ネタバレ注意!『スパイダーヘッド』
薬を使って人の感情を人工的に操作することはできるのでしょうか?映画『スパイダーヘッド』では、薬で感情を操作できるのかという実験の様子が描かれています。そこで、今回は感情が生まれるメカニズムについて、実際の心理学の理論を映画の設定と照らし合わせてみます。
まずは感情に関する研究史の中で代表的な学説をご紹介します。
■ジェームズ=ランゲ説(感情末梢説):「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しい」という考え方。
■キャノン=バード説(感情の中枢説):「身体反応と並行して感情は生じる」とする考え方。
■シャクター=シンガー説(感情の2要因理論/認知覚醒理論):「感情は、生理的覚醒とその覚醒状態に適合した認知によって生起する」という考え方(例:ドアを開けて誰かが立っていれば〈驚き〉、立っていたのが泥棒なら〈恐怖〉に転じるし、友人なら〈安堵と〉に転じる)。
■アーノルドの感情の認知評価理論:「対象の評価(よいーわるい)が先行し、その評価に基づき接近か回避かの行動傾向が導かれ、結果として感情が喚起される」というもの。
■感情の認知説(ラザルスなど):「感情の喚起に先行し、あるいは感情の喚起に決定的な役割を果たすプロセスとしての認知・評価を重視する」考え方。
■ザイアンスの単純接触効果:「認知と感情は独立した体系であり、認知が関与しなくとも感情は生み出される」というもの。
(心理学検定局, 2009, pp.140-141)
以上のように感情に関する研究は、「生理反応、感情体験、認知評価」という三者の関係性について議論されてきました。現在では、三者それぞれが相互に影響を及ぼし合っているという見方でほぼ一致している(心理学検定局, 2009)といわれています。
映画『スパイダーヘッド』で行われている実験は、あるシチュエーションに被験者を置き、薬を投与することによって生理反応を起こし、その場にある物や人を見てどんな行動を起こすかを観察しています。そういう意味では、「生理反応、感情体験、認知評価」すべての観点で実験を行っているといえます。
『スパイダーヘッド』に登場する研究者スティーヴ(クリス・ヘムズワース)はこの研究によって薬を開発しようとしていますが、薬で人間の感情はどの程度操作できるのでしょうか?
感情にまつわる生理反応には、神経化学物質が関与しています。例えば、セロトニンの低下は、強い怒り、それに伴う暴力、ドーパミンは快感情に関連性があるといわれています。このように神経化学物質は、感情体験と強い関連がありますが、「特定の感情の喚起にのみ効果をもたらすものではない」とされています。(心理学検定局, 2009, pp.140-141)
『スパイダーヘッド』の中で、被験者が投与される薬は何が配合されているのかわかりません。ただ、どんな薬であれ、神経化学物質の生成や放出を多少コントロールできたとしても、現実的には完全に人間の感情を制御する薬を作るのは難しいといえるでしょう。
だから、映画『スパイダーヘッド』で行われている実験は不可能に挑戦しているという意味ではリアルといえるでしょう。でも、チャンネルを変えるように投与する薬によって人間の感情をコロコロ変えるようなことはできません。そんな薬はできっこないからこそドラマチックなストーリーになっているといえます。
<参考・引用文献>
日本心理学諸学会連合 心理学検定局(2009)「心理学検定 基本キーワード[改訂版]」実務教育出版
『スパイダーヘッド』
2022年6月17日よりNetflixにて独占配信中
「感情を制御する薬なんて作ってどうするんだ?」と思いますが、その点が研究者スティーヴのパーソナリティとも関わってきておもしろいです。
TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)