今回は、本国ギリシャの映画祭で三冠を達成した話題作『テーラー 人生の仕立て屋』のソニア・リザ・ケンターマン監督にリモートインタビューをさせていただきました。チャーミングで魅力的な主人公のキャラクターやギリシャの仕立て屋で働く職人の方々の現状について聞いてみました。
<PROFILE>
ソニア・リザ・ケンターマン:監督・脚本
1982年8月29日生まれ。ギリシャ出身。ドイツ人の父とギリシャ人の母を持つ。アテネで社会学の学士号を取得し、ギリシャのスタヴラコス映画学校と、ロンドン・フィルム・スクールで映画製作を学ぶ。卒業制作の短編映画“Nicoleta(原題)”がギリシャ映画アカデミー賞で最優秀短編映画賞にノミネートされ、41の国際映画祭に出品し、合計15の賞に輝く快挙を成し遂げた。これまでに8 本の短編映画を手掛け、『テーラー 人生の仕立て屋』で長編映画監督デビューを飾る。現在はギリシャを拠点に、2 本目の長編映画を製作中。
常に自分に言い聞かせていることは、自分の夢に忠実であること
シャミ:
資料の中の監督のお言葉で、「社会や家族から“負け組”というレッテルを貼られた人々が、さまざまな障壁に苦戦しつつも最後には突破口を見出だし、危機を乗り越えていく様に深く魅了されます」とあったのですが、本作の“負け組”である主人公のニコスがウェディングドレスを作るアイデアはどのように生まれたのでしょうか?
ソニア・リザ・ケンターマン監督:
ある意味でニコスは、社会から取り残されてしまったアウトキャストなんです。彼は社会から自分を切り離し、孤立した生活をしていて、あまりビジネスも成功していません。私がこのお話を書き始めたのは、まさにギリシャで経済危機が起きた時だったのですが、昔から伝えられてきた技巧や職人仕事がだんだんと死に絶えていってしまっているという現状を知ったことがきっかけでした。そして、もし50歳の男性が自分の世界や、自分の持っているすべてを失ってしまいそうになった時に、人生にどんなオプションがあるのか考えてみました。もう1つ考えたのは、彼のように手に職を持っている人の場合、高価な商品を扱っていて現状のままだと続けていくことが難しく、その人がどうやったら自分の手にある技術をもうちょっと手に取りやすい安価な形で使うことができるのか、今まで持っていたものを再度作り直すことができるのかと考えました。
シャミ:
ニコスのような職人さんで、父親の代から仕事をされている方だと特に仕事に対してこだわりもあったと思いますし、ニコスのプライドが高かったり、性格が違ったらそのままスーツ作りにこだわった可能性もあったと思います。監督はニコスのように何かチャンスが舞い込んできた時の決断や路線変更することの重要性についてどのようにお考えですか?
ソニア・リザ・ケンターマン監督:
ニコスは最終的にはそういった勇気を自分で示すことができたと思うんです。彼は人生に対するアプローチまで変えることができたわけですし、もしかしたら彼は今までもジョン・ガリアーノみたいになりたいとか、女性のドレスを作ってみたいという衝動があったかのかもしれません。でも、ずっと父親の影のように暮らしていたので、そういう感情を外には出さなかったんです。ですが最終的には彼にそういう能力も勇気もあったことが証明されました。ニコスの職業は仕立て屋なので、そういった意味では変わっていないかもしれませんが、彼自身の環境はすごく変わって、同時に彼の個人的な人生も随分変わって、他の人と一緒に話すようにもなります。
もし私がニコスと同じように今とは全く違うことをしろと言われたら、私にはそこまでの勇気があるのかなと思ってしまいます。例えば別の国に行って何かをやるとか、そういうチャレンジはすごく魅力的ですし、チャレンジをしたいと思いますが、今やっている自分の仕事がすごく好きなので、それを変えることはちょっと考えられません。でも、ニコスの場合は今まで本当に自分がやりたかったことをやっていなかったのかもしれないので、仕事とプライベートの両方が上手く変化に対応できたということなんです。私の場合はそこまで対応できるかわかりません(笑)。
シャミ:
ニコスのようにこれから何か始めようと思うけど、今までとは違うからという理由で踏みとどまって悩んでいる人がいたら、監督はどのようにアドバイスされますか?
ソニア・リザ・ケンターマン監督:
これは私が自分に対してしているアドバイスでもありますが、そもそも監督としてやっていくという選択そのものがものすごく難しく、しかもギリシャの経済危機のなかで初めての長編作品を作るということ自体本当にたくさん障害があるんです。でも、私がいつも思うのは、人というのは本当に自分がやりたいと思うことをやらなければ、幸せを感じないし成功することもできないということ。だから、常に自分に言い聞かせていることは、自分の夢に忠実であることです。
シャミ:
すごく背中を押される回答をありがとうございます。ニコスはシャイで堅物だけど、どこか憎めないチャーミングがありとてもキュートでしたが、監督自身ニコスをどのようなキャラクターにしたいと思っていましたか?
ソニア・リザ・ケンターマン監督:
彼は本当にキュートでチャーミングですよね。それは彼の中に子どもの精神というものがまだ残っていて、本当に純粋で非常に敏感な心を持っている人だからです。彼がスーツ姿でカートを引いていることに、他の人が「何だ、この変なのは?」と思うということさえも想像できないくらい、とにかく子どものようにワクワクしながらお店を外に引っ張っていくわけです。世の中が危険だということも全然わかっていませんし、唯一の友達も8歳の女の子で、ニコス自身子どもみたいな面をたくさん持っているんです。先ほど敏感という言い方をしましたが、彼は非常に感情豊かで、普通の人だったら気づかないようなものにもすごく細かいところまで感知することができるんです。それが彼にとってものすごくインパクトのあることでもあります。
シャミ:
ニコスの繊細な手作業は本当に素晴らしかったのですが、同じような仕立て屋さんは今でもギリシャにあるのでしょうか?
ソニア・リザ・ケンターマン監督:
実際にこの映画を撮っている時に手元がアップに映るシーンは本物の仕立て屋さんにお願いしていたので、随分長い間仕立て屋の方が現場に来てくれました。その時に伺ったのが、今はアテネに残っているのが5〜7軒くらいで、テッサロニキにもあと数軒くらいしかないということで、ものすごく減ってしまっているんです。仕立て屋の方々はものすごく誇りを持っているので、この現状にすごく嘆いていらっしゃいます。いつもきちんとした格好をして、香水をつけてものすごく良い匂いのする方々ばかりなのですが、そのほとんどが60歳くらいの方で、若い方は唯一25歳の女性がいただけでした。自分達の技術を一体どういう風に伝えて次の世代に残していくのかが今は本当に見えなくて、悲しく思っているということが今回の映画をきっかけにわかりました。
シャミ:
日本でも同じような後継者問題があるのでとても共感できます。では最後の質問ですが、監督がこれまでで1番影響を受けた作品、もしくは俳優や監督など人物がいらっしゃったら教えてください。
ソニア・リザ・ケンターマン監督:
私はたくさんの白黒映画を観ていて、バスター・キートンのようなフィルムですと、台詞がないなかでの顔の表情がとても勉強になりました。あとはジャック・タチのフィルムとか。それからスタイルとしては、『英国王のスピーチ』でシネマトグラフィーを勉強しました。主人公が自分はすごく孤独だと感じているシーンがあるのですが、その雰囲気を出すためのレンズの使い方や撮り方にすごく惹かれました。
シャミ:
本日はありがとうございました!
2021年7月26日取材 TEXT by Shamy
『テーラー 人生の仕立て屋』
2021年9月3日より全国公開
監督・脚本:ソニア・リザ・ケンターマン
出演:ディミトリス・イメロス/タミラ・クリエヴァ
配給:松竹
ギリシャのアテネで36年間、父と共に高級スーツの仕立て屋を営んできたニコス。不況がギリシャを襲うなか店が銀行に差し押さえられ、そのショックで父が倒れてしまう。ピンチに陥ったニコスは、手作りで屋台を作り、移動式の仕立て屋を始めるが、路上で高級スーツは全く売れない。そんなある日、思いがけないオファーが舞い込み…。
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