今回はドキュメンタリー映画『友達やめた。』を撮った、今村彩子監督にインタビューをさせて頂きました。本作は、生まれつき耳がきこえない今村監督と、大人になってから自身がアスペルガー症候群だと知った、お友達のまあちゃんの日常を映した作品。2人のほのぼのとしたやり取りだけでなく、直球でぶつかり合う姿に共感せずにはいられません。
<PROFILE>
今村彩子:監督・出演
1979年生まれ。愛知教育大学に在籍中、一時米国に留学し、映画制作を学ぶ。劇場公開作品としては、『珈琲とエンピツ』(2011)、『架け橋 きこえなかった3.11』(2013)、自転車ロードムービー『Start Line(スタートライン)』(2016)があり、現在、『架け橋 きこえなかったあの日』を制作中。映像教材として、ろうLGBTを取材した『11歳の君へ ~いろんなカタチの好き~』(2018/DVD/文科省選定作品)や、『手話と字幕で分かるHIV/エイズ予防啓発動画』(2018/無料公開中)なども手がけている。初めての著書「スタートラインに続く日々」(2019/桜山社)には、本作の原作とも言える「アスペのまあちゃん」が収録されている。
聞こえる人を初めて身近に感じることができたのは…
マイソン:
大学の時に渡米して、映画作りを学んだそうですが、映画監督になろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
今村彩子監督:
私が小学生の時は、テレビに字幕機能がついていない時代だったので、家族と一緒にテレビを観ても私だけ内容がわかりませんでした。そのため、父が近くのビデオレンタル屋で洋画を借りてきてくれたんです。洋画だったら字幕がついてるので私も観られるからと。それで初めて観た映画が『E.T.』でした。字幕のおかげで家族と一緒に映画を楽しむことができて、すごく嬉しかったです。それから毎週毎週アメリカのアクション映画ばっかり(笑)、借りてきてくれました。私は地元の小学校に通っていたんですが、友達のおしゃべりに入れず淋しい思いをしていました。でも、家に帰ると元気が出る映画のビデオがある。映画を観ることでいつも元気をもらってきたので、自分も大人になったら映画を作って、元気や勇気を分けてあげられたら良いなという夢が生まれました。
マイソン:
それでアメリカに行ったんですね。
今村彩子監督:
邦画は字幕がないので洋画ばかり観ていたし、アメリカは自由の国で夢が溢れているというイメージで憧れがありました。
マイソン:
アメリカと日本ではいろいろ面で違いがあると思うんですが、特に印象に残っていることはありますか?
今村彩子監督:
まずアメリカに行って私が1番ビックリしたのは、アメリカのろうの学生が、聞こえる学生と同じように堂々としていることです。日本では、友達にボランティアでノートテイク(先生の話を紙に書いていく)をしてもらってたんです。90分もずっと書くって大変なのに無償で、いつも申し訳ないという気持ちでした。友達は優しいから気にしないっていつも言ってくれたんですけど、それでも申し訳なく思っていました。アメリカは手話通訳の派遣制度もあって、費用も大学が払ってくれるし、耳のきこえない学生はもしも通訳が下手だったら通訳を変えることができるんです。それにもビックリしました。通訳が付いているだけでも有り難いのに、下手だったら「変えて」って言っても良いんだって(笑)。でも、それは向こうでは当たり前なんです。ろうの学生も学ぶためにお金を払っています。通訳が下手だったら勉強ができない。そういった日本と全然違う背景もあり、アメリカのろう学生は自信を持っています。
マイソン:
アメリカに行って良かったですね。
今村彩子監督:
良かったです。日本に帰ってきて、大学に復学した時に「私が大学に入ったのは遊ぶためではなくて学ぶためです。だから、手話通訳を付けて欲しい」って言ったんです。私の学部がろう学校の先生や養護学校の先生になるための教育学部だったので、他の大学と比べたら、そういうことに関する理解はあるほうでした。そういう環境もあって、3ヶ月後には手話通訳の派遣が叶いました。そういう意味では恵まれていたと思います。
マイソン:
アメリカでの待遇を知って、復学した日本の大学に提案したとは、すごい改革ですね!後に続く人にとっても嬉しいことですよね。ところで本作は、まあちゃんと今村監督のありのままの日常を映していて、2人の関係の変化を捉えたドキュメンタリーでしたが、撮り始めた時、どんな形で終わらせるかは決めていましたか?
今村彩子監督:
終わり方はわかっていませんでした。映画を撮ると決めた時、まあちゃんと喧嘩の最中だったので、映画を撮るって言ってもダメって言われるだろうと思っていたんです。だから、良いよって言われた時はビックリしました。同時に「映画を観た人が皆、まあちゃんのことをアスペルガー症候群って知ることになるけど良いの?」って心配になったんです。というのも、友達や家族、職場の人もまあちゃんがアスペルガー症候群だということは知らなかったので。
マイソン:
そういう背景があったんですね。(本作ではまあちゃんがアスペルガー症候群だと知ることのように)その人について情報を得ることで、理解が深まると同時に、枠にはめてしまうジレンマをこの作品を観て強く感じました。前作も含めてこれまでいろいろと取材を受けてきて、ご自身が枠にはめられているなと感じたことってありましたか?
今村彩子監督:
最初の頃は、いつも映画監督の前に“耳が聞こえない”っていう言葉が付くこと、“耳の聞こえない映画監督”という見られ方がすごく嫌でした。以前はやっぱり枠にはめられたくないっていう複雑な思いがあったんです。でも、それで他の映画監督とは違うアドバンテージもあって得するというか、逆に関心を持ってもらいやすい、前に出やすいと今は思っています。私の中できこえないということは消えないことだし、耳がきこえないという部分から生まれるものもあると今は考えています。
マイソン:
あと、まあちゃんが「手話は言葉を選ばなくて良いから話しやすい」とおっしゃっていたのがとても印象的でした。手話を使わない方と使う方の1番の壁は何だと思いますか?
今村彩子監督:
やっぱり文化が違います。手話はろうの文化を強く持っている部分があり、手話を使わない人には日本語の文化があります。後者は言いにくいことを遠回しに伝えようとするから、何が言いたいのかわかりにくい。まあちゃんはそれが苦手で、「はっきり言ってくれれば良いのに」って。特に日本人はすごく気を使うから、受け手によっては「良いの?ダメなの?」って混乱するんですよね。それに比べてろうの文化はわかりやすい、良いかダメかはっきりしてるから。そういう意味で、手話のストレートでズバズバした言い方と、手話を使わない人の遠回しな言い方ですれ違いはあります。
マイソン:
日本特有の文化の中で言葉を使うことで、より複雑になっているんですね。じゃあ、手話を使う方にとっては欧米の人とのほうがコミュニケーションがしやすいんですかね?
今村彩子監督:
日本と似たような文化の国だったら摩擦はあるかも知れないですが、アメリカなどはっきり自己主張をする国、身振り手振りをする国だったら、手話は相性が良いかも知れません。日本人は身振り手振りで話すのを恥ずかしがりますからね。それに表情もあんまり変わらないので、何を考えているのか、どんな気持ちなのか、今はマスクをしているから余計に気持ちが読み取れなくて、っていうのはあると思います。
マイソン:
なるほど〜。これまでの監督作品の観客の反応で、健常者の方と障がいをお持ちの方で違いはありますか?
今村彩子監督:
映画によっても違うんですけど、『Start Line(スタートライン)』という映画は、自分が苦手なコミュニケーションをテーマにして、沖縄から北海道まで自転車で旅をして撮ったんです。映画を公開したら、耳がきこえる人も同じようにコミュニケーションで悩んでいるという声がたくさん寄せられて、最初ビックリしたんです。「きこえてもコミュニケーションに悩んでるの?」って、初めて同じなんだなと思いました。それまでは、きこえる人はコミュニケーションに問題を抱えていないって思ってたんです。聞こえるからスムーズにやり取りできるはず、私はきこえないからコミュニケーションができないんだって。でも、それは言い訳だったんだなって気づきました。初めてきこえる人を身近に感じることができたんです。
マイソン:
違うことよりも、同じことがよくわかるってことなんですね。では、監督がこれまでで1番影響を受けた映画か、映画監督がいれば教えてください。
今村彩子監督:
一番好きな映画は『E.T.』です。言葉が通じない宇宙人と男の子がだんだん心を通い合わせていくのがすごく素敵だなって。小学生の時に観た、その当時の感覚がまだ残っているというか、大事な映画です。好きな映画監督は…、この監督の感性が好きだなっていうのは、ドキュメンタリー映画を撮っている伊勢真一監督です。優しい世界観がとても好きなんです。
マイソン:
この後、ドキュメンタリー以外の作品を撮る予定はありますか?
今村彩子監督:
ドキュメンタリーが好きなので、今のところはドキュメンタリーでやっていきたいと思っているんですけど、将来はもしかしたらドラマをやってみたいと思うかも知れません。
マイソン:
英語圏とか海外を舞台に撮る予定はどうでしょうか?
今村彩子監督:
それも今のところ予定はないですけど、やっぱり文化が違う人と一緒に何かやるというのはおもしろいので、いつかはやってみたいなと思っています。
マイソン:
すごく楽しみです。
今村彩子監督:
今までは、きこえない人とかアスペルガー症候群とか、マイノリティにカメラを向けていたんですけど、今、作りたいなと思っている映画のテーマは、真逆のマジョリティで、しかも社会的な勝ち組である男性です。仕事もお金も持ってる男性が私にとっては1番何を考えて生きてるのかわからないので、カメラを向けたら何か見えてくるのかなって興味があるんです。
マイソン:
おもしろそう!今後の作品も期待しています。ありがとうございました。
2020年8月28日取材 PHOTO&TEXT by Myson
『友達やめた。』
2020年9月19日より新宿K’s cinemaほか全国順次公開/ネット配信同時スタート
監督・撮影・編集:今村彩子
出演:今村彩子/まあちゃん
配給:Studio AYA
人と器用に付き合えない、アスペルガー症候群のまあちゃんに対して、理解があるようでいて内心悶々としたものを抱えていた今村彩子監督。ある日、今村監督はまあちゃんに本音をぶつけ…。障がいのせいかも知れないと相手を理解しようと自分を抑える一方で、その枠に当てはめて相手を見てしまうというジレンマを抱えながら、どうしたら良い関係を築けるかを模索する今村監督の心の変化が赤裸々に綴られたドキュメンタリー。
©2020 Studio AYA