モンゴルの都市部で生きる主人公の成長物語を、アダルトグッズ・ショップを舞台にユーモアたっぷりに描いた映画『セールス・ガールの考現学』。今回は、本作のセンゲドルジ・ジャンチブドルジ監督にオンラインでお話を伺いました。監督と主人公の共通点や、年の差のあるキャラクター達の友情物語を通して伝えたかったことについて聞いてみました。
<PROFILE>
センゲドルジ・ジャンチブドルジ:監督、脚本、プロデューサー
世界の映画祭での受賞歴も多く、現代のモンゴル映画界を代表する監督。映画にとどまらず、テレビ番組、演劇などの監督、演出も手掛けている。モンゴル・ウランバートルのBers College of Media and Cinematic Artsという映画芸術大学を1999年に卒業。初期の代表作『オキシゲン』(2010)は、第1回なら国際映画祭に入選した。それ以後も“Lovers(原題)”(2016)でモンゴル版アカデミー賞の最優秀監督賞、“Life(原題)”(2018)でウランバートル国際映画祭最優秀長編作品賞を受賞した。本作『セールス・ガールの考現学』では、第17回大阪アジアン映画祭薬師真珠賞と、第21回ニューヨーク・アジアン・フィルム・フェスティバルのグランプリに輝いた。
主人公達の関係が“現在”でぶつかることで道が拓かれていきます
シャミ:
“性”というテーマと主人公のサロールの成長物語が上手く結びついた物語でした。このアイデアはどのように生まれたのでしょうか?
センゲドルジ・ジャンチブドルジ監督:
まずは人の内的世界を理解する1つの手段として性があると考えました。アダルト・グッズのショップを舞台にしていることについて、皆さんとても関心を持ってくださるのですが、私にとってはその舞台についてそんなに強調されなくても良いのかなと思っています。人の内的な成長を描くにあたり、たまたま思いついたのが性とアダルト・グッズのショップでした。
シャミ:
本作の資料に「サロールを通して自分の少年時代を描こうと思いました」とあったのですが、ご自身をサロールに投影した具体的な箇所があれば教えてください。
センゲドルジ・ジャンチブドルジ監督:
私自身、子どもの頃はなかなか心を開くことができない内向的なタイプでした。でも、大学生になってから初めて心を開けるようになりました。特に性に関しては、その世界を知らなかったので映画の勉強として濡れ場の撮影シーンを目の当たりにした時にとても驚いたのですが、その後ようやく心を開けるようになりました。そういった点がサロールと共通しています。
シャミ:
そのアイデアは監督の中で以前から温めていたということでしょうか?
センゲドルジ・ジャンチブドルジ監督:
おっしゃる通りです。サロールは、何年もずっと長く考え続けていた人物像です。
シャミ:
モンゴルの方々には性をテーマにした本作がどのように受け容れられましたか?
センゲドルジ・ジャンチブドルジ監督:
モンゴルの方々に私自身がどう評価されたかをお話することは難しいのですが、この映画を観た方に変化を及ぼしたと思います。海外ではすでにヨーロッパやアメリカの方に観ていただきました。彼らの社会では、性に対して比較的オープンなので、広く受け止めていただけました。
シャミ:
アルバイトのサロールと店のオーナーのカティアが上司と部下の関係を越え、友情のような関係を築いていく姿が素敵でした。監督がこの2人を通して1番表現したかったのはどんな点でしょうか?
センゲドルジ・ジャンチブドルジ監督:
カティアは過去を生きている人なんです。栄光がすべて過去にあり、未来はないと思いながら生きている女性です。サロールに関しては、両親に言われるまま専攻を選んでいて、自分の未来が全く見えていません。そんな2人が”現在”というところでぶつかるわけです。その関係がもつれ合うことで、”現在”において2人の道が拓かれていきます。それが最も伝えたかったことです。
シャミ:
本作にはポップな描写もあり、ヘッドフォンをして音楽を聴くと、ミュージシャンが出てくる場面もありました。監督が映像でこだわったのはどんな点でしょうか?
センゲドルジ・ジャンチブドルジ監督:
そのシーンに注目いただきありがとうございます。Magnolianというアーティストが登場しているのですが、本人に映画に登場して欲しいと言ったら最初はビックリしていました。「ビデオクリップならわかりますが、役を演じるのですか?」と言われ、「役とはまた違うんだ」と話し、脚本を読んでもらったらどうにか理解してくれて、本人が映画に出ることになりました。とても有名なアーティストで、映画に出演することは普段あまりないんです。今回は私の意図を理解し、ああいう形で撮影に応じてくれて、本当に上手くいったと思います。なので、次回作にはピンク・フロイドを出演させようかと思っています(笑)。
一同:
ハハハハハ!
シャミ:
少し映画の話から離れますが、モンゴルが民主化されてから30年が経ちました。コロナ禍の影響なども含め、昨今モンゴルの映画業界で大きく変わったことはありますか?また、今後モンゴルで映画を作る上で課題と思えることや、工夫が必要だと感じることがあれば教えてください。
センゲドルジ・ジャンチブドルジ監督:
モンゴルの映画芸術は近代化の観点では大変長い歴史を持っているのですが、特に民主化以降の30年間で大きく変化し、発展しています。最近では、新たに文化省ができたり、映画芸術評議会という国が政策的に支援する組織ができました。また、映画芸術を支援する法案も作られています。この法案政策にあたっては、私自身も関わっていました。私達が最も望むのは、海外の映画製作関係者の方がモンゴルに来て、映画を撮って欲しいということです。法律や政策でもそれを優遇することになっていますし、海外の方と映画を作ることによってモンゴルの映画製作者やアーティストが学ぶことができるので、それが叶うことを願っています。
シャミ:
本日はありがとうございました!
2023年3月17日取材 TEXT by Shamy
『セールス・ガールの考現学』
2023年4月28日より全国順次公開
監督・脚本・プロデューサー:センゲドルジ・ジャンチブドルジ
出演:バヤルツェツェグ・バヤルジャルガル/エンフトール・オィドブジャムツ
配給:ザジフィルムズ
大学生のサロールは、怪我をしたあるクラスメイトから頼まれ、1ヶ月間だけ代理でアダルトグッズ・ショップのアルバイトをすることになる。街角のビルの半地下にある怪しげなショップには、さまざまな客が現れ、サロールは、客や上司のカティアと交流するなかで次第に自らの生き方について考えるようになり…。
© 2021 Sengedorj Tushee, Nomadia Pictures