AIが発達した近未来のニューヨークを舞台に、持ち運び可能な卵型のポッドで赤ちゃんを育てる選択をしたカップルの心の変化が描かれた映画『ポッド・ジェネレーション』。今回は、本作を監督したソフィー・バーセスさんにオンラインでインタビューさせていただきました。
<PROFILE>
ソフィー・バーセス:監督、脚本
フランス系アメリカ人。コロンビア大学出身。サンダンス・インスティテュートで脚本と監督の講習を受けた経験を持つ。2020年、ポール・ジアマッティとエミリー・ワトソン出演の映画“COLD SOULS(原題)”で監督デビューを果たす。同作はサンダンス映画祭に出品された。長編2作目はミア・ワシコウスカ主演の『ボヴァリー夫人』で、テルライド映画祭でのプレミア公開を経て、2014年に一般公開された。本作『ポッド・ジェネレーション』は長編3作目となる。
人間が自然をコントロールしているのではなく、実は人間が自然に生かされている
シャミ:
卵型のポッドで赤ちゃんを育てることを選択したあるカップルの心境の変化が描かれた物語でした。資料によると監督は、「商品化に最もそぐわないものをテーマに据えようと考えた」とあったのですが、“ポッド妊娠”のアイデアはどんなところから着想を得たのでしょうか?
ソフィー・バーセス監督:
13年前に私が娘を妊娠していた時に妊娠をテーマにした作品を作りたいと思いました。当時はよく変な夢を見ていて、夢日記のようなものを書いていました。その夢については映画の中にも登場しています。あとは、オルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」という小説が好きで、子宮を使わない妊娠や、子宮までも商品化してしまうというテーマはそこからアイデアを得ました。
シャミ:
なるほど〜。本作でレイチェルを演じたエミリア・クラークさんが、製作総指揮としても参加しています。彼女と話し合って特に印象に残っていることや、作品に反映した部分はありますか?
ソフィー・バーセス監督:
すごくたくさん話をしました。エミリアは30代半ばで働く俳優として、今後子どもを欲しい、母親になりたいといったことを考えており、彼女とアメリカにおけるフェミニズムが偽善に満ちているという話をしました。アメリカの企業では、男性並みに成功するには男性のようにならないといけないという考え方があります。そのために卵子を凍結させて今は働き、もう少し年をとってから出産をすれば良いではないかと。でも、それは変なフェミニズムですよね。女性を本当に支援するのであれば北欧の企業のように、今のポジションを維持しながらサポートするべきだと思います。そういった本当の意味でアメリカの企業は女性を支援しているのだろうかと考えました。むしろプレッシャーを与えて、完璧な母親、完璧な仕事人であるべきだということを要求しているようにも感じます。でも、人生はとても複雑ですよね。本作のように子宮を人工的なものにしてそれで解決するのだろうか。そういった話をエミリアとしました。
シャミ:
かなり深い話をされたんですね。日本でも同じことが社会的に問題になっていると感じます。
ソフィー・バーセス監督:
本当に世界的な問題だと思います。1つ質問なのですが、日本で本作のような人口子宮があった場合、日本の女性はどんな反応をすると思いますか?
シャミ:
どうでしょう。賛否はありつつもやはり日本でも働く女性が多いので、利用したいと考える方がいると思います。
ソフィー・バーセス監督:
興味深いですね!
シャミ:
劇中レイチェルは妊娠の負担を分散するために会社からポッド妊娠を薦められました。レイチェルのように仕事を頑張りながら、妊娠も望む女性は多くいます。両方を上手く両立していく上では家族間の協力や社会的な変化も必要だと思うのですが、監督ご自身はどのような環境が望ましいとお考えでしょうか?
ソフィー・バーセス監督:
少なくとも今回の映画でテーマにしたかったことは、人間が自然をコントロールしていると思っているけど、実は人間が自然に生かされているということです。何百万年も女性達は自然妊娠をして出産してきたわけですよね。その女性ならではのパワーというか、社会における力を手放してしまうことによって、本当に強くなれるのでしょうか。
私が特に伝えたかったのは、テクノロジーと人間の関係についてです。人間はテクノロジーの奴隷になってしまいつつありますが、本来は逆だと思います。本作のレイチェルも赤ちゃんのためにいろいろなアプリを使いますよね。でも、本来は自分のお腹の中にいるはずなのに、赤ちゃんとアプリで繋がっているなんて、すごく馬鹿げたテクノロジーの使い方をしてしまっているんです。それが人間と社会との関係、テクノロジーに頼り過ぎる人間という構図です。
また、男女間の平等性という点ですと、私が20年前に映画監督を始めた時は女性の映画監督が全体の7%で、今は35%です。そう考えると、アメリカの映画業界における男女の平等性はある程度良くなっていて進化していますが、それでもまだ35%なんです。男女の考え方に関していうと、妊娠、出産ということを抜きにしても、女性に対するミソジニーという考え方もありますし、本当に難しい問題だと感じます。
シャミ:
本作の舞台が近未来で、ハイテクなものがたくさん登場しており、やはり人間がテクノロジーに支配されているような描写もありました。そういう意味では、今後の未来に対して警鐘を鳴らしているような作品だと感じました。
ソフィー・バーセス監督:
実際、私達が思っているよりも早くそういったことが現実になる気がします。数週間前にあるバイオテックの会社から映画を観たと連絡がありました。そしたらポッドのデザインについて聞きたいとアドバイスを求められたんです。つまり彼らはそういったものの開発者なわけですが、私としてはそれを助ける意味で映画を作ったわけではなく、おっしゃる通り警鐘を鳴らす意味で作りました。そう考えるとこの映画のような未来は意外と近いのかもしれません。
シャミ:
少し怖くなりますね(苦笑)。レイチェルはハイテク企業の重役として働き、AIなども積極的に生活に取り入れていました。一方アルヴィーは植物学者で、人工的なものよりも自然を愛するキャラクターでした。そんな対照的な2人が愛し合っているという点も本作の魅力の1つだと思います。監督はこの2人を通して、どんなことを1番表現したいと思いましたか?
ソフィー・バーセス監督:
友人達も含め、私の周りのカップルはお互いに正反対なものほど惹かれ合うという方が多い気がします。どうしてこの2人が付き合っているんだろうと思うくらい考え方も価値観も違うんです。でも、それはある意味良いことだと思います。自分と同じようなものばかり見ていることは、ナルシスティックのようでもありますし、自分とは違う人を通じて違う世界を知ることができるのではないかと思います。この映画では、最終的にアルヴィーが最初よりテクノロジーを受け入れ、ポッドの中の赤ちゃんを愛するようになります。逆にレイチェルは、自分に母性がないと気づき、自然に戻りたくなるんです。なので、最終的には2人が歩み寄っていく形になっています。
シャミ:
2人の対比や変化の様子は観ていてとても興味深かったです。特にアルヴィーがポッドを抱えて、常に大切に扱う姿が印象的でした。監督ご自身は、母性の大切さや重要性についてどんな考えをお持ちですか?
ソフィー・バーセス監督:
母性というものは元々与えられているものだと思います。以前、フランスのフェミニストの方が書いた母性の歴史に関する本を読んだことがあり、非常に興味深い内容が書いてありました。17世紀や18世紀の頃の女性は、子どもを産んでも自分で育てずに、田舎の乳母に2、3年預けていたそうです。乳母の方は8人くらいを母乳で育てるのですが、そのうちの半分くらいは亡くなってしまったそうです。ようするに親が子どもを育てるという感覚は、その何世紀も先になってから生まれたものということです。
実は出産や子育ての方法は、社会的な流れによって流行があるんです。例えば中世の時代の流行がある時なくなり、それがまた巡り巡って元に戻ることもあります。私がニューヨークで出産をして、子育てをしていた時は、自分の親の子育ての仕方とは逆のことをすることが主流でした。たぶん今の子ども達の世代では、私達の子育てとは逆を行くのが正しいということになるのかもしれません。でも、母性は必ずあるので、母と子の絆を切り離してしまった時にどうなってしまうのかということを本作で描きたいと思いました。
シャミ:
では最後の質問です。今後監督が映画作品として取り組みたいテーマはありますか?
ソフィー・バーセス監督:
今はエドワード・ホッパーというアメリカの画家についての作品を手掛けていて、彼と奧さんと愛人との三角関係を描く予定です。
シャミ:
今後も楽しみにしています。本日はありがとうございました!
2023年10月30日取材 TEXT by Shamy
『ポッド・ジェネレーション』
2023年12月1日より全国公開
監督・脚本:ソフィー・バーセス
出演:エミリア・クラーク/キウェテル・イジョフォー
配給:パルコ
舞台は、AIが発達した近未来のニューヨーク。テック系の大企業で働くレイチェルは、ある日持ち運び可能なポッドを使った妊娠を提案され、新しい妊娠方法に心惹かれていた。一方、植物学者のアルヴィーは自然な妊娠を望んでいたが、レイチェルへの愛に突き動かされ、ポッド妊娠を決意する。こうして2人は、出産までポッドで赤ちゃんを育てることになるが…。
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