映画『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』来日記者会見:ロブ・ライナー監督、ケン・モリツグ(元ナイト・リッダー社記者)
『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』の監督であり、メインキャストを演じたロブ・ライナーが初来日。日本外国特派員協会で記者会見を行いました。そして、元ナイト・リッダー社記者で15〜16年前にワシントンにいたというケン・モリッグ氏も登壇。今回はお2人のお話をたっぷりと掲載します。
嘘の情報で恐怖を煽る現代社会で、ジャーナリズムの意義を問う
【ロブ・ライナーによるコメント】
このような場所にお招き頂きまして本当にありがとうございます。今、部屋の中を見回してみると、もしかしたら自分が一番年上かも知れません。自分はちょうどベトナム戦争が起こった時、徴兵される年齢には既になっていました。そして2003年にイラク戦争の侵攻があり、そこまでに至る過程でも「何でこんなことが起きているんだろう」という怒りを感じていました。ベトナム戦争の時と全く同じように、嘘が根拠となって戦争に行くという光景を再び見ていたわけです。なぜそれを止められないのか、なぜそういうことが起きるのか、そういうようなことを考えるところから、映画を作ろうと考えました。
世界中で抗議の声が挙がっており、妻と共に僕も抗議活動に参加しました。まるで、自分の子どもが通りに走り出て、トラックに轢かれてしまうのがわかっていながら、それをどうすることもできないような気持ちで見ている。そんな無力な親の気持ちでした。なぜかと言えば、僕らは知っていたからなんですよね。
例えば、“9.11”とその線に何の繋がりもないこと、大量破壊兵器の証拠がないこと、そしてアルミ缶を使っての濃縮ウランを生成することができないということ、こういうことがわかっているのに、なぜ動いて行ったのか。
当時のイラク侵攻というのは“9.11”後ということもあり、一般市民が大変な恐怖心を持っていたわけなんです。それを当時の政権が上手く煽り、自分達の目的に使ったわけです。 “アメリカ新世紀プロジェクト”というネオコンのシンクタンクが作った書類があり、これはソ連の崩壊後にアメリカがどのように自分達の力を使ったら良いのかを提案したものになります。それは“9.11”の随分前に書かれたもので、その中で既にイラク侵攻をすることが決められていたわけです。その考え方としては、戦後式の民主主義というものを中東に据えることができれば、イスラエルを守ることができ、中東にも民主主義の考え方が広まっていき、安定するのではないかというわけです。けれども、第二次世界大戦後にそもそもフランス、イギリスの介入があり、地域ごとに分かれている状況ではそんなことが果たせないのは明らかだったと思うんですが、この政権は敵のために一般人の不安を煽って、形にしていったわけです。自分としては、なぜアメリカの一般市民がこんなにも政府がつく嘘をそのまま鵜呑みにし、そのまま惨事に繋がっていったのかを検証したいと強く思い、映画にしたいと思いました。
そして、いくつかのやり方を考えました。例えば、『博士の異常な愛情』(1964年、スタンリー・キューブリック監督作)のような風刺映画。これは上手くいきませんでした。ドラマではどうかと思ったのですが、これでも成立せず、数年経った時にリンドン・ベインズ・ジョンソン元大統領のホワイトハウス報道官であったビル・モイヤーズが手掛けたドキュメンタリーを目にしました。ここで初めて僕はナイト・リッダー社と、今回の映画に登場する4人の記者について知ることになりました。元々いろいろなことを自分で調べている僕でさえ彼らのことは知らなかった。
彼らは真実を掴み、それを一般市民に届けようと戦ったけど、それを届けることができなかった。それはなぜなのか。そのことがこの映画の基盤になると考えて映画を作っていきました。ですから、この映画の冒頭でも文字で出てくるんですが、健全なる民主主義というのは、独立した自由なプレス、メディアなくしては成立しないと考えています。それがこの作品を作った理由ですし、また一般市民が真実を知ることがなければ、つまりジャーナリズムを通して彼らに届いていないのであれば、当然その体制に対するアカウンタビリティ(説明責任)を一般市民が問うことができない、そういう思いでこの作品を作っています。
そして、製作当時はまさかここまで現代に響くような作品になるとは考えてもいませんでした。撮影中に大統領選があり、ドナルド・トランプが当選しましたが、今ほどプレス、メディアが攻撃されている時代はないと考えています。アメリカ大統領がメディアは民衆の敵である、フェイクニュースであると攻撃されているのをはじめ、まさに彼のやり口は権威主義、あるいは独裁政治のプレイブックそのものなんです。恐怖心を一般市民の中に煽り混乱させた上で、それを解決できるのは自分だけだと颯爽と登場するというやり口。それと同じようにロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、UKに影響を及ぼし、トランプの当選にも介入しました。同じようなやり口で当選したわけです。ですから今まさに独裁政治と民主主義の戦いのテンションが高まっていると思うんですね。なので、今こそ権力やその政府のアカウンタビリティを問うために、ジャーナリズムというものは真実を伝えていかなければいけないと考えています。
【ケン・モリッグ氏によるコメント】
まずはライナー監督にこの映画を作ってくれてありがとうと御礼を申し上げたいです。2つの意味で私にとっては本当に意味のあるものでした。私もナイト・リッダーで記者として働いていたので、非常に胸が熱くなるような思い出が蘇ってきました。あとは知られざるこの勇気ある記者達の姿を映画で伝えてくれているというところに大きな意義があると思っています。こういった記事が出ていたことを知らない人も多いんですね。アメリカのジャーナリズムの世界では、多少知っている人もいるかも知れませんが、知られざる彼らの姿を知ることができて、本当に良かったです。実は政治家だけじゃなくて、ビジネスでも多くの人が市民に真実を伝えたくないという風に考えているんです。ただ民主主義がしっかり機能するためには、ジャーナリズムが人々に事実を伝えるという役割を担う必要があります。その最たる例がこの映画にも出ていると思います。
私はジャーナリストですので、皆さんにこれは良いですよ、悪いですよと言うべきではありません。あくまでも事実を伝えてそこから判断をして頂く。それがしっかりとした民主主義のためには必要です。当時、この4人の記者、ジョナサン・ランデー、ウォーレン・ストロベル、ジョン・ウォルコット、ジョー・ギャロウェイが非常にフラストレーションを持って、一生懸命に仕事をしていた。でも彼らの声は誰の耳にも届かなかった。NYタイムズや、ワシントン・ポスト、ベルトウェイ以外のところであまり影響力のない新聞になるとその情報は届かないという事実がありました。私達は地方紙30紙を束ねる会社でしたので、ベルトウェイの外のリアルなアメリカの読者にはこのストーリーを伝えたんですが、結局はワシントンの権力者に伝わることはなかった。今も彼らはそれを不満に思っているんじゃないかと思います。いろいろなことが起きている激動の時代で、どんどんイラク侵攻になりそうな気配が色濃くなってきた時、私自身ジョン・ウォルコットに「本当にイラクに制裁に行くんだろうか?信じられない」と話したところ、彼は「信じなさい。これから実際に戦争になるのだから」とまで言われました。
国外の本作への反応から見える現状とは
【ロブ・ライナーによるコメント】
アメリカ以外で自分が国外の上映で体感することができたのは、チューリッヒの映画祭、ドバイの映画祭、そして今回の日本です。3ヶ所ともアメリカよりもとても大きな反応を観客の方から頂きました。2003年から抗議活動が世界中で起きていて、今回の国外の反応と合わせて考えると、何が起きているのか、アメリカ国内よりも国外にいらっしゃる方のほうが、イラク侵攻に関しても間違っていると、クリアに見えるのかなと思いました。アメリカでは、恐らくメディアもグループとして、当時のトラウマにまだ皆が向き合っている段階で、もしその体制、政府に対して批判的なことをすると、非愛国的だと見られるんじゃないかと感じていたように思います。ですから日本の観て頂いた反応というのは、良いものになると考えていますし、今日本の報道の自由度が67位まで落ちた(日経新聞の統計)というお話を聞いて恐ろしいですけれど、少なくともアメリカも日本も、金正恩、ウラジーミル・プーチンのような人が率いるような国にはまだなっていない。ですので、日本は自由な国としてこの作品を受け止めてくださったら嬉しいです。
トランプ政権がジャーナリズムに及ぼす影響
【ロブ・ライナーによるコメント】
トランプ大統領が当選して以降、例えばFOXニュースのような国営メディアとも呼べるようなメディアと、逆に今まさに政府に対して反論をしているCNNやワシントン・ポスト、それからNYタイムズなどの媒体と、両方が存在している状況だと思います。後者がアカウンタビリティを取るために非常に尽力していると思います。2003年とどう変わったかということに関しては、2003年は情報が真実なのかということを精査していく作業がされていなかったと思うんです。これは、2003年だけでなく、2016年の大統領選にも言えます。アメリカのテレビ局CBSの社長レスリー・ムーンベスがこんなことを言っていました。「国のためにトランプは良くない。CBSのためには良い」と。つまり金儲けには繋がるという考え方です。今もトランプについて取り上げられることが多いわけですが、国に良くないからという思いで、まさに民主主義を崩壊しかねない存在として彼のことを見ている者がいる。それと同時に単純に売れるから彼を記事にするということも行われていると思います。それで後者が、究極的真実にたどり着くことができて、一般の方に届けられるのであれば、何であれ意味があるとは思うんですね。まるでホワイトハウスにリアリティ番組のスターがいるような状況で、我々メディアは彼をどんな風に報道したら良いのか、その方向を模索している段階なのではないかと思います。特に国営とも言えるようなメディアの情報しか得ていないような方々にどうやったら届くのだろうかと。
ロブ・ライナー監督のお話を聞いて、本作で描かれる問題は他国の遠いお話ではないと痛感しました。政治的なテーマを扱っているので難しいように思うかも知れませんが、いち社会人として自分の仕事が世の中にどう影響をもたらせるかなど国や立場を越えて共感できるポイントもたくさんあります。これを機に、私も目にする情報をもっと精査して受け取らなければいかないなと感じました。本作は豪華キャストも見ものですので、映画好きにもオススメです。
映画『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』来日記者会見:
2019年2月1日取材 PHOTO&TEXT by Myson
『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』
2019年3月29日より全国公開
配給:ツイン
公式サイト
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