「酒は飲んでも飲まれるな」という言葉がありますが、酒に飲まれたなと見受けられる人は街中でよく見かけます。適度に嗜む程度なら良いですが、アルコール依存になると苦労します。そこで今回はアルコール依存に陥る心理学的メカニズムをご紹介します。
ほんとにそれ、楽しくて飲んでる?
酒と女とドラッグに溺れる天才詩人が主人公の『ビーチ・バム まじめに不真面目』という映画があります。マシュー・マコノヒーが演じる主人公ムーンドッグの破天荒な生き様が魅力的な作品で、本作を観ていると、酒を手放せなくても自由に楽しく生きていけそうな気がします。この映画は楽しく観ていただきつつ、ここでは視点を変えて、彼は本当に楽しいだけで飲んでいるのかを考えてみます。
アルコール依存になるメカニズムについては、認知行動理論や、ジークムント・フロイトが創始した精神分析の視点といった心理学的な立場によって見解が複数あります。精神分析的説明では、「患者は不安定な幼児期を過ごし、物質を自己摂取する傾向がある。アルコール濫用は自慰行為と同等か、不安衝動に対する防衛や口唇期への退行の表現でもある。過度に懲罰的な超自我をもつ可能性もある(丹野他, 2015)」とあります。ここでいう物質というのは、依存性物質のことで、薬物やアルコールの他、カフェイン含有飲料や医師から処方される薬の一部も含まれます。
口唇期というのは、フロイトによって提唱された精神性的発達論の第1段階のことです。生後から1歳半を口唇期、1歳半から3歳までを肛門期、3歳から5歳を男根期、6歳から12歳を潜伏期、思春期以降を性器期として、各発達段階に特徴的な性格傾向があるとした理論です。口唇期は授乳や食物摂取に伴う唇、口腔、その周辺のリビドー興奮が性的な快感と結びつき、この時期に固着がある人は口唇性格と呼ばれ、体内化(呑み込み)、取り入れ(摂取)、投影、否認がこの時期特有の防衛機制とされています(丹野他, 2015)。『ビーチ・バム まじめに不真面目』の場合は、幼少期の物語が描かれていないのでこの理論に通じるところがあるのかはわかりませんが、ただお酒が好きという以上の何かが作用しているのかもしれません。
次に認知行動理論では、アルコール依存のメカニズムをどのように定義しているのか見てみましょう。認知行動的アプローチでは、期待理論、緊張低減理論、モデリング理論、バランス理論、ストレスへのコーピング理論があります。
■期待理論:人は飲酒を開始する前から酒や飲酒に対する情報だけでなく期待も持っており、飲酒経験が増加するにつれて、その期待は定着し、飲酒量が多い人ほどアルコールの悪い作用よりも良い作用への期待が高まる。この衝動は薬理作用だけではなく、認知的な期待によるところが大きい。期待には自己効力期待と結果期待に分ける考え方もあり、例えば酒を飲むと気が大きくなるというのは、自己効力期待の高まりを意味し、不適切な行為をしてしまった場合は酒のせいにできるので、それもまた自己効力感を高めてしまう。また飲酒は何らかの行為が成功する予想確率を高めるため、例えば対人不安が強い人は飲酒によって社交がうまくいくという予想確率が高まるとしたら、緊張と不安が低減され飲酒が続く。
■緊張低減理論:アルコールの薬理作用によって実際に緊張や不安が低減する可能性は高く、依存が形成されてしまうと離脱症状による不快感を低減するために飲酒し続けることもある。
■モデリング理論:飲酒には観察と模倣が大きく影響する。家族や所属する集団、社会の飲酒文化へのモデリングが考えられる。
■バランス理論:飲酒を抑制する要素と飲酒を促進する要素を天秤にかけ、促進要素が勝っている人は飲み続ける。
■ストレスへのコーピング理論:さまざまなストレスに対処するために依存が起こる。
丹野他(2015)
これらの理論をもとに『ビーチ・バム まじめに不真面目』の主人公を観察してみると、見た目の陽気さとは裏腹に、彼の苦悩も見えてくるような気がします。映画では彼の苦労話のようなシーンはあまりありませんが、現実的な物語に置きかえて考えると、さまざまなストレスがあり、大きな出来事も起こるので、ただ楽しくて飲んでるわけではないのかもしれません。
もし身近にアルコール依存が心配な方がいたら、表面的なことだけでなく、さまざまな角度から依存を引き起こしている問題がないか見てみてください。アルコール依存のリハビリテーションも複数あるので、助けを得ることも有効だと思います。そしてご自身もお酒の量も飲酒の頻度も増えてきたなと思ったら、何か無意識にストレスを感じていることがないかなど、振り返ってみてください。問題をお酒で解決せずに、お酒はぜひ楽しむために飲んでください。
<参考・引用文献>
丹野義彦・石垣琢磨・毛利伊吹・佐々木淳・杉山明子(2015)「臨床心理学」有斐閣
『ビーチ・バム まじめに不真面目』
2021年4月30日より全国順次公開
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
ものすごくぶっ飛んだストーリーなので悲壮感がないのですが、よくよく考えると、主人公にはいろいろなことが起きていて、主人公の飲みたくなる気持ちもわかるんですよね。
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TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)