無声映画の時代、登場人物のセリフに声をあてたり、物語を説明する活動弁士が日本中で活躍していました。本作はそんな活動弁士(カツベン)を夢見る青年を主人公にした物語で、映画愛がたっぷりと詰まっています。今回インタビューさせて頂いた、周防正行監督、そして主演の成田凌さんのお話からも、映画愛がたくさん伝わってきました。
<PROFILE>
周防正行(すお まさゆき)
1956年生まれ、東京都出身。立教大学文学部仏文科卒。1989年、本木雅弘主演『ファンシイダンス』で一般映画監督デビューを飾り、注目を集める。1992年、再び本木雅弘と組んだ『シコふんじゃった。』で、第16回日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ、数々の映画賞を受賞。1993年には、映画製作プロダクション“アルタミラピクチャーズ”の設立に参加。1996年、『Shall we ダンス?』では、第20回日本アカデミー賞13部門を独占受賞。同作は全世界で公開され、2005年にはリチャード・ギア主演でハリウッド・リメイク版も製作された。2016年には、紫綬褒章を受章。他監督作には『それでもボクはやってない』『ダンシング・チャップリン』『終の信託』『舞妓はレディ』などがある。
成田凌(なりた りょう):染谷俊太郎役
1993年11月22日生まれ、埼玉県出身。MEN’S NON-NO専属モデルとして活躍すると同時に、俳優としては、テレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』、連続テレビ小説『わろてんか』や、映画『キセキ ーあの日のソビトー』『劇場版コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-』などの話題作に出演。その他出演作に、『ニワトリ★スター』『ラブ×ドック』『ビブリア古書堂の事件手帖』『スマホを落としただけなのに』『チワワちゃん』『翔んで埼玉』『愛がなんだ』『さよならくちびる』『人間失格 太宰治と3人の女たち』などがある。本作『カツベン!』では映画初主演を飾った。
自分の世界観が1本の映画によって、揺るがされてしまう、それが映画の持つ力
〜活動弁士の魅力〜
周防正行監督:
なぜ活動弁士っていう仕事が日本で成立したのかというと、“語り”の文化があったからなんですよね。海外でも全く映画を説明しなかったわけではなくて、ヨーロッパでもアメリカでもそういうことをしたという記録はあるんです。だけど、職業として、文化としては成立しなかった。じゃあ日本でなぜ成立したのかというと、無声映画が“語り”の始めじゃなくて、浄瑠璃や落語、講談、浪曲など、“語り”の文化が日本には根付いていたんです。そこに無言の芝居や無言の画があれば、何かを語らずにはいられないし、観客もそこに語りが入ることを全然不自然に思わないんです。紙芝居もそうです。絵をめくりながら語ることによって、皆が物語を楽しむ、本当に物“語り”ですよね。だから活弁の魅力は“語り”なんですよ。それを映像っていうものとどうリンクさせるのかが個性、語り口っていう、本当にライブパフォーマーという存在ですよね。
成田凌さん:
無声映画、活動写真という1つの作品があって、自分ですべてを考えてナレーション、声優的なことをやるんですね。役者目線からすると、それは意外とできていないというか、わりと主観的になってしまう瞬間もたまにあるので、全体を網羅しているがゆえにそれぞれの個性が出るという、1つの作品が1つじゃなくなるっていうのは、すごいことだなって単純に思いますね。
〜この時代に活弁をやる意義〜
周防正行監督:
リュミエール兄弟が映画の父って言われるのは、フィルムで撮影してそれを壁なりスクリーンに大きく投影して、それを不特定多数の人と一緒に観るっていう、少なくともそれが映画の最低限の定義だったわけなんです。でもデジタルになって、なおかつインターネットで配信ができるようになって、スマホの画面で映画を観るっていう風になって、映画が動画のコンテンツって言われちゃうような、今は映画の定義が揺らいでいる時代だと思うんです。昔100年以上の歴史を刻んできた、僕らが言う映画っていうものが何か揺らいでいるからこそ、そもそも映画ってどんな風に始まったのかということ、少なくとも日本に映画が入ってきた時にそこに生身の人間の語りが付いたんだということ、そしてその活動弁士の存在が初期日本映画30年を支えてきたということを知ってもらいたい。その活動弁士っていう存在がほとんど忘れられていて、やっぱりそれはちょっと悲しいなって。彼らが確実に映像文化を支えていた時代があったのだから、そのことは皆に知って欲しいなと思ったんです。これはたぶん今やらないと、映画とは何かっていうことがますます曖昧になってくる。もっと後になっちゃうと、今流通している動画っていうものが既に映画って枠を越えちゃっていて、その時にこの作品を撮っても映画とは別の種類の何かって思われちゃうかも知れない。今だったらかろうじて、映画とは何かという共通イメージがまだ少し残っているから、いけるかなって、そういう最後のチャンスだったのかも知れないです。
〜今の映画に必要なこと〜
マイソン:
活弁って、声優だったり、演出だったりみたいな役割も同時に持っていると思ったのですが、今回演じてみて俳優さん以外の役割に興味を持ったところはありますか?
成田凌さん:
活弁はやりたいですね。役者も良いし、どっちもっていうのも良いですよね。両方やっている方っていたんですかね?
周防正行監督:
活動弁士を辞めた後に役者になった人はいます。徳川夢声さんは、作家でもあったし、彼が最初のマルチタレントだって言う人もいます。活動弁士を辞めた後も喋りでまず自分の道を切り拓いて、そこから作家としても高い評価を受けて、なおかつ作品にも出るという方だったし、大辻司郎さんは活動弁士を辞めて、初めて漫談家と名乗り、芸人になったりと、いろいろな人がいました。
成田凌さん:
人前で喋るあの感覚はやっぱり良いんですよね。
周防正行監督:
ライブパフォーマーだから、役者に近いんじゃないですかね。
成田凌さん:
本当にそうですよね。表現しちゃいますもんね。僕は普通にテレビとかを観ていても出ている人の表情とかが移っちゃうから、表現は常にしているんですよね。今はもう無理だけど、あの時代に生きていたら活弁はやりたいです。役者も。今活躍されている人達は本当にすごいから、やっぱり勝てないですよ。もっと早く出会いたかった。だから子ども達に観てもらいたいっていう思いはあります。
マイソン:
映画のフォーマットが変わってきて、今だと逆に技術が発達している分、いろいろ想像を越えるものを作ることができるけれど、逆にこの映画の時代には今ほどの技術がない分、観客が想像を膨らませる部分が多かったのではないかと思ったのですが、そういった時代の変化について、監督はどう思われますか?
周防正行監督:
それは結構難しい比較です。当時はあれが最先端の映像技術ですからね。写真が動いているだけで皆びっくりして、それだけで大満足なんだから。世の中で普段見ている動きが、ただスクリーンに再現されているだけだったのに、皆びっくりしたんです。だから、チャールズ・チャップリンとかバスター・キートンが出てきて、それまで見たこともないアクションを、まさに自分達の想像を越えるものとしてただ浴びるように観ていたっていうことです。作っているほうもまだ映画っていうものが何なのかわからずに、フィルムで撮影し、それを投影して見るシステムが誕生したから、それをどう使ってどう表現していくのかを試行錯誤しながら撮っていた。いや最初は表現というよりも、ただ現実にある動きをコピーするっていうことがスタートなんです。最初は映画なんてものもなくて、エドウィン・S・ポーターが『大列車強盗』という作品を作って、それが西部劇映画の始めと言われていますが、「お!活動写真が物語を見せてくれるんだ!」っていう驚きがあったんですよ。だから皆が当時の技術で、今は今の最先端の技術の中で、「一体何ができるんだ?」っていう試行錯誤をしている。それって実はいつの時代も同じなんです。ただ僕らが生まれた時から映像表現を観ているか観ていないかの差で、当時の人にとっては動くだけでそれは驚愕する世界だったってことです。
マイソン:
映画は人を驚かせる役割を持っていたんですね。では今の時代の映画に必要なものは何でしょうか?
周防正行監督:
自分がずっと映画ファンで、観ていて何が快感かっていうと、自分のそれまでの価値観を壊してくれたり、揺さぶってくれたりすること。映画誕生時には写真が動くっていう常識破りに皆驚いた。そして写真が動くことが常識になった時、自分の世界観が1本の映画によって、揺るがされてしまう、もしくはひっくり返されてしまう、そういうのがやっぱり僕は映画の持つ力だと思っています。皆が驚くような映像を見せるっていうよりは、皆が驚くような価値観を突きつける。もっと言えば世界は広く、さまざまな価値観があるんだっていうものを突きつけるのが、僕にとっての映画表現なので、そういう意味ではこれから先の技術革新が僕の映画作りにどう作用するのかは、具体的にはわかっていないです。もしかしたらこういうことを表現するためには、今ある技術だったらこれが使えるとか。今回初めてデジタルで撮ったんですけど、こんなに簡単に物を消せるんだとか、デジタルで撮ると後処理がこんなに楽なんだってことはありました。映画の舞台は大正時代ですからロケに出れば映っちゃいけないものだらけなのに、消すことができる。黒澤明監督みたいに「あの家が邪魔だ。壊せ」って言わなくて済むので、すごい技術革新なんですよ。経済的にもね。その時代の技術のレベルと表現っていうものの相関関係というか、いろいろなものがあって、そう簡単に今と昔を比べられるものではないと思います。僕らが今持っている価値観とは全然違うので。
成田凌さん:
「あの家が邪魔だ。壊せ」って相当おもしろい(笑)。1回その場で笑っちゃいそうですね。でも「笑ってないで壊せ」とか言われそうですよね、すごい!!
周防正行監督:
大変だよね。「鉄塔倒してこい」とか言われたらどうしようって(笑)。
成田凌さん:
誰に許可取れば良いんだろう(笑)。
マイソン:
大変ですよね(笑)。
〜映画館で観るからこそできる“映画体験”〜
マイソン:
最近では映画館以外でもいろいろなデバイスで映画を観られるようになりましたが、気軽に観られることはすごく良いなと思いつつ、お金を払って観てもらうことがすごく難しくなってきたんじゃないかと思っています。お2人は映画を映画として観てもらうために何が必要だと思いますか?
周防正行監督:
今僕が撮っている作品は、映画館のスクリーンで上映されるっていう前提で撮っているんですよ。だから小さい画面で一人で観てもらっちゃ、こちらの狙いと違うんです。小さい画面で一人で観てもらうんだったら、それに合う撮り方が絶対にある。前提として大きなスクリーンで観てもらう、それも映画館で皆と一緒に観てくださいっていうのが僕の願いです。あと1つは、何も知らないで観て欲しいっていうこと。だけど今回も、活動弁士の話だということや、主人公の名前ばかりか、どんな若者なのか、観る前から皆が知る状況になっている。シナリオは、いつ主人公が登場してどういう風に名前を呼ばれるのか告げるのかとか、すべての登場人物について観客は何も知らないという前提で作るんですよ。にも関わらず、今自分で宣伝活動をやりながら、その前提をすべてぶち壊しているという(笑)。
一同:
ハハハハハ!
周防正行監督:
だから何の情報もなく観てもらうっていう、そんなことあり得ないってわかっているのに、その前提で撮っている自分っていうのが辛いところです(苦笑)。
マイソン:
私も含めてですが、周囲の映画ファンは情報をなるべく入れずに観る人のほうが多い印象です。
周防正行監督:
本当?じゃあ良かったです。僕も情報を入れないで映画を観るようにしているので。
マイソン:
今回もタイトル、キャスト、監督以外は情報を入れずに観て楽しませて頂きました。ありがとうございます。成田さんはいかがですか?
成田凌さん:
家のテレビの画面やスマートフォンと映画館って違うもののような気がするんですよね。スマートフォンやテレビでは全部は伝わらない気がするというか、息一つはやっぱりリビングじゃ聞こえないし。映画って何かやっぱり特別なものじゃないですか。僕は映画館へ行く派なので、それ以外で観る感覚はあまりわからないんですよね。
マイソン:
全部のシーンに集中しなくてもストーリーはわかるから、映画館で映画を観ている途中でもスマホを見るという人もいるようで、それに対して映画ファンからのブーイングがSNS上で起こったというニュースが最近話題になりました。映画から伝わるものって、ストーリーだけじゃないから、そういう映画の観方ってちょっと寂しいですけどね。
成田凌さん:
ストーリーで観に行ってるかって言われたら別にそうじゃないじゃないですか。何でしょうね、映画って。逆にわかりたいですね。どうしたら観に来てくれるんだろうって。
周防正行監督:
でも映画好きな人ってどこかで映画にガツンとやられた体験がある人達じゃないかって思うんですね。だから難しいかも知れないけど、そういう人達(途中でスマホを見る人達)もちゃんとスクリーンと向き合って、何か良い映画体験ができるよう、「これは動画のコンテンツじゃなくて、映画なんだ」って思う体験をどこかでできるように仕向けないといけないなって思いますよね。昔は学校で皆で映画を観るっていう時間もあったんですけどね。今はどうなんですかね?
マイソン:
私の頃はありました。
成田凌さん:
学校で映画を観るんですか?
マイソン:
学校行事として生徒皆で映画館に観に行くんです。
成田凌さん:
えー!!
周防正行監督:
僕はチャップリンの『モダン・タイムス』を高校の時の映画鑑賞会で、日比谷で観たんですよ。以前、母校の中学校の先生から「皆で今度『シコふんじゃった。』を観に行く」って言われた時は、その映画館に行って上映前に挨拶をしました。
成田凌さん:
すごい!!そういうのしたいです。
マイソン:
良いですね!
周防正行監督:
だから逆に応援上映とか良い試みだなって思うんですよね。皆で観ることの快感みたいなこと、それをどこかで覚えていて欲しいなって。
マイソン:
やっぱり映画館で観る醍醐味みたいな。
周防正行監督:
そうですね。
マイソン:
では最後の質問ですが、日本の映画界で変わって欲しいところはありますか?
成田凌さん:
時間がなくお金もない状況で映画を作って、それができちゃっているんですが、それを良しとして欲しくないなというか、良い作品を丁寧に撮れるような環境があれば良いなと思います。『カツベン!』では、本当に素晴らしい環境でお芝居をさせてもらって、この作品みたいな撮り方をしていたら、やっぱり良い作品が撮れる。でも、しんどい状況だとなかなか良いものが生まれないこともあると思います。あと、現場のご飯は大事。
一同:
ハハハハハ!
成田凌さん:
ご飯をちゃんと食べたい。
周防正行監督:
ご飯は大事だよね。本当に。
成田凌さん:
本当に大事ですよね。それで1回休みの日に現場に豚汁を作りに行きました。
周防正行監督:
美味しかったです。ごちそうさまでした!
成田凌さん:
やっぱり温かいものが1つあると良いですよね。
マイソン:
そうですよね。
成田凌さん:
僕が作って皆にふるまいたいという本当に主観的な愛情で、いろいろな方にすっごく迷惑をかけましたけど。
マイソン:
でも皆さんすごく喜ばれたんじゃないですか?
成田凌さん:
食べた方には喜んで頂けたんですけど、こんなに迷惑をかけるんだってことも学びました。バタバタとキッチンを借りて頂いたり、こういう主観的な愛情はもうやめようって思いました(笑)。
周防正行監督:
キッチンカーで乗りこまないといけないよね。自分でチャーターして(笑)。
成田凌さん:
そうですよね(笑)。
マイソン:
でもどんな作品の現場でも、そういう時間も大切にできる余裕が持てるようになれば良いですよね。
成田凌さん:
そうなんですよね。エネルギーとか目指しているところは、同じ気持ちで良いものを作りたいっていうことなので、それは大切にしていきたいし、だからこそ諦めで気持ちがどんどんいろいろなほうに行って欲しくないなっていうのはありますね。無責任な意見ですけど。
マイソン:
いやいやいや。率直なお話をありがとうございます。監督はいかがですか?
周防正行監督:
原作ものは悪いとは言わないですけど多過ぎるかなって。もう少し自分達で物語を作っていこうっていう試みがあって良いし、それを映画会社が支えて欲しいなって思いますよね。そうやって脚本家も監督も役者も育っていくと思うので、もっともっとオリジナルの作品も作って欲しいなって思います。でも大体評判になったりするのってオリジナルが多いですよね。例えば是枝さんなんてオリジナルが多いわけだし、それでも出ているわけだから、たとえ新人の監督であってももう少しオリジナルで勝負して欲しいし、製作者側も育てるつもりで頑張って欲しいなって思います。
マイソン:
今日はありがとうございました!
2019年12月2日取材 PHOTO & TEXT by Myson
『カツベン!』
2019年12月13日より全国公開
監督:周防正行
出演:成田凌/黒島結菜/永瀬正敏/高良健吾/音尾琢真/竹中直人/渡辺えり/井上真央/小日向文世/竹野内豊
配給:東映
子どもの頃から活動弁士になることを夢見ていた染谷俊太郎だったが、不本意にもニセ弁士として泥棒一味の片棒を担いで生計を立てていた。だが、俊太郎はそんな状況に嫌気がさし、ある日泥棒一味から逃亡。ひょんなことからホンモノの活動弁士になれそうな機会が訪れるが…。
©2019 「カツベン!」製作委員会