私達は普段当たり前のように、お箸を使ってご飯を食べたり、パソコンを起動させて文字を打ったりしていますが、なぜわざわざその動作の行程を頭に浮かべないままそういった行動がとれるのでしょうか?また、アクション映画を観ていると、主人公が素早く相手の攻撃に反応して防御したり、次の手を出したりしていますが、そんなことがなぜできるのでしょうか?
映画『ブラック・ウィドウ』では、主人公のナターシャが子どもの頃から暗殺者として鍛えられたという過去が明かされていますが、物語の中で暗殺集団についての会話に“手続き的記憶”という言葉が出てきます。今回はこの手続き的記憶についてご紹介します。
人間の記憶は保持時間の長さによって、短期記憶と長期記憶に分けられます。短期記憶(short-term memory)で保持できる時間は15〜30秒で、短期記憶は、例えば問い合わせをしようとしてインターネットで調べた電話番号をスマホに入力するような時や、相手が言った言葉を復唱する時などに使われ、その後頭から消えていきます。ただ、その中で重要だと思う情報や、何度もアクセスする情報は長期記憶(long-term memory)に保存されます。
そして長期記憶に保存された知識は、手続き的記憶と宣言的記憶に分けられます。まず宣言的記憶は、言語により記述できる、事実に関する記憶と定義されています。宣言的記憶はさらにエピソード記憶、意味記憶に分類されます。エピソード記憶とは、個人的な体験や経験と結びつき、経験者の主観的な印象を伴う記憶です。意味記憶とは、辞書に書かれているような定義的な知識など、客観的に共有することができる一般的な情報についての記憶のことを指します(田爪, 2018)
一方、手続き的記憶は言語化できないものが多く、手続き的記憶の例としては、自転車の乗り方や楽器の弾き方などといった技能に関する行動的スキルや、暗算など方略に関する認知スキルが挙げられます。また、長期記憶には顕在記憶と潜在記憶という区分もあり、手続き的記憶は想起しているという意識をともなわず無意識のうちに行動に影響を及ぼしている潜在記憶に分類されます。構造的には、潜在記憶が基礎となって顕在記憶(意識して想起する記憶)が成立していると考えられています(田爪, 2018)。
「身体で覚える」「身体が覚えている」などという表現がありますが、これは手続き的記憶のことを指していると言えるでしょう。同じことを何度も何度も繰り返すうちにそれは潜在記憶、手続き的記憶となっていきます。マット・デイモン主演“ボーン”シリーズのジェイソン・ボーンも記憶を失っていますが、彼が記憶を失っても戦闘能力を保っているのは、戦い方を手続き的記憶として保持しているからだと考えられます。こういった映画の制作者が科学的根拠に基づいた記憶のメカニズムをどこまで意識しているかはわかりませんが、そういう視点で観ても興味深く映画を楽しめます。
<参考・引用文献>
田爪宏二(2018)記憶と情報処理 田爪宏二・本郷一夫ほか(編著)「講座・臨床発達心理学③認知発達とその支援」ミネルヴァ書房 pp.58-64
無藤隆、森敏昭、遠藤由美、玉瀬耕治(2018)「心理学」有斐閣
『ブラック・ウィドウ』
2021年7月8日より全国公開中/7月9日よりディズニープラスプレミアアクセスにて公開中
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
ナターシャのあの決めポーズも手続き的記憶だったりして(笑)。何のことかは本編でチェックしてみてください!
©Marvel Studios 2021
『ボーン・アイデンティティ』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中
手続き的記憶だけでなく、過去の重要な記憶が潜在記憶に残されているからこそ、彼は徐々に覚醒していくんでしょうね。逆に考えると、人の記憶を人的に消去しようとした場合、潜在記憶は守られるのか興味が湧きますね。
TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)