フランスで 50年以上愛される児童書「プチ・二コラ」の誕生秘話と、原作者2人の喪失と創造の人生を描いた映画『プチ・ニコラ パリがくれた幸せ』。今回は本作の監督を務めたアマンディーヌ・フルドンさんとバンジャマン・マスブルさんにお話を伺いました。世界中から愛されている「プチ・ニコラ」を映画化する上で気をつけた点やお気に入りのエピソードについて聞いてみました。
<PROFILE>
アマンディーヌ・フルドン:監督 (写真右)
美術を学んだ後、アニメーション業界でのキャリアをスタートし、フランスのバランスを拠点とするFolimageスタジオに15年間在籍。その後、フランスの料理人、ジャン・ピエール・コフと共にアニメーションシリーズ“C’est bon(原題)”の監督を務めた。その他にエマニュエル・ギベールとマルク・ブタヴァンのコミック原作アニメーション“Ariol(原題)”、マリオン・モンテーニュ原作のテレビ局〈Art〉のアニメーション番組“How to die clever(英題)”、アンヌ・ゴシニとカーテルの著書をベースにしたアニメーション”Lucrèce(原題)”を手掛けている。
バンジャマン・マスブル:監督(写真左)
編集を学び、多くのアクション映画、コマーシャル制作でアシスタントを務めた後、アニメーション界で活躍。アシスタント編集者として多くのテレビ・シリーズに携わった後、映画編集者として多くの作品を手掛けた。主な作品に、レミ・シャイエ監督作『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』(2015/アヌシー国際アニメーション映画祭観客賞、東京アニメアワードフェスティバル2016長編コンペティション部門グランプリ、第23回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞他受賞)、『カラミティ』(2020/アヌシー国際アニメーション映画祭クリスタル賞受賞)、『とてもいじわるなキツネと仲間たち』(2017)、“Little Vampire(英題)” (2019)、『失くした体』(2019/アヌシー国際アニメーション映画祭クリスタル賞、観客賞、2020年アニー賞他多数受賞)、『神々の山嶺』(2021/第47回セザール賞アニメーション映画賞受賞)などがある。
2人で役割分担をしたというよりも、一緒に手を携えて作り上げていきました
シャミ:
ニコラのエピソードと共に、原作者お二人(ジャン=ジャック・サンペ、ルネ・ゴシニ)の制作過程も垣間見え、原作へのリスペクトも感じました。本作の制作に至った経緯と、監督達が本作にどんな想いを込めて作ったのか教えてください。
バンジャマン・マスブル監督:
僕の家庭には、原作の「プチ・ニコラ」が幼い頃からあり、とても親しみを感じていました。それと同時に、映画的には原作がどんな風にできていったのかを見せることがおもしろいと考えました。今回はイラストレーターのサンペと作家ゴシニのコラボレーションを描いていますが、意外と他の作品では2人の共犯関係のようなものが描かれていませんでした。なので、それを描くことはとても興味深いことだと思いました。また、2人の作家の人生をリサーチしていくなかで、この2人が実はとても辛い過去を持っていることを知りました。ゴシニは親族がホロコーストの犠牲となり、サンペは暴力的な義父を持っていましたが、2人はそれに打ち負かされることなく、トラウマを乗り越えて名声を得るに至ります。しかも、作り出す作品から詩的なものを生み出していて、僕自身はそこにモチベーションを掻き立てられました。
シャミ:
原作のイラストレーターであるサンペさん(2022年没)が本作のグラフィック・クリエーターとして参加していましたが、サンペさんからアドバイスをいただいたり、何か影響を受けたことはありますか?
アマンディーヌ・フルドン監督:
サンペからは「プチ・ニコラ」だけでなく、彼の全作品からインスパイアを受けました。プロデューサーがサンペの本を送ってくれたのですが、その本の量が膨大で本棚に入り切らず、私の仕事部屋が占領されてしまうくらいあり、素材としては本当にたくさん支給いただきました(笑)。
一同:
ハハハハハ!
アマンディーヌ・フルドン監督:
私達は「プチ・ニコラ」の作品を映像化するにあたり、原画を描き直さなければいけませんでした。そんななか、毎回原作で木はどんな風だったのか調べていてはダメなので、木は木、家は家、車は車と、ファイルを作ってスタッフはそれを見て確認して描いていました。
シャミ:
本当に細かい作業だったんですね。
アマンディーヌ・フルドン監督:
同じものを描くことは本当に大変でした。冗談ですが、サンペのスタイルは頭に入っていて手が覚えているので、もしお金が欲しくなったら偽サンペとして発表しようかと思います(笑)。
一同:
ハハハハハ(笑)!
シャミ:
完成した作品を観てサンペさんからはどんな感想をいただきましたか?
バンジャマン・マスブル監督:
完成した作品を最初に観てもらったのは、カンヌ国際映画祭の出品が決まって、彼だけのためにプライベート試写会を開催した時でした。作品を観た時は本当に感動してくださったようです。実はこの映画の前にも「プチ・ニコラ」の短編映画と実写版の映画が存在しています。でもそれらは「プチ・ニコラ」の世界観を本当の意味では描いていないので、今回初めて「プチ・ニコラ」をアニメとして描き、しかもサンペとゴシニの人生の一部も描いています。例えば、サンペとゴシニがブラッスリーで最後のディナーをしたシーンは、サンペにとっては本当に胸に迫るものがあったと聞いています。
シャミ:
サンペさんも喜んでいたんですね。「プチ・ニコラ」はフランスで 50 年以上愛されているということですが、私も小さい頃に図書館で見た覚えがあります。世界中で愛されている作品ですが、そういった作品を映画化する上で特に気を配った点やこだわった点はありますか?
アマンディーヌ・フルドン監督:
世界から愛されている作品を映画化するというワクワク感と同時に押し潰されそうになるくらいのプレッシャーもありました。できるだけサンペのイラストと、ゴシニの語りに忠実であろうということを目指しましたが、1番難しかったのはやはりサンペのイラストの世界観です。どんなスタイルにしていこうかと考えながら、最初はパソコンで描いたのですが、パソコンの描線ではダメでした。じゃあ手で描こうと思っても、同じ線の太さではダメなんです。サンペの描線は、少しかすれていて未完成な部分もあるので、それを自分達の手で再現しなければならず、スタッフ全員にとって難しい部分でした。
シャミ:
きっとサンペさんご自身だったらサラサラと描けるんですよね。
アマンディーヌ・フルドン監督:
そうなんですよ!だからサンペのイラストのスタイルを踏襲することは非常に困難なんです。例えば壁を描くにしてもサンペの描く壁というのは、穴や空白部分があり、絶対に完璧ではないんです。彼は1番必要不可欠なものから描くのですが、私達はサンペではないので、必要不可欠なものから描き始めることができません。だから、一度全部描いて、それをバンジャマン監督に見せて「ここを白くして」「ここは抜いてみて」と指示してもらい、サンペ風の空白を作り出していきました。それはとても重要なことで、空白部分が多くを語っていたり、その場面の中で大きな役割を果たしていることが多いんです。空白部分というのは、日本の浮世絵などにもあると思います。
シャミ:
確かにそうですね。個人的には、サンペがニコラを描いてそれが浮き出して、色がついていくシーンがとても印象に残っています。
アマンディーヌ・フルドン監督&バンジャマン・マスブル監督:
(日本語)ありがとうございます!
シャミ:
「プチ・ニコラ」のエピソードは222話もあるそうですが、今回映画の中に入っていたエピソードも含め、特にお気に入りのエピソードがあればそれぞれ教えてください。
バンジャマン・マスブル監督:
簡単ですよ。僕が1つ挙げるとしたら、今回の映画にも採用している学校をサボるエピソードです。ニコラとアルセスが学校をサボって、廃車に乗り、そしたら雨が降ってきて、警官に追いかけられ、また学校に戻るという。最初は学校をサボることができて嬉しいと思っている子どもの幻想が幻滅に変わってしまうんです(笑)。あのエピソードは、戦後のフランスの子ども達をよく表していると思います。
アマンディーヌ・フルドン監督:
私は夏休みの臨海学校のエピソードが好きです。海水浴に行った子ども達の楽しい声が聞こえてくるような一幕だと思います。それから筋肉ムキムキの体操の先生が子ども達を規律正しく運動させようとしているのに、子ども達はあちこちに行ってしまうというコントラストも良いですよね。先生だけやる気満々なのですが、子ども達はやる気がないというところがおもしろいと思います。
シャミ:
私もどちらも好きなエピソードです!原作のサンペさんとゴシニさんは、お二人で「プチ・ニコラ」を作られていて、アマンディーヌさん、バンジャマンさんも本作でお二人で監督を務めていました。2人で監督を手掛けることの最大のメリットはどんな点だと思いますか?
アマンディーヌ・フルドン監督:
2倍早く仕事ができることです!冗談ですが(笑)。
一同:
ハハハハハ(笑)!
バンジャマン・マスブル監督:
アマンディーヌは美術学校の出身なので、恐らく“サンペ”タイプです。僕自身は脚本を書いたり、映画編集をしたりと、どちらかというと“ゴシニ”タイプです。そんな2人がサンペとゴシニの世界観を一緒に作るということは、何か重なる部分があって、非常におもしろいと思います。でも、2人で役割分担をしたというよりも一緒に手を携えて作り上げていきました。どういう設定やアートスタイルにするのか、ストーリー展開にしても編集にしても、すべて僕達は同じビジョンを持って作りました。
シャミ:
近年日本にはさまざまなアニメーション映画があり、CGを駆使した3D作品なども多く、バリエーションが増えていると感じます。お二人は日本のアニメにどういった印象をお持ちでしょうか?
バンジャマン・マスブル監督:
僕らは子どもの頃から日本のアニメを観て育ちました。小さい時はテレビで日本のテレビアニメシリーズがいっぱい放送していて、『鉄腕アトム』や『キャプテン翼』、『聖闘士星矢』を観て育ちました。思春期になると『AKIRA』や『攻殻機動隊』『東京ゴッドファーザーズ』などを観ていました。その後ジブリ作品も観るようになり、高畑勲監督の『火垂るの墓』、それから『もののけ姫』や『紅の豚』も強く印象に残っています。
シャミ:
すごくたくさんご覧になっているんですね!では、フランスでアニメーション映画を作る上で、魅力だと思う点と課題だと思う点を教えてください。
バンジャマン・マスブル監督:
フランスのアニメは、この20年ですごく発展しました。2000年の初めの頃は2、3年に1本のペースでしたが、今は平均7、8本で10本のこともあります。アニメシリーズの制作本数もどんどん増えているので、非常に興味深いアーティストもたくさん出てきています。僕自身はフランスでヒットしたアニメで『失くした体』や、谷口ジロー原作の『神々の山嶺』の編集に参加しています。そういった大人向けのアニメもあれば、子ども向けのアニメもどんどん発展しています。ただ、デメリットもあります。アニメの制作が活発になってくると、今度は経験のあるアーティストをなかなか起用することができなくなるんです。今までは少しずつ時期がずれていたので優秀な方を続けて使うことができましたが、今は並行して制作しているので、なかなか経験値のある方を起用できないというジレンマがあります。
シャミ:
日本でも同じような課題がある気がします。本日はありがとうございました!
2023年3月24日取材 PHOTO&TEXT by Shamy
『プチ・ニコラ パリがくれた幸せ』
2023年6月9日より全国順次公開
監督:アマンディーヌ・フルドン/バンジャマン・マスブル
脚本:アンヌ・ゴシニ/ミシェル・フェスレー
声の出演:アラン・シャバ/ローラン・ラフィット/シモン・ファリ
配給:オープンセサミ、フルモテルモ
イラストレーターのサンペと作家のゴシニは、いたずら好きの男の子のキャラクター、ニコラに命を吹き込んでいた。サンペはニコラを描きながら、望んでも得られなかった幸せな子ども時代を追体験し、ある悲劇を胸に秘めるゴシニは、物語に最高の楽しさを与えていった。ニコラの存在は、そんな2人の友情を永遠のものにしていき…。
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