物語の舞台はアメリカが最も栄えていたとされる1955年、アメリカ南西部の砂漠に位置するアステロイド・シティです。人口がたったの87人しかいないこの町で、科学賞を受賞した5人の子ども達と家族が授賞式のために集まります。でも、授賞式で未曾有の事態となり、街は封鎖。人々は街から出られなくなります。本作も相変わらずのウェス・アンダーソン節が効いていて、とにかく何もかもが可愛らしくておしゃれ!未曾有の事態に巻き込まれた緊迫した状態にもかかわらず、なんだかおとぎの世界に迷い込んだような不思議な気分になります。
映画公式資料によると、時代を1955年に設定し、演劇と映画の世界を融合したユニークな構成の物語にした背景には、当時のアメリカ社会を象徴する出来事や人物が多く含まれています。この時代は演劇最盛期から映画へと移行する時代であり、さらに第二次世界大戦後であり、核開発と宇宙開発でソ連と競っていた時代です。アンダーソン監督は本作に含まれるさまざまな要素を結び付ける特性として、「アイゼンハワー時代に見られた排外主義(ゼノフォビア)」というキーワードを挙げています。物語の中にはそんな背景から人間を眺めたシーンが散りばめられています。それでも観ていて、今の私達のことを描いているようにも見えるのは、現代に結びつく要素の比喩とも取れるからなのかもしれません。
ここからはあくまで私個人の解釈でネタバレを含みますので、鑑賞後にお読みください。
物語の舞台は1955年とはいえ、宇宙人の到来で街が隔離された状況は、未曾有の事態に陥ったコロナ禍の比喩にも思えます。そして、幼い孫達とトム・ハンクスが演じる祖父によるお墓のくだりや、10代の天才科学者達が大人顔負けの実験を行う姿は、これまでの常識を若者達が変えていくことの象徴にも見えます。また、劇中の舞台演劇の中の架空の町アステロイド・シティで起こる物語には、映画界の窮状が反映されているようにも見えます。ただ、その窮状を悲観するのではなく、前向きに捉えているように感じるシーンもあります。「起きるために寝る」と連呼するシーンは、立ち止まることの大切さも表してるのではないでしょうか。
そして、とあるキャラクターが役を演じる上で悩むシーンも印象的です。本作は1950年代のアクターズ・スタジオで腕を磨いた往年のスター達をモチーフにしている{映画公式資料より}ことから考えると、俳優としての葛藤、作家達の考えが投影されているシーンだと思われます。そこからさらに一歩引いて考えてみると、現実世界でも人間は自分自身のことすら完全に理解しているわけではありません。ということは、たとえ役柄だとしても、1人の人間をそう簡単には理解できなくても不思議ではないと感じます。だからこのシーンは悩める人間にとっては温かさを感じるメッセージに受け取れます。
このようにさまざまな解釈を誘うストーリーも本作の魅力です。キュートな世界に浸りながら、解釈も楽しんでください。
ウェス・アンダーソン監督作は多少好みは分かれそうですが、この飛び抜けてアーティスティックな世界観はデートの雰囲気にはピッタリですよね。カップルで観て気まずい展開もないし、これでもかというほど豪華キャストが勢揃いしていて、映画好きカップルはなおテンションが上がるでしょう。鑑賞後も会話が弾みそうな内容です。
本作にはキッズやティーンも重要なキャラクターとして登場するので、皆さんも親近感を持って観られると思います。映画の中で演劇が上演されていて、その演劇の中の世界が映画になっているという、言葉で説明するのも難しい構造になっているのでキッズには少々難解ではあるものの、興味があれば観てみてください。
『アステロイド・シティ』
2023年9月1日より全国公開
パルコ、ユニバーサル映画
公式サイト
© 2023 Pop. 87 Productions LLC & Focus Features LLC. All Rights Reserved
TEXT by Myson
本ページの情報は2023年8月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。
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