今回は、アカデミー賞モロッコ代表に選出された話題作『モロッコ、彼女たちの朝』のマリヤム・トゥザニ監督にリモートインタビューをさせていただきました。監督自身が過去に家族で世話をした未婚の妊婦との思い出を基に作り上げたという本作の、登場人物達の交流や母性について聞いてみました。
<PROFILE>
マリヤム・トゥザニ:監督・脚本
1980年モロッコ、タンジェ生まれ。映画監督、脚本家、俳優として活動中。ロンドンの大学に進学するまで故郷のタンジェで過ごす。2012年、短編映画“When They Slept(原題)”で初監督を務め、数多くの映画祭で上映され、17の賞を受賞。2015年、監督第2作目となる『アヤは海辺に行く』も同様に注目を集め、カイロ国際映画祭での観客賞の他多数の賞を受賞した。夫であるナビール・アユーシュ監督の代表作“Much Loved(原題)”では、脚本と撮影に参加、さらに同監督最新作“Razzia(原題)” では、脚本の共同執筆と共に、俳優として主役を演じている。映画『モロッコ、彼女たちの朝』は、長編監督デビュー作となる。
生と死は改めて自分に問いかけるきっかけをくれる出来事
シャミ:
本作は監督が大学卒業後頃に家族で世話をした未婚の妊婦との思い出がベースとなっていて、監督自身が母になるにあたり、「一刻も早くこの物語を伝えなければならないと思った」と資料にありました。監督が彼女に出会った当時と、母になった時とで、彼女に対する見方や考えが1番変わったのはどんな点でしたか?
マリヤム・トゥザニ監督:
実はこの作品は私の母親に捧げています。母にはカンヌ国際映画祭で上映するまでそのことを言わず、カンヌで初めて観てもらい、自分に捧げられていることを知ってもらったというエピソードがあります。というのも、私が母親になった時に初めて知ったことが本当にたくさんあって、自分自身についても学ぶことがありました。それは、物事の本質に気づかせてくれる、強く美しい体験でもありました。
私は人生のすごく大きな出来事の2つが、生と死だと思うんです。自分自身が出産を経験したり、自分に近しい人が子どもを産み、それを体験する、あるいは誰かを亡くすという体験をする。そういった体験は、人間を超越するもので、私達の人間性に立ち戻らせてくれると思います。そして、生と死は改めて自分に問いかけるきっかけをくれる出来事でもあります。私自身も子どもを産むことで、自分の人生や自分という存在について改めて意識する部分がありました。また、サミアのモデルとなった未婚の妊婦との出会いは、そのこと自体がとてもパワフルな体験で、ずっと自分の中にあったのですが、同時に彼女が当時妊娠していて子どもを産む時に感じていたことを今度は自分の肉体で体験したわけです。その時にいろいろと感じるものがあって、それを表現する手段としてこの映画の脚本を「書かなければ!」という気持ちに突き動かされました。
シャミ:
監督はご両親と一緒に未婚の母を受け入れたと思うのですが、本作の場合はアブラとその娘ワルダが暮らしているところにサミアがやってくるという設定でした。サミアとアブラはタイプの違う人物でしたが、この2人の交流を通して監督が1番伝えたかったことはどんなことでしょうか?
マリヤム・トゥザニ監督:
私は誰もが恐怖心や傷というものを抱えていると考えています。この2人の女性達もそうで、サミアの場合は自分の子どもに対して何か感情を持ってしまったら、自分が辛くなることをわかっているので、とにかく自分が何も感じないようにしているんです。サミアは本来すごく喜びに溢れた生き生きとした女性なのですが、そんな自分を押さえようとしています。アブラのほうは、亡くした夫を悼むことができず、彼女自身が幽霊のような状態になっています。自分の人生を直視してしまうと、感情が出てきてしまって辛いので、今は何も感じたくないと思って日々生活しています。そういった意味では、彼女は母であること自体にも恐怖心を感じているんです。良き母なので、娘のワルダに勉強を教えたり、彼女のために一生懸命仕事をしていますが、恐怖心から自分の気持ちを娘に分けてあげることができずにいます。そんな2人の女性達がお互いを変えることになるのがこの物語なのですが、やはり本当にお互いを変えるためにはしっかりとお互いの内側まで見据えられなければいけないと思うし、その変化が2人の間で少しずつ起こっていくんです。
また、ワルダがいることが2人の助けにもなっています。彼女が2人の絆になり、そして大人が目に止まらないようなことに気づかせてくれる。時にはワルダが無意識でそういったことをする時もあって、例えばサミアに自分のお腹を触らせて、子どもとの繋がりを感じさせる場面があります。あれはとても子どもらしいやり方ですが、物事の本質を突いています。2人の女性に共通しているのは、自分が誰であるのかということから逃げようとしている点だと思います。それがこの偶然の出会いによって、2人はお互いのことを知って変化していく、その辺りを描きたいと思いました。
シャミ:
サミアとアブラの心の交流はとても印象的でした。あと、この2人を通して母性の素晴らしさと抗えない辛さの両方を感じたのですが、監督ご自身が感じる母性の素晴らしさや、辛さはどんなところでしょうか?
マリヤム・トゥザニ監督:
言葉で表すのはとても難しいことですね。私は子どもを持ったことで、自分が子どもであることを再発見するチャンスを与えられたような想いもありました。それから、自分の目の前で小さな存在が毎日変化していき、個性を持ち、人間らしくなっていく過程を見られることは、本当に素晴らしい体験だし、それに貢献できることにも喜びを感じます。そして、自分自身より良い人間になりたいという気持ちにさせてくれるんです。自分も与えなければと思うし、心も広く持たなければいけません。元々私は忍耐強いタイプでしたが、子どもを持ってさらに強くなりました(笑)。また、日々忙しくていろいろなことが意識せずに過ぎていってしまいますが、時には人生に立ち止まっていろいろなことを意識することもとても重要だと思います。子どもを持つ経験もその1つです。私は子どもを産んだ経験と、ちょうど出産のタイミングで自分の人生のペースを落とすことができました。なので、母性をフルに体験できるような日々を生きているつもりです。本当に圧倒されるくらい美しい体験です。
シャミ:
ありがとうございました!
2021年7月21日取材 TEXT by Shamy
『モロッコ、彼女たちの朝』
2021年8月13日より全国公開
監督・脚本:マリヤム・トゥザニ
出演:ルブナ・アザバル/ニスリン・エラディ
配給:ロングライド
未婚の母はタブーなイスラーム社会で、臨月のお腹を抱えたサミアは行く当てもなくカサブランカの街をさまよっていた。ある日、サミアは仕事を求めて小さなパン屋の扉をノックするが、パン屋の店主アブラは、仕事はないと断る。だが、その晩アブラは路上で眠るサミアを見つけ…。
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