中でキャラクターを創作していくという感覚です。
シャミ:
すごいですね!!
和田正人さん:
僕もまだまだわからないことだらけです。全然行き届いていないことも、勘違いしていたと思うこともあります。出来上がった作品を観て、もっとこうできたんじゃないかと思うこともたくさんありますし、観に来た方がもっとこうしたら良かったよねと思うこともあると思います。でも、そういうことと常に向き合っていくのが僕らの仕事です。
シャミ:
深いですね。新しい役のたびにその作業をしていくことは大変そうですね。
和田正人さん:
答えがないですからね。でも、今回1つだけ救われたのは、ご本人である丹野さんやご家族がこの作品を観ていただき、観終わった時に丹野さんが大粒の涙を流しながら「これは僕だ」と言ってくださったことです。丹野さんの涙を見た時に、この作品は本当にこういう形で仕上がって良かったと思いましたし、僕自身いろいろな不安がありましたが、ひとまず丹野さんがそう思ってくださったことで、僕の中でも1つ良かったと思えました。
シャミ:
真央(貫地谷しほり)と晃一の夫婦関係も見どころでした。和田さんは2人の夫婦関係について、どのように捉えていましたか?
和田正人さん:
丹野さんからいただいた本の中に、「僕は認知症で人の顔を忘れたり、今どこにいるのかわからなくなる時もあるけど、できることがある。やれるのにやらせてもらえないことが本当に苦しかった」とあり、本当にそういう気持ちを自分の中に落とし込んで、妻の真央と接していると、心がすごく痛くなったり、イラッとする感情が出てきました。でも、それは晃一が認知症だからそう思っているわけではないと思いました。認知症ではない僕が役を通してイラッとするということは、人に備わっている感覚なんだと思ったんです。そう感じた時に、僕も普段子どもや若い方と接している時に、イラッとさせていることがあるかもしれないし、もしかしたら妻もそう思っているのかもしれないと思いました。僕自身この映画は、認知症を題材にした家族の話だと思ったので、認知症についてはあまりわからないという方でも、夫婦、子ども、会社との接し方を観ていただくと、物語のより深い部分が見えてくるのではないでしょうか。
シャミ:
そうですね。私も真央のようにしている時があるかもしれないと思いました(苦笑)。
和田正人さん:
ついついやってしまう余計なお節介とかありますよね。
シャミ:
そういう部分も含めて本当に広く観ていただける作品ですよね。
和田正人さん:
そうなんです。僕は、認知症が1つの性格だと思うんです。そうして観ると、少し忘れっぽい人とそれを注意する奧さんという感じにも見えると思います。本当にいろいろな観方ができる作品です。
シャミ:
「認知症だからといって人生を諦める必要がない」という点が本作のキーとなっていました。認知症に関わらず何かにつまずいてしまった時に、人生を諦めてしまう方もいると思います。そんな方に向けて和田さんからメッセージをお願いします。
和田正人さん:
誰でもつまずいたり失敗することは嫌ですが、それが当たり前だと捉えられたら良いと思います。僕自身も自分にそう言い聞かせています。どうしても人はカッコつけたり、着飾ったり、弱いところを見せたくないと思うんです。そういうところばかり気にしてしまうと、マイナスな自分は許せなくなりますよね。むしろ失敗する自分や、弱い自分をいかに認められるのか、そんな自分を愛せるのかというところにもっと目を向けるべきだと思います。
僕も失敗することはありますし、嫌だなと思うこともたくさんあります。でも、その自分を受け止められるかどうかが大切だと思います。もちろん何回も同じ失敗を繰り返してはダメなので、だからこそ自分を受け入れて、自分と対話をして、「このままではダメだ。どうしたらこの失敗を繰り返さないのか?」と考える必要があります。自分のマインドと相談して考えていくことで1歩ずつ成長して変わることができると思います。あとは、相談できる相手を見つけられるかどうかです。
シャミ:
1人で抱え込んでしまう方も多いですよね。
和田正人さん:
とにかく目を背けてはいけないと思います。若い頃の失敗は30歳になっても残りますし、40歳になってもずっとその失敗が残って付いてくるので、早めに片付けたほうが良いと思います。
シャミ:
では最後の質問です。和田さんは陸上選手から俳優に転身されていますが、スポーツと俳優のお仕事とで共通すると感じる点はありますか?
和田正人さん:
共通しているのかわかりませんが、陸上をやっていて良かったと思うことがあります。俳優の仕事は、世間から華やかな世界だと思われることが多いのですが、華やかなのはあくまでテレビの世界やスターの世界であって、実は地味で辛いことや過酷なこともたくさんあります。上手くいかないことや失敗することも多くあります。でも、そんな大変な世界にも関わらず、陸上の時のほうがしんどかったと思えるんです(笑)。
シャミ:
えー!!
和田正人さん:
陸上のほうが本当に大変だったので、今はよほどのことがない限りは全然大丈夫です。そう思えるハートの強さがあります。例えば陸上をやっていた時は、怪我をして走れないことがあり、役者に置き換えるとそれは演技ができないということですよね。でも、重病を患って入院するなど、よほどのことがない限り演技はできるんです。陸上の場合は、頑張れば頑張るほど怪我をして走れなくなることもあり、仕事が奪われてしまうこともあります。その辛さを知っているので、役者は余裕だなと思います(笑)。
シャミ:
すごい!!では俳優としてはまだまだ走り続けられますね。
和田正人さん:
はい!よほどのことがない限りは俳優として走り続けたいと思います。
シャミ:
本日はありがとうございました!
2023年5月9日取材 PHOTO&TEXT by Shamy
『オレンジ・ランプ』
2023年6月30日より全国公開
監督:三原光尋
出演:貫地谷しほり/和田正人/伊嵜充則/山田雅人/赤間麻里子/赤井英和/中尾ミエ
配給:ギャガ
39歳の晃一は、妻の真央と2人の娘と暮らし、仕事も営業マンとして上手くいき、順風満帆の生活を送っていた。ある日、晃一は自らの物忘れなどに異変を感じ、病院へ行くと「若年性アルツハイマー型認知症」の診断を下される。突然の出来事に晃一は不安に押しつぶされ、真央は心配のあまり晃一に何でもしてあげようとする。しかし、ある出会いをきっかけに2人の意識が変わり…。
©2022「オレンジ・ランプ」製作委員会
- イイ俳優セレクション/ 貫地谷しほり(後日UP)
- イイ俳優セレクション/和田正人 (後日UP)