今回は、映画とドキュメンタリーの両方で、アメリカ犯罪史上に名を残す連続殺人鬼テッド・バンディを取り上げたジョー・バリンジャー監督にインタビューをさせて頂きました。ほかにもいろいろな社会問題を扱ったドキュメンタリーを手掛けてきた監督は、人間の善と悪をどう捉えているのか、また何かを伝えるということをどう思って作品を作っているのか、大変深いお話が聞けました。
<PROFILE>
ジョー・バリンジャー
25年以上にわたり、ノンフィクション映画やテレビの世界で中心的な役割を担ってきた。HBOの“パラダイス・ロスト(原題)”シリーズは、複数のエミー賞を受賞し、殺人事件の不当な有罪判決から“ウェスト・メンフィス3(有罪判決を受けた3人の呼び名)”を解放する世界的な動きにまで発展した結果、1人の死刑判決と2人の仮釈放なしの終身刑が取り消され、2019年8月19日に全員が釈放された。3部作の最後の作品『パラダイス・ロスト3:パーガトリー(原題)』では、2012年にアカデミー賞ドキュメンタリー長編賞とプライムタイム・エミー賞にノミネート。また、南米エクアドルで起きた米国企業による原油流出による大規模な環境汚染、それに対する訴訟を追った『クルード ~アマゾンの原油流出パニック~』や、70年代からボストンの裏社会を支配し、数々の犯罪に関わったジェームズ・J・バルジャーがFBIの組織犯罪対策班と手を組み、街であらゆる犯罪に手を染めていた事実をその被害者の遺族などのインタビューを通して描いた “Whitey:United States of America v.James J.Bulger(原題)”、ヘヴィ・メタル界の不滅の王者“メタリカ”の3年間を追ったドキュメンタリー『メタリカ:真実の瞬間』、トニー(アンソニー)・ロビンズの私生活、事業戦略家としての顔、そして毎年恒例の大規模な自己啓発セミナーの舞台裏に迫った『アンソニー・ロビンズ ―あなたが運命を変える―』(Netflixにて配信中)など、あらゆるドキュメンタリーを手掛けてきた。テッド・バンディについては、ドキュメンタリー『殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合』(Netflixにて配信中)も制作しており、死刑囚監房での録音テープや事件当時の記録映像、関係者と本人の独占インタビューを通して、テッド・バンディの素顔に迫っている。
人間は善と悪の両方で、ものすごいキャパシティを持っている
〜フィクションとドキュメンタリーの両方で描くこと〜
ジョー・バリンジャー監督:
フィクションとドキュメンタリーといういろいろな形での作り手としては、観ている方の気持ちを良い意味で操ることができるわけです。例えばこの作品の場合は、テッド・バンディが連続殺人鬼だということを少し忘れさせるような、あるいテッドとリズ2人の関係に入っていけるような作品にしたかったんです。テッドが逃げる時なんかも成功して欲しいと、観客が応援してしまうくらいになって欲しかった。なぜならリズと同じ経験を観客にして欲しかったからなんです。リズは頭の中ではわかっていたかも知れないけど、最後のシーンで、初めて真実を知ります。彼女は気持ちの上で初めて認識して理解することができるんですが、全く同じリアクションを観客にもして欲しかったし、同じレベルの嫌悪を感じて欲しかった。そうすることによって被害者の経験というものを観客が経験できると考えました。ドキュメンタリーの場合は、ある状況の真実を文字通りにジャーナリスティックに捉えなければいけない。フィクションの場合は、同じ状況でエモーショナルな真実を捉えなければいけない。それぞれに使えるツールが違うわけなんです。だから、ドキュメンタリーでこの映画と同じことをやったら、良いドキュメンタリーには全くならないわけです。また、観客にヒントとヒントをくっつけて推察させるようなこともドキュメンタリーではしてはいけない。だからこの両方のプロジェクトを同時進行して、それぞれをというよりも、よりシャープにフォーカスすることができたので、すごく良い体験だったと思います。ドキュメンタリーのほうは殺人鬼の心の中に深く入っていき、なぜそういうことをしているのか、どんな気持ちなのかという視点で描いていく、映画のほうは逆に被害者の思いに深く入り込んでいって、どんな経験だったのかということを観客の方にも共有してもらう、そういう作品になっています。
〜ザック・エフロンの起用について〜
ジョー・バリンジャー監督:
ザックは僕のファーストチョイスで、運良く彼は「イエス」と言ってくれました。この映画は、特に若い世代の方に、人を盲目的にすぐ信頼してはいけないと伝えたかったので、そういう意味で、ザックには何百万人というファンがいて、盲目的にものすごく信頼を得ている。ドキュメンタリー作家としては、彼ならそういうリアリティを映画の中で照らすことができると思ったんです。さっき言ったようにテッドが殺人鬼だっていうことを忘れて、観客がテッドを観てちょっと誘惑されるほどの経験をして欲しかった。そして、最後に自分は誘惑されて間違っていたんだという体験をして欲しかったんです。そう思った時に、それだけのイメージを持っている役者さんってそんなに多いわけではなくて、その1人がザックで、ザックも全く同じことをやりたいと思っていたし、同じように特に若い世代の方に伝えることの重要性をよく語っていました。我々は悪い人が常にモンスター状態であると思いがちですが、そうではない。常に邪悪なのであれば、その人が邪悪な人だとすぐわかって避けることができ、自分は被害者にならなくて済むと私達は思い込んでしまっているけれど、そうではないんです。1番そう思っていなかった人、信頼していた人が、悪い人だったりするわけで、それはザックのイメージを扱うことでより伝えられると思いました。
そして、すごくシンプルで1番重要だったことは、観客にリズとテッドの愛情が本当だったと感じて欲しかった。ということは演じている彼らにも本物だと感じてもらわなければいけなかった。…と言ってしまうと、連続殺人鬼はサイコパスで、サイコパスは愛情というものを持てないと思っている方もいらっしゃるので、物議を醸すわけですが、僕はそういう説は信じていません。誰もが良いことをするのも悪いことをするのも可能だと思っていて、テッドは邪悪な行為をするけれど、同時にリズのことは心から愛していたと思うんです。殺人の衝動と、普通のものを必要とする部分の両方を彼は持っていたと思うし、1人の中にその両方があるというのは怖いことだけど、それがリアリティだと思うし、邪悪な存在ってそういうものだと思うんです。だから、ザックには、リズへの愛は本物という風に演じて、テッドとしてやっていることは全部信じてやって欲しいと言いました。すべての行為を100%信じてやることで、究極的に裏切りが生きてきますからね。
〜監督にとって映画を作る意味〜
マイソン:
テッドはメディアを利用しましたが、メディア側にいらっしゃる監督が世の中にこういうストーリーを伝える上で気を付けていることは何ですか?
ジョー・バリンジャー監督:
まずこの映画自体はすごく二極化した反応があって、一方では自分がやろうとしたことをすごく理解してくださっています。邪悪な人物がいかに周りの人々を騙すことができるのかということをリアリスティックな形で1つのポートレートとして描いていることが僕の意図だったわけです。逆に「全く暴力行為が描かれていないし、テッドのことを美化しているじゃないか」「被害者に対してリスペクトがないんじゃないか」という風におっしゃる方もいました。でも僕はそれは逆だと思っていて、例えば暴力はいろいろなところで描写を観てしまっているので、ちょっと感覚が麻痺してしまいますよね。そのなかでその被害者の人生にとって1番最悪な瞬間というものを、無感覚な感じで見せてしまう、あるいは映画の中でその瞬間を見せることは、意味がないんじゃないかと思い、それは避けたかったわけです。それから僕はこのドキュメンタリーとフィクションと両方を作っていくなかで、特に被害者は何よりもリスペクトしなければならないと考えていて、だからこそ今回の作品はリズの視点から描かれているわけなんです。だから批判に対しては、やろうとしていることとは逆に思われてしまって、皮肉に思っています。
それから実際の犯罪というものをずっとドキュメンタリー作家として追ってきたわけですが、そのなかで犯罪というものを扱った映像を作る時に重要だと思っているのが、視聴者、あるいは観客にとって、たくさんある中の1つの作品に過ぎないということなんですよね。でも被害者にとってはその人の人生であって、だからこそリスペクトしなければいけないし、必要でない大袈裟な表現というものは絶対に避けなければいけない。作品に着手する時、誰か他者の辛いことをただ繰り返しストーリーとして綴るものではなく、それ以上に大きな語る理由がなければ、僕はそもそもやろうと思わないんです。例えば冤罪についてだったり、アメリカで今すごく必要とされている刑事司法の改訂であったり、また今回の作品もそうなんですけど、いかに私達が被害者になることを避けられるかということだったりするわけです。
〜犯罪にまつわる映画作りでぶつかるのは絶望?それとも希望?〜
マイソン:
監督はとてもニュートラルな立場で物事を捉えていらっしゃるように思いました。監督はテッド・バンディのような犯罪者についてのドキュメンタリーの他にアンソニー・ロビンズ(自己啓発で世界的に有名なライフコーチ)のドキュメンタリーなども手掛けていらっしゃいますが、いろいろな人物や出来事を追っているなか、監督は絶望にぶつかることのほうが多いのか、それともどんな内容でも希望をそこから見出そうとしていらっしゃるのか、いかがでしょうか?
ジョー・バリンジャー監督:
確かに犯罪ものを扱っているけれど、犯罪を掘り下げている時は、何か直さなければいけない問題を感じているから作っていることが多いんです。1番わかりやすい例では、非常にラッキーなことに、“ウェスト・メンフィス3(有罪判決を受けた3人の呼び名)”の場合は、冤罪で18年服役した後に僕の作品『パラダイス・ロスト』を通して、解放するきっかけを生むことができたんです。同時にアンソニー・ロビンズなどの作品も作っていて、人間は善と悪の両方で、ものすごいキャパシティを持っていると思っています。『テッド・バンディ』を作る時ももちろん光を見せたいと思っているし、自分のやっていることがそれぞれの人のより良い面を見るきっかけに少しでもなっていると思えることが自分に希望を与えてくれます。確かに落ち込んでしまう時はあるんですよね。なので2〜3年そういうダークな題材を扱った後に、メタリカや、ポール・サイモン、アンソニー・ロビンズの映画を作ったりする。友達にいつもふざけて言うのは、僕の作品はすべて2つのバケツに分けられていて、1つは音楽で1つは殺人ものなんだって。確かに気持ちの上で、世界のこの状況に対して落ち込んでしまうこともあります。でも僕のそれに対する反問というのは、映画を作ることなんです。だから僕の1作目を観て映画作家になりたいって言ってくれる人がいたり、実際に“ウェスト・メンフィス3”のように冤罪の人の人生を変えられたり、そういう風に自分の作品作りというものが、何かの変化のきっかけになるって思えることが希望を与えてくれます。
2019年12月4日取材 PHOTO & TEXT by Myson
『テッド・バンディ』
2019年12月20日より全国公開
R-15+
監督:ジョー・バリンジャー
出演:ザック・エフロン/リリー・コリンズ/カヤ・スコデラーリオ/ジェフリー・ドノヴァン/ジム・パーソンズ/ジョン・マルコヴィッチ
配給:ファントム・フィルム
1969年、ワシントン州シアトルのバーで出会ったテッド・バンディとリズは一瞬にして恋に落ち、リズの幼い娘との3人の幸せな日々が始まる。だがある日、テッドは信号無視をして警官に止められ、不審物を所持していたせいで逮捕される。当時、マレーでは誘拐事件が起こっており、犯人の特徴に合致することが多いテッドは容疑者とされ…。
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