映画業界人インタビューVol.9 翻訳家(ACクリエイト株式会社 代表取締役会長) 菊地浩司さん【前編】
Category : 映画業界人インタビュー , 大学生・専門学校生
今回は、エージェントのらいらいと、moが取材しました。2回に渡ってお届けします。
今は普通に使われている言葉には、翻訳がきっかけのものも
ごはん:この業界に入ろうと思ったきっかけや、このお仕事に就いた経緯を教えてください。
菊地さん:全く成り行きで、映画の字幕をやるなんて考えてなかった。大学を出た1970年当時は、アンダーグラウンドな日本のお芝居とかがすごくおもしろい時代だった。寺山修司とか唐十郎とか、歴史に名を残すような人達が登場して、全体的に熱気のある時代で、僕は何となく隅っこでその真似をしてました。就職しないでブラブラしていたら、新宿で映画喫茶を作った大学の先輩に声をかけられてね。映画は本来、映画館で観るものだけど、その先輩がお茶を飲みながら観られる場所を作りたいと言ったんです。
とはいっても、フィルムが手に入らないでしょ?当時はビデオもない時代だからね。アメリカでは家庭用の16ミリフィルムっていうのがあったんです。それをその先輩がアメリカから輸入して、喫茶店で流して見せるっていう話だったの。ただしちゃんとした映画はやっぱり手に入らなくて、チャップリンとか、サイレント映画を最初に持ってきた。サイレント映画はセリフはしゃべらないんだけど、幕間に文字が出る。アクションだったら、「この野郎」とかって。アメリカの映画だから英語で書いてあるので、それを日本語にしなきゃいけないわけ。そのサイレント映画に日本語字幕をつけた、っていうのが僕の一番最初の字幕かな。
それをやってくうちに今の映画、トーキー映画もやっていこうかってことになって。当時トーキー映画に字幕を入れるラボがあったから、そこに行って「字幕翻訳ってどうやってやるんですか?」って教えてもらって、最初は真似ごとで字幕を始めた。これが1番最初に字幕の翻訳をやるようになったきっかけです。で、ちょうどサイレント映画からトーキー映画を翻訳するようになった頃に、日本の会社が16ミリの外国映画を輸入して流すっていうのを始めて、「16ミリの映画を丸ごと翻訳しているやつがいるぞ」って、そういうところから仕事をもらうようになって、16ミリの翻訳を始めたんです。映画館で公開する映画はヒットするものもしないものもあるけど、ヒットしないなら捨てちゃうから、16ミリになるってことは基本良い映画、名作が多いんです。だから16ミリ時代に良い作品にたくさん出会って、名作に傷つけてすいませんって感じだけど(笑)。
一同:いやいやいや!
局長:その時代は劇場公開されるのは邦画がメインだったんですか?
菊地さん:アメリカ映画がいっぱいありましたよ。第二次世界大戦で日本が負けたあと、アメリカは日本人の頭の構造を変えようと、アメリカ映画を大量に持ってきたの。だから戦後はそういう専門の配給会社があって、そこはアメリカのフィルムを集中的に入れて、映画館で流してた。日本人も文化に飢えてたから、アメリカの映画を観て感動して喜んだらしい。僕は終戦直後のことは知らないけど、時代としてはそんな感じだったらしいね。その後、ヨーロッパの映画もたくさん入ってきて、イタリア映画だと『鉄道員』、フランス映画だと『禁じられた遊び』とか、名作がたくさんある。もう少し時代が後になってくるけど、フランス映画では二枚目のアラン・ドロンとか、ジャン・ギャバンっていうすごく渋いスターもいるんだけど、これがフィルム・ノワールって言われる、ギャング映画で大ヒットしたんです。あの頃はヨーロッパ映画が大ヒットしてたし、アメリカ映画ももちろんすごかったし、その後、1960年代くらいはマカロニ・ウェスタンがすごく流行った。クリント・イーストウッドなんかはマカロニ・ウェスタンで大ブレイクしたの。
一同:へぇ〜〜〜〜!!!
菊地さん:マカロニ・ウェスタンっていうのはイタリア製のウェスタンって意味なんだけど、実はそれは日本人が作った言葉で、日本人はイタリアのものはマカロニだと思ってるじゃん(笑)。でもアメリカでは、スパゲッティ・ウエスタンって言ってた。
mo:似たり寄ったりですね(笑)。
局長:急に翻訳家が必要になる時代があって、翻訳家の方も増えたんですか?
菊地さん:終戦後、アメリカ映画がたくさん入ってきて、それでも翻訳家は4、5人だったかなぁ。
mo:4、5人!
菊地さん:もうちょっといたかも知れないけど、主に表に出て活躍している先生は4、5人だったかな。天才だよね。清水俊二っていう先生がいて、東大出身で、経済学部だったけど、ずっと翻訳をやって、宝塚の人達と仲が良かったから、先生の周りには宝塚の女優さん達が集まってて、すごく羨ましかった(笑)。
一同:あはははは。
菊地さん:あと我々がこの人天才だなって思っているのが、高瀬鎮夫(たかせしずお)先生。この先生は英語だけじゃなくてフランス語も堪能で、ラボに行くと、辞書も持たずに台本だけを見て翻訳してるんだよね。試写を一回観ただけで、音も画もない台本だけを見て訳してるのに、実際に映画と字幕を合わせるとぴったりなの。
一同:へぇ~~~~!!!!
菊地さん:でも朝っぱらから、麦茶を飲んでるのかと思ったらウイスキーを飲んでたね(笑)。「菊地君も飲みますか?」って言われるけど、「いやいや結構ですって」言ってたね(笑)。
局長:ハハハハ。個性的な方が多いですね!翻訳家はただ英語ができるだけじゃなく、限られた文字数で訳さないといけないし、意訳を好まないファンもいるし、気の利いた訳だったら話題になることもありますが、翻訳のセンスって、ある人とない人の違いってどういうところにあるんでしょうか?
菊地さん:違いはあることはあるかもね。何を上手いとするかは時代とともに変わると思うけど、ダメな場合もある。つまんないというか、言葉が巧みな人の翻訳と、真面目な人の翻訳の違いかな。
局長:正しい日本語に忠実な方と、ちょっと意訳をしてでも雰囲気を伝えられる方の違いって、どういうところですか?
菊地さん:忠実な人ってあまりいないと思う。英語に忠実ということは、意味をきちんと訳すということにはならないから、あたかも辞書通りの訳は、言葉としては言葉足らずでだめなんだよね。英語のニュアンスをどのくらい残すのかってことと、その雰囲気、そのセリフの持つ気持ちっていうか。そういうのをどう出していくかは、人によってさじ加減はありますよね。
局長:それは作風で「この作品だとあの人が合いそう」とか、頼む側の方もだんだんわかってくるんですか?
菊地さん:映画の配給会社が「この作品はこの人だろう」って思って仕事を出すこともあるけど、映画会社によって違うから必ずしもそうではない。ただ、俺なんかだとラブストーリーを頼まれることはなかったの。「俺もラブストーリー大丈夫だよ」って言ったけど、「嘘つけ!」って言われた(笑)。
局長:ハハハハ。これまで担当された作品は、アクションが多いですよね。
菊地さん:アクションばっかり。
局長:ご自身でやっていておもしろいジャンルや、作品の傾向はありますか?
菊地さん:う~ん。でも、ラブストーリーは自分でやっていても、わかんなくなっちゃうの(笑)。
らいらい:アクションとラブストーリーとで、翻訳の難しさってどう違うんですか?
菊地さん:アクションにもいろんなアクションがあって、特に最近のものはSFが多いでしょ。例えば“スター・ウォーズ”は実在しないから、それはそれで、新たな言葉を考えなきゃいけない。有名なところだと“フォース”って言葉があるでしょ。この言葉を昔、岡枝慎二先生が“理力”って訳した。そしたらそんな日本語はないって週刊誌で散々叩かれて、今はカタカナで“フォース”って書くし、それでわかるようになったけどね。
一同:確かに!!
菊地さん:ラブストーリーは日常を描いている作品が多いから、言葉を新たに作ることはあまりなくて、そういう意味ではラブストーリーのほうが生活に近いのかも知れないね。
局長:このセリフの女心がわからないとかって、ないですか(笑)?
菊地さん:もうね、そんなのばっかり(笑)。1回だけね、ジェーン・オースティンっていうイギリスの19世紀の作家の名作で『いつか晴れた日に(原題:Sense and Sensibility)』っていうタイトルがあってね。何を間違えたか、僕に依頼がきたの。イギリスの18世紀か19世紀かを舞台にしていて、主人公が三姉妹。それに、男が一人。三姉妹だから、僕には女性皆同じ言葉になっちゃうわけ。でも、3人ともキャラクターが違うから、それじゃ本当はだめなわけで、一人ひとりしゃべり方も違わなくちゃいけない。男だったら、3人出てきたら3人全部違う言葉を使えるだけど、残念ながら、三姉妹はわからない(笑)!
局長:たしかにそうですよね。
菊地さん:逆に女性の翻訳家だったら、男3人皆同じような言葉になっちゃうんだよね。
mo:難しい。
菊地さん:日本語は特にそういうところがあって、主語も日本語は山ほどあるでしょ。英語は全部“I(アイ)”って言うけど、日本語は“私”“僕”“俺”って、全部雰囲気で変えていかなきゃいけないから、それは英語だけ読んでもわからない。“猿の惑星”の時は、この猿のIは、“俺”なのか“僕”なのか、“私”なのかって、猿の顔を見ながらすごく悩みました(笑)。
一同:あははは(笑)。
mo:そういう時は、映画制作会社の方と話し合ったりせず、翻訳家の方が決めるんですか?
菊地さん:とりあえずはね。でもそれを観て、「これはこうじゃないですか」っていうのが出てくれば、また考えるけど、基本は翻訳者が決める。
一同:へ〜。
局長:ちょっと演出家の要素が必要ですね。
菊地さん:ハハハハ。でも逆にいうと、その雰囲気を読み取ることだよね。
局長:となると、どっちの文化もわかってないと訳せないですよね?
菊地さん:うん。翻訳者っていうのは、例えばアメリカと日本があって、間に橋があるとすると、そのどこに立っているか、つまり橋の真ん中なのか、アメリカ側なのか、日本側なのかによって訳し方が全然変わってくるわけ。橋の真ん中に立っているっていうのはあんまりなくて、実はどっちかに立ってる。今は日本と外国のギャップがすごく少なくなってきて、いろんなものが大体わかる。だけど、例えば“ルートビア”って、って日本で聞くとビールかなって思うけど、向こうだと子ども向けの炭酸飲料なんだよね。で、その時にどう訳すか。カタカナでそのまま“ルートビア”って訳すと自分勝手になっちゃうし、固有名詞だけじゃないけど、そういうことって年中あって、そのたびに悩むわけだよ。でも、その時点で日本人にはわからないかも知れないけど、とりあえず輸入する。輸入することに意味がある。
例えばね、『歴史は夜作られる』っていう名作があって、『タイタニック』みたいな話なんだけど、アメリカからフランスに初航海をする船上の物語で、主人公が名シェフなわけ。この人の得意料理がブイヤベースなんだけど、この映画が公開された時代(1937年公開)に、誰もブイヤベースなんて知らないんだよね。これは清水俊二先生が翻訳したんだけど、先生は“ブイヤベース”ってそのまま翻訳したの。でも映画で「あ~、こういうのなんだ」って皆が観て、ブイヤベースが有名になったの。
mo:そこからなんですね。
菊地さん:だから映画は文化を輸入するっていう役割がある。
今回の記事担当:らいらい
■取材しての感想
いつも洋画を観る時は字幕派で、翻訳家の方ってすごいなと漠然と感じていましたが、菊地さんのお話を聞いて本当に様々な試行錯誤をして、文字をあててるんだなと思いました。貴重な裏側のお話が聞けてとても楽しかったです。ありがとうございました。
取材日:2018年7月6日
知って得したと思えるお話がたくさん飛び出し、私達は「へ〜」「なるほど」の連発でした(笑)。次回も映画ファン必見のお話がギッシリです!→【後編を読む】
AC クリエイト株式会社
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