福島県に実在する歴史ある映画館“朝日座”を舞台に描かれるドラマと映画『浜の朝日の嘘つきどもと』で監督、脚本を務めたタナダユキ監督にリモートインタビューをさせていただきました。良い意味で人間臭いキャラクターが魅力的な作品を多く手掛けたきた監督に、映画作りの背景をいろいろとお聞きしました。
<PROFILE>
タナダユキ:監督・脚本
1975年生まれ。福岡県出身。2001年初監督作品の『モル』がPFFアワードグランプリとブリリアント賞を受賞し、2008年『百万円と苦虫女』では、脚本と監督を担当し、日本映画監督協会新人賞やウディネファーイースト映画祭My Movies Audience Awardを受賞した。その後も『俺たちに明日はないッス』『ふがいない僕は空を見た』などの監督を務め、『四十九日のレシピ』では、中国金鶏百花映画祭国際映画部門監督賞、『ロマンス』ではASIAN POP-UPCINEMA観客賞受賞という快挙を成した。その他の主な監督作品に『お父さんと伊藤さん』『ロマンスドール』などがある。
また、ドラマでは『蒼井優×4 つの嘘 カムフラージュ』『週刊真木よう子』『東京女子図鑑』『タチアオイの咲く頃に〜会津の結婚〜』『昭和元禄落語心中』『夫のちんぽが入らない』『レンタルなんもしない人』など、さまざまなジャンルの作品を手掛けている。映画に先駆けて福島中央テレビにて制作、OAされたドラマ『浜の朝日の嘘つきどもと』は、優れた放送に贈られる第58回ギャラクシー賞2020年度テレビ部門で選奨を受賞。
好きなことを仕事にしてしまったがゆえに感じる理不尽さや絶望って絶対にある気がする
マイソン:
これまで大きな震災や台風に見舞われた福島県を舞台にするというところで、重視したポイントがあれば教えてください。
タナダユキ監督:
福島は震災だけじゃなく去年おととしは台風の被害も大きくて、そこからコロナもあって、でも制作の福島中央テレビさんは「自分達は震災を乗り越えて頑張っています」みたいな作品にはしたくないとおっしゃっていたんです。何なら最初は震災のことは入れなくても良い、福島が舞台であれば良いんですというお話でした。じゃあどういう話にしようかなと思った時に、映画館という1つの“入れ物”が浮かびました。映画館ではいろいろな他人が集まって、暗闇の中、同じものを観て、泣いたり笑ったりしているんだなという思いがあったんです。そこで映画館を舞台にしたら良いんじゃないかという話になり、映画館を探していたところ見つけたのが南相馬にある朝日座さんでした。南相馬という場所で撮ることになった以上、震災に全く触れないのもちょっと違うかなと思い、とはいえ「頑張っています」「福島は大変なんです」みたいな作品にはしたくないというFCT(福島中央テレビ)さんの想いがあり、私もそれは嫌でした。だから、押しつけがましくない、でも震災を抱えてそれでも生きている人達の悲喜こもごもを描けないかなと思って、こういう話になっていきました。
マイソン:
そういう背景があったんですね。今回映画館とか映画とか監督ご自身が普段から繋がりが深いところをテーマにしていますが、今このテーマで映画を作るというところで、どんな風に感じながら作られましたか?
タナダユキ監督:
この作品はドラマ版が先にあって、ドラマ版を書いてから映画版になったんですが、ドラマ版では夢破れた男が出てきます。夢を叶えられなかった絶望って当然ありますが、その一方で、夢だった職業につけたのに、思い描いていたことと現実があまりにかけ離れていて、なのに周りからは夢を叶えたと思われている矛盾というのもあると思うんです。好きなことを仕事にしてしまったがゆえに感じる理不尽さや絶望って絶対にある気がして、ドラマ版の時はそういう人を描けないかなと思いました。だから、絶望している人がたまたまフラッと寄った映画館で何かを取り戻していくみたいな話をドラマ版では作りました。じゃあ映画版はどうしようとなった時に、嘘つきな女の子、茂木莉子(高畑充希)がなぜその映画館に来たのか、彼女は震災で苦しい思いをして、家族との軋轢があり、そして映画が好きで、いろいろな思いを抱えてここにいるというようなお話にできればと思い、映画版はドラマ版の前日譚になりました。
マイソン:
それは監督ご自身の経験に基づいている部分もありますか?
タナダユキ監督:
気持ちの面ではあるだろうなと思います。やっぱりこの仕事をしていて、すごくおもしろい部分もありますが、しんどいこともそれ以上にあるので。でも「今さら他の仕事もできないし、潰しのきかない職業だな」みたいな堂々巡りな気持ちは(笑)、今回のドラマ、映画に繋がっている感じがします。
マイソン:
なるほど〜。キャラクターが皆さん一癖も二癖もあって、すごく魅力的でした。今作に限らず監督がキャラクターを描く上で、普段どんなことからインスピレーションを受けていますか?
タナダユキ監督:
何でしょうね。でも変な人を描こうと思っているわけでは決してないです(笑)。莉子に関しては、嘘つきっていうのはちょっと書いてみたいなと思っていて、その嘘が大した嘘でもないのですが、彼女がつく小さな嘘が誰かを動かしていったり、きっかけになったりするとおもしろいなと思ったんです。口の悪い女の子っていうのも書いてみたくて、高畑さんだったらそれを“どこかにこんな子いるかも”っていう風に思わせてくれるんじゃないかなと。キャラクターを描く時は、恐らく自分が今まで観たり聞いたりした人達を変化させていったり、膨らませていったりしているのだと思います。全くゼロからじゃないとも思うので。例えば茉莉子先生の、生徒にコンドームを配ったという話は、実は私の従姉妹のエピソードからヒントをもらっています(笑)。その従姉妹は自分の娘が年頃になった時に、自分の身を自分で守れるようにと娘にコンドームを渡したそうなんです、母親として。従姉妹は自分が若い頃に少しやんちゃだったから余計に、親が頭ごなしに交際を禁止しても子どもは反発するだけだから、それよりも自分を守る術を教えたんですね。望まない妊娠をしないように。だから私はそれってすごく良いことだなと思ったのですが、親戚中「とんでもない親だ」みたいな感じでザワザワして(笑)。やっぱり世間のズレがあるもんだなと思いました。そう考えると、もし学校の教職員が従姉妹と同じことをしたら、親御さんはザワザワするだろうなと。でも生徒からしたらこんなに頼りになる先生はいないはずで。そういうところから膨らませていったりしています。
マイソン:
ここまでのお話をお聞きしていて、1つの物事をいつも多面的に見ていらっしゃるのかなと思いました。
タナダユキ監督:
どうなんでしょうね。普段からそういうわけではありませんが、脚本を書いている時にワ〜って来る瞬間があるんだと思います。バオ(佐野弘樹)くんのキャラクターも、昔、アジア国籍の配達員の方がうちの地域の担当をしている時があって、配達が終わると「ありがとごじゃましたーっ!!」といつも元気にすごく良い笑顔で対応してくれるので、心が洗われる感じがあったんです。「もしもこの子が困った状況になったりして、もしも国籍が必要だった場合、一緒には暮らせないけど偽装結婚しても良いのかな」とか考えて(笑)。そういうのを入れていった感じです。
マイソン:
ハハハハハ!大久保佳代子さんが演じられていた田中茉莉子もすごく魅力的だなと思いました。元々のキャラクターの魅力プラス、大久保さんの醸し出しているものとかが合わさってという感じもしたのですが、今お笑い芸人さんで俳優業をやっている方もすごく多くて、一緒にお仕事をされて特有のセンスというかそういうものを感じられることはありますか?
タナダユキ監督:
嗅覚とか瞬発力とかがあるんでしょうね。大久保さんの場合はお笑い芸人さんでありながら普通のOLさんも経験していらっしゃるので、とても地に足の付いた感じがして、それがすごく茉莉子先生に合っているなと思いました。茉莉子先生は人間的にちょっとダメなところがあるんですが、そこに憎めない可愛らしさがあり、そしていざという時にはすごくしっかりしているところは、大久保さんだからこそ出せたものなんじゃないかなと思います。
マイソン:
監督が起用したくなる俳優さんの共通した特徴などはありますか?
タナダユキ監督:
高畑さんの場合は、過去の作品などを拝見していても、突拍子もない設定の役であったとしても「こんな人が実はいるかもしれない」と思わせる、すごい力を持った俳優だなと前々から思っていました。この人がお芝居をするとどれくらい自分がワクワクするだろうっていう人にお願いしていることが多いと思います。自分がその人のお芝居を観たいかというところですかね。
マイソン:
普段ご自身の作品ではない映画をいち観客として観る場合に、そういう俳優さんの演技などに目が行きますか?
タナダユキ監督:
そういう目で始めから観ようと思わず、いち観客として観るようにしていますが、魅力的な人は自然に心に残っています。それに、映画やドラマでのお芝居を見てというだけに限らず、高畑さんの場合だとCMで不意に見せる表情であったり、雑誌の写真だったり、大久保さんだったらバラエティでの面白さだったり。演技とはまた違う部分の、そういったことも自然に印象に残っているんだと思います。芸人さんでは、今回柳家喬太郎師匠にもご出演いただいていますが、落語家としての師匠のお客さんの心の掴み方や、場の空気を一瞬で変えることができる底力を目の当たりにしていたので、とにかく今回のキャストは自分が観たいと思った方達にお願いしたという感じです。ドラマ版ではミュージシャンの竹原ピストルさんと高畑充希さんのダブル主演ですし、生粋の俳優さんではない方が多いのは、主演の高畑さんが、若いけれど百戦錬磨なので、そんな人にどんな人をぶつけたらこれまでにない化学反応が起こるだろうと思ってのことでした。異種格闘技戦じゃないですが(笑)、毎日お芝居を撮るのが楽しかったです。
マイソン:
今は新型コロナウィルス感染症の影響もあって、生活スタイルの変化に伴い、映画の観方の多様化がさらに加速しているように思います。皆配信に慣れてきて映画館で観る人が減るんじゃないかと危惧する声も上がっているのですが、監督は今の状況をどう捉えていらっしゃいますか?
タナダユキ監督:
良い面もあるし、悪い面もあるしっていう複雑なところですかね。映画館で観るというのはただ家で観るのとはやっぱり訳が違って、“体験”しに行くことだと思うんです。映画館の空気だったり、その映画を誰と観たのかとか、1人で観に行ったけど全く知らない隣の人が同じところで泣いていたなとか、そういう体験は自宅では絶対にできないことなので、なくなって欲しくない場所です。でも、地方の映画館の数が減っていて、映画を観る文化に触れられないという人がたくさんいるのも事実です。また、子育てなどでなかなか映画館に行けない人もいて、そういう人にとっては実は配信ってすごく良いことなんじゃないかなとも思います。映画館がこれ以上苦しくなる状況には耐え難いものがありますが、配信にも利点はある。夢物語なのでしょうが、配信のうちの何パーセントかは映画館に行くなど、どうにか映画という文化を守れるシステムができると良いのにと思います。共存できる環境でこれから先、どちらも残ると良いなと思います。
マイソン:
そうですね。では最後の質問で、いち観客として、今までで大きな影響を受けた映画、もしくは監督、俳優がいたら教えてください。
タナダユキ監督:
いつも言っているのが増村保造監督と成瀬巳喜男監督と相米慎二監督です。でも、その監督達だけじゃなくて本当にたくさんいて…絞れないです(笑)。影響を受けたと言えるような作品を作れているわけではないので、ただ単にいちファンというだけですけど、増村保造監督の独特のセンスなんて誰も真似できないですから。成瀬巳喜男監督は、監督の研究をされている方から聞いたんですが、飼っている犬が懐かなかったというエピソードがあって、そういうところもすごく好きです。あと、私は成瀬巳喜男監督も増村保造監督も大好きなんですけど、増村監督の過去のインタビューを読んだら、「成瀬巳喜男はあんまり好きじゃなかった」みたいなのもあって、そういう人間的な部分も含めてどちらも好きです(笑)。相米慎二監督は、お会いすることは叶いませんでしたが、相米監督のようなワンシーンワンカットをやってみたくて、玉砕したりはしています(笑)。私と近い世代の監督は相米監督の影響でワンシーンワンカットに挑戦して玉砕している人が多数いるんじゃないでしょうか(笑)。やってみたらわかるのですが、ワンシーンワンカットをあれほど瑞々しく撮れるのは、実は天才的にカット割ができているからこそなんだと思いました。完璧なカット割を一度破壊して再構築できる。しかも、フィルムで撮られていますし、映画として色々な発見があると思うので、若い人達にもぜひ観て欲しいなと思います。
マイソン:
今日はありがとうございました!
2021年8月6日取材 TEXT by Myson
『浜の朝日の嘘つきどもと』
2021年8月27日(金)より福島県先行公開/9月10日(金)より全国公開
監督・脚本:タナダユキ
出演:高畑充希
柳家喬太郎 大久保佳代子
甲本雅裕 佐野弘樹 神尾 佑 竹原ピストル
光石 研/吉行和子
配給:ポニーキャニオン
福島県、南相馬にある映画館“朝日座”は100年近くの歴史を持ちながらも経営難に陥っていた。だがそこへ、茂木莉子と名乗る女性(高畑充希)がふいに現れ、経営が傾いた朝日座を立て直すと言いだし…。
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©2021 映画『浜の朝日の噓つきどもと』製作委員会