心理学

心理学から観る映画13:芸術活動が人間の心に及ぼす効果とは?

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『草間彌生∞INFINITY』草間彌生

この世の中に、心の病や問題は無数にありますが、心理療法と呼ばれるものもたくさんあります。その中で今回は、芸術療法についてご紹介します。

自我を守るための無意識的な心の働き、防衛機制

人はさまざまな欲求を持って生きていますが、いつもそれを満たすことができるとは限りません。また欲求そのものや、欲求不満が問題行動に繋がってしまうことも考えられますが、こういう場合に人間は無意識に適応的な行動を取ろうとします。それを適応の機制と言い、適応の機制は、その時抱える障害に対して、攻撃、逃避、防衛機制という形で表れます。

でも多くの場合、人は攻撃や逃避とは異なる方法で問題を解消し、もとの目標に少しでも近づいていこうとします。“無意識”という概念を生み出した精神分析学の創始者ジークムント・フロイトの娘、アンナ・フロイトは10種類の防衛機制《退行/抑圧/反動形成/隔離/打ち消し/投影/取り入れ/自己への反転/逆転/昇華・置き換え》を取り上げています(丹野ほか 2015)。

この中の“昇華・置き換え”は、渡辺ほか(2009)によると、「抑圧された欲求や感情が、本来の対象とは別の代理的な対象に置き換えられる。置き換えられる対象は人に限らず、事物である場合もある。芸術やスポーツなどの社会的に容認された行動に置き換えられる場合を昇華とよぶ」と定義されています。

もちろん全部が全部そうではありませんが、芸術作品の中にはエロチシズムを表現したものや、暴力的な描写などがありますが、抑圧された心理が昇華された形と言えるものもあるでしょう。

映画『永遠の門 ゴッホの見た未来』ウィレム・デフォー

映画『永遠の門 ゴッホの見た未来』の中でゴッホは、徐々に心を病んでいきますが、彼自身病気であるからこそ絵が描けるのだと語るシーンがあります。彼の場合、誰かに言われて絵を描くという療法を行っているわけではありませんが、自然に芸術へと心が傾倒していき、絵を描くことによって精神を保っていたのだと考えられます。では、芸術療法はどんな効果があるのでしょうか。

中島ほか(1999)による芸術療法の定義は、「さまざまな芸術作品を創造する活動に従事することを通じて、心身の健康を回復することを目的とする心理的治療全般のこと」となっており、絵画療法、音楽療法、詩歌療法、箱庭療法、コラージュ療法(貼り絵)、舞踏療法などが挙げられています。またその効果は、①言語的、論理的にでなく、イメージによって自己の内面を表現することにより内的葛藤が解放されることによるカタルシス効果(浄化)、②芸術作品が“投影法”心理検査的な働きを持つことにより“無意識”が明らかになり、治療の手がかりが得られる効果、③芸術の創造活動が“リハビリテーション”として効果を発揮することで、機能不全を起こしていた心身の機能が回復する効果などにまとめられるとしています。ただ、芸術療法は実践のなかから効果が評価されてきているものの、具体的にどの効果がどのような変数によってどれだけの効果を生んでいるのかまではまだ十分に明らかにされていないようです。

映画『ホドロフスキーのサイコマジック』アレハンドロ・ホドロフスキー

療法としては、科学的根拠がさらに出てくることを期待しますが、私達の日常の中で、昇華の一つの方法として芸術は大きな役割を果たしていると言えるでしょう。また“昇華”の形として作られたものでなくても、人の心を映し出しているという意味では、芸術は人間を知る一つの術にもなります。絵、音楽、映画…とさまざまな芸術がありますが、作り手の心情を想像しながら観てみるといろいろと解釈も広がりそうですね。

<参考・引用文献>
丹野義彦・石垣琢磨・毛利伊吹・佐々木淳・杉山明子(2015)「臨床心理学」有斐閣
渡辺浪二・角山剛・三星宗雄・小西啓史(2009)「心理学入門」おうふう
中島義明・安藤清志・子安増生・坂野雄二・繁枡算男・立花政夫・箱田裕司(1999)「心理学辞典」有斐閣

『永遠の門 ゴッホの見た未来』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
2020年6月3日DVDレンタル開始&発売

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

本作では、ゴッホの孤独感と苦悩が描かれると共に、彼には世界がどんな風に見えていたのかが、絵に表れているのがわかります。彼にとって絵を描くことは生きるための命綱であることを映し出しています。

永遠の門 ゴッホの見た未来(字幕版)

© Walk Home Productions LLC 2018

『草間彌生∞INFINITY』
2020年7月1日デジタル配信先行開始
2020年8月5日ブルーレイ&DVD発売

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

日本を代表する芸術家、草間彌生の壮絶な人生を追ったドキュメンタリー。一見とてもパワフルな彼女が、精神的な病で苦しんでいることも明かされ、彼女の生み出す芸術が訴えているメッセージを観る者に想像させてくれます。

【Amazon.co.jp限定】草間彌生∞INFINITYBlu-ray

Theatrical one-sheet for KUSAMA – INFINITY, a Magnolia Pictures release. Photo courtesy of Magnolia Pictures.
Portrait of Yayoi Kusama in her studio. Image © Yayoi Kusama. Courtesy of David Zwirner, New York; Ota Fine Arts, Tokyo/Singapore/Shanghai; Victoria Miro, London; YAYOI KUSAMA Inc.
SONG OF A MANHATTAN SUICIDE ADDICT, 2010-present. Image © Yayoi Kusama. Courtesy David Zwirner, New York; Ota Fine Arts, Tokyo/Singapore/Shanghai; Victoria Miro, London/Venice; YAYOI KUSAMA Inc.
Yayoi Kusama, Infinity Mirrored Room-Love Forever, 1966/1994. Installation view, YAYOI KUSAMA, Le Consortium, Dijon, France, 2000. Image © Yayoi Kusama. Courtesy of David Zwirner, NewYork; Ota Fine Arts, Tokyo/Singapore/Shanghai; Victoria Miro, London; YAYOI KUSAMA Inc.

映画『ホドロフスキーのサイコマジック』アレハンドロ・ホドロフスキー

『ホドロフスキーのサイコマジック』
2020年6月12日より全国順次公開

内容は、アレハンドロ・ホドロスキー監督のこれまでの作品がいかに“サイコマジック”であったかを解き明かすというもの。ホドロフスキーが考案した心理療法“サイコマジック”は、科学的根拠に基づくものではなく、アートとしてのアプローチから生まれたセラピー。その効果はいかに。

©SATORI FILMS FRANCE 2019 ©Pascal Montandon-Jodorowsky

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『デューン 砂の惑星PART2』ゼンデイヤ ゼンデイヤ【ギャラリー/出演作一覧】

1996年9月1日生まれ。アメリカ出身。

映画『チネチッタで会いましょう』ナンニ・モレッティ/マチュー・アマルリック チネチッタで会いましょう【レビュー】

タイトルに入っている“チネチッタ”とは…

Netflixドラマ『さよならのつづき』有村架純/坂口健太郎 ポッドキャスト【だからワタシ達は映画が好き22】2024年11月後半「気になる映画とオススメ映画」

今回は、2024年11月後半に劇場公開される邦画、洋画、Netflixの最新ドラマについてしゃべっています。

映画『Back to Black エイミーのすべて』マリサ・アベラ Back to Black エイミーのすべて【レビュー】

類稀な才能を持つ歌姫エイミー・ワインハウスは、2011年7月、27歳の若さで逝去…

映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』川栄李奈さんインタビュー 『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』川栄李奈さんインタビュー

真面目な公務員と天才詐欺師チームが脱税王との一大バトルを繰り広げるクライムエンタテインメント『アン…

映画『ドリーム・シナリオ』ニコラス・ケイジ ドリーム・シナリオ【レビュー】

ニコラス・ケイジ主演、『ミッドサマー』のアリ・アスターとA24が製作、さらに監督と脚本は『シック・オブ・マイセルフ』のクリストファー・ボルグリと聞けば、観ないわけには…

映画『海の沈黙』菅野恵さんインタビュー 『海の沈黙』菅野恵さんインタビュー

今回は『海の沈黙』であざみ役を演じ、これまでも倉本聰作品に出演してきた菅野恵さんにお話を伺いました。本作で映画初出演を飾った感想や倉本聰作品の魅力について直撃!

映画『六人の嘘つきな大学生』浜辺美波/赤楚衛二/佐野勇斗/山下美月/倉悠貴/西垣匠 六人の嘘つきな大学生【レビュー】

大人になると、新卒の就活なんて、通過点に過ぎないし…

映画『トラップ』ジョシュ・ハートネット ジョシュ・ハートネット【ギャラリー/出演作一覧】

1978年7月21日生まれ。アメリカ、ミネソタ州出身。

映画『ふたりで終わらせる/IT ENDS WITH US』ブレイク・ライブリー ふたりで終わらせる/IT ENDS WITH US【レビュー】

「ふたりで終わらせる」というタイトルがすごく…

部活・イベント

  1. 【ARUARU海ドラDiner】サムライデザート(カップデザート)
  2. 【ARUARU海ドラDiner】トーキョー女子映画部 × Mixalive TOKYO × SHIDAX
  3. 【ARUARU海ドラDiner】サポーター集会:パンチボール(パーティサイズ)
  4. 【ARUARU海ドラDiner】プレオープン
  5. 「ARUARU海ドラDiner」202303トークゲスト集合

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画『淪落の人』アンソニー・ウォン/クリセル・コンサンジ 映画好きが推すとっておきの映画を紹介【名作掘り起こし隊】Vol.2

このコーナーでは、映画業界を応援する活動として、埋もれた名作に再び光を当てるべく、正式部員の皆さんから寄せられた名作をご紹介していきます。

映画『聖☆おにいさん THE MOVIE~ホーリーメンVS悪魔軍団~』ムロツヨシ 映画好きが推すイイ俳優ランキング【国内40代編】個性部門

個性豊かな俳優が揃うなか、今回はどの俳優が上位にランクインしたのでしょうか?

映画『あまろっく』江口のりこ 映画好きが推すイイ俳優ランキング【国内40代編】演技力部門

40代はベテラン揃いなので甲乙つけがたいなか、どんな結果になったのでしょうか。すでに発表済みの総合や雰囲気部門のランキングとぜひ比較しながらご覧ください。

REVIEW

  1. 映画『チネチッタで会いましょう』ナンニ・モレッティ/マチュー・アマルリック
  2. 映画『Back to Black エイミーのすべて』マリサ・アベラ
  3. 映画『ドリーム・シナリオ』ニコラス・ケイジ
  4. 映画『六人の嘘つきな大学生』浜辺美波/赤楚衛二/佐野勇斗/山下美月/倉悠貴/西垣匠
  5. 映画『ふたりで終わらせる/IT ENDS WITH US』ブレイク・ライブリー

PRESENT

  1. 映画『バグダッド・カフェ 4Kレストア』マリアンネ・ゼーゲブレヒト/CCH・パウンダー
  2. 映画『型破りな教室』エウヘニオ・デルベス
  3. トーキョー女子映画部ロゴ
    プレゼント

PAGE TOP