映画業界人インタビューVol.9 翻訳家(ACクリエイト株式会社 代表取締役会長) 菊地浩司さん【後編】
Category : 映画業界人インタビュー , 大学生・専門学校生
映画は、文化を輸入する役割がある
局長:今みたいにインターネットとかですぐ調べられない時代は、知らないものが出てきた時にどうされてたんですか?
菊地さん:聞く!
一同:アハハハハ(笑)。
菊地さん:例えば、LPD【Los Angeles Police department】とか、Highway Patrolとか、警察の種類もいろいろあるでしょ?日本と警察の組織が違うから、わからないとドラマ自体がわからなくなっちゃう。となるとそれは調べなきゃいけないから、知ってそうな人に聞く。それと同時に、日本語に翻訳しなくちゃならないから、日本の警察のことも知らなくちゃいけなくなる。例えば、日本の警察で“巡査部長”って偉い地位に聞こえるけど、実際は日本の警察の中では下のほうなんだよね(笑)。
一同:へぇ〜。
菊地さん:下から二番目くらい。そういうことが頭に入ってないと、上手に訳せないわけよ。
らいらい&mo:確かに。
菊地さん:あと、最近はあんまり使わないけど、“police”のことを日本では“お巡りさん”、悪く言えば“お巡り”って言い方をしてて、私服の“detective”は刑事でしょ。でも日本では刑事はデカとも呼ぶ。そうすると、“お巡り”とか“デカ”って、良い言葉なのか悪い言葉なのかわからないまま使って、警察から怒られちゃうと困るから、警察に問いあわせて「“お巡り”って言い方をしても良いですか?」って聞いたりしてね。
一同:へぇ~〜(笑)!
菊地さん:わからないことが多いから、警察や自衛隊とかには、よく電話しましたよ。あとアメリカの地方検事って田舎の検事だと思ってたら、選挙で選ばれる、その地区で一番偉い検事なの。日本では検事を選挙で選んだりしないけど、アメリカでは州知事みたいな地位なんだよね。そういうのが頭に入ってないと、訳す時に間違えちゃう。
局長:それは、やりながら学べる部分と最初から知ってないとできないことがあるんですか?
菊地さん:最初は知らないから、出会う度に知っていく。
局長:なるほど~。実は、moは翻訳家を目指しているんです。
mo:はい…やりたくて、今日来ちゃいました(笑)。
菊地さん:おお~(笑)。
局長:彼女のように、翻訳家になりたい人はどんな準備をしたら良いでしょうか?
菊地さん:英語がすごくできる人達が増えたけど、実はそんな必要でもない(笑)。TOEIC満点でも、翻訳で使う英語とはギャップがあって、英語を読み込む力っていうのかな。トライアルというか、ちょっと例題を出してみるね。
菊地さん:これ、映画の翻訳じゃないんけどね。それほど難しい単語は書いてないけど、おおよその意味はわかる?
’I still miss my ex-husband, but my aim is improving. ’
mo:まだ前の夫に未練があるけど前を向いて行くわ…?
菊地さん:うーん…、みんなそうやって訳しちゃうんだけど、実は全然違うんだよ。このaimっていうのは狙いって意味で、ここにあるmissっていうのは、それに対する言葉なの。
一同:あ~!
菊地さん:「私はまだ前の旦那に弾をあてることができない」、“miss”は、「打ち損じる」って意味。もちろん未練があるって意味もあって、ここではダブルミーニングで使われてる。
mo:そっちの意味か!
菊地さん:「だけど、私の狙いはだんだん良くなっていってるわよ」って言ってるわけ。
らいらい&mo:難しい~(笑)!
菊地さん:決して難しいわけではないんだけど、みんなひっかかる(笑)。でもこの言い回し、ネイティブはすぐ理解できるんだよね。
局長:言葉の組み合わせからも意味を読み取るんですね。
菊地さん:そうそう。でもこの“miss”を“寂しい”って訳しちゃうと、次の文が訳せなくなっちゃう。
らいらい:そういう感覚は、海外で生活して触れていくことで養えるんですか?
菊地さん:いや映画のセリフに触れてれば大丈夫だよ(笑)。映画のセリフってこういうの多いんだよ。
一同:へぇ~~!
菊地さん:一見単純な話し言葉のようだけど、脚本家が一生懸命頭を使って考えてるから、単純なセリフじゃないことが多い。
らいらい:そっか~。
菊地さん:字幕なんか無くてもわかるって言う人がいるけど、そんなに簡単ではないぞ~って(笑)。
局長:なるほど。じゃあ逆に、DVDとかで日本語で聞いて、英語の字幕で観るというのも良いんですかね?
菊地さん:英語の勉強だったら良いんだよね。イアン・マクレガーって友達がいるんだけど、知る限り日本語を英語に訳すのが一番上手。彼の訳した日本映画を字幕つきで観ると、「ああ、(英語で)こう言うんだ~。なるほど」って。
局長:マクレガーさん、覚えておきます!
菊地さん:あとはね、日本語の感覚。英語ができても大事なところを見落とすと、映画がつまんなくなっちゃう。できないのが普通なんだけど、自分の英語に自信を持たないことも大事。
mo:自信を持たない?
菊地さん:わからないって思った時には、わかる人に必ず確認すること。わからない度に必ず確認する。たぶんこうだろうって思っても、確認する。特にこういう大切なところはね。
局長:ユーモアのある言葉を、ユーモアがあるように訳すのも難しいですよね。
菊地さん:だから今度は日本語のセンスが必要になるわけよ。大体意味はわかってて、日本語でなんて言えばいいかわからない単語はどうすれば良いかなとか、それこそ字幕は字数制限もあるし。
一同:確かに。
局長:翻訳者になりたいなら、翻訳の勉強ができる学校に入ったほうが良いということはありますか?
菊地さん:我々の時代はそんな学校はなかったからなぁ。僕は法学部で英語なんて関係なかったし、ただ多少、学生時代に会話はできたかな。一つは、日本語の練習をしたほうが良い。ピカソみたいな絵を描く人も、デッサンがめちゃくちゃ上手で、ダリとかも若い時からすっごく上手なんだよね。だから、日本語のデッサンみたいな、本当は俳句でも短歌とかでも良いんだけど、例えばこの部屋を文で表してみるとか。それも自分のために書くんじゃなくて、誰かが読んだ時に、この部屋を思い浮かべられるように、表情とか動かないものをいかにイメージできるか、文章で書く練習をする。そうすると、表現力がつく。
局長:ほぉ~。
菊地さん:日本語の翻訳は一つの表現だから、そういう言葉のデッサンで練習しておくと、こういう時はこう訳せば良いっていうのが自然と身についてくるのね。だから日本語のデッサンをしておくと良いよ。英語は後からでも良い。
らいらい:今まで訳して一番おもしろかった、楽しかった作品はなんですか?
菊地さん:うーん…、よく言うんだけど、『スタンド・バイ・ミー』かな。まだ若い頃にやった作品なんだけど、主人公と同い年で、映画の中に出てくるいろいろなシーンがほんとに自分の若い頃と同じで、小学校の頃の夏ってあんな感じだったよな~って思えた。自分で翻訳しながら共感できたんだよね。
局長:逆にぶっとんでるというか、意味がわかりづらい作品も、それはそれで楽しいんですか?
菊地さん:言えません(笑)。でもまぁコメディはおもしろいよね、一番難しいんだけど。
局長:ダジャレとか、英語で韻を踏んでいる言葉を、日本語でも韻を踏んで訳しているのが、いつもすごいなと思います。
mo:本当にすごい。
菊地さん:映画って長く残るから、いつ観てもおもしろくしなきゃいけないんだよね。
mo:10年後、20年後に更新していくんですか?
菊地さん:そういうことがあまりないから難しいんだよね。今風の、時代ウケする訳をしても良いんだけど、僕が良い映画だなって思うのは、10年後、20年後の人が観てもウケるように訳しているもの。それはどっちが正しいとかではないんだけどね。
局長:さじ加減がすごく難しそうですね。2時間の映画だと、翻訳のお仕事はどれくらい時間がかかるんですか?
菊地さん:ピンキリだけど、机に向かって翻訳してる時間は4日くらい。
局長:もうほぼ缶詰状態ですかね。
菊地さん:まあ8時間くらいずっとかな。僕と戸田さん(戸田奈津子さん)なんかは早いから、4日くらいでやって、その前後に試写をやったり、ずっと翻訳だけしてるわけではないから、だいたい全部で1週間くらいで終わるのかな。一番多く翻訳してた頃は、年に50本翻訳してたから、1週間に1本のペースでやってたかな。
一同:えぇ~、すご~い!
菊地さん:当時はビデオがなかったから、3回映画会社に行って観るのよ。一番最初に観て、机に向かって翻訳して、2回目はその原稿と映画を付け合わせて、あとはラボで字幕を入れてもらって、最後に字幕の入った状態で観る。40本やるとしたら、120回は映画会社に行って映画を観ることになるから、その間に時間をみつけて翻訳するわけよ。
らいらい:すごいな~。
mo:では、最後にどんな人が翻訳者に向いてますか?
菊地さん:戸田さんを筆頭として石田康子さん、松浦美奈さんとか、今劇場公開の映画を翻訳している人達はみんな基本明るいよね。おしゃべりが好きで、じーっとしてるより、明るい人が多い。
mo:お会いしてみたいです。
一同:ありがとうございました!
今回の記事担当:mo
■取材しての感想
とても気さくで、お話の上手さが印象的でした。思わぬところで翻訳に挑戦させていただきましたが、やっぱり、英語の読み込みや制限内での置き換えは難しい…。だけどそれ以上に楽しく、興味深いことばかりで、さらにやりたいという気持ちが強まりました。他の翻訳者さん達の話もおもしろくて、今回お話を聞けて良かったです!ありがとうございました!
取材日:2018年7月6日
AC クリエイト株式会社
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