今回監督だけでなく脚本も手掛けたオダギリジョーが本作の構想を得たのは10年前。中国、モンゴル、ブラジルの農村部やスラムでたくましく生きる人達の姿から着想を得て、本作のストーリーを綴っていったそうです。劇中には「役に立たないものは消えていく」というセリフも出てくるのですが、世の中が便利になり、合理的、資本的な社会になっていく中で淘汰されていくものがあるけれど、この世にあるものの存在価値ってそんなに簡単に計れるものだろうか、それは失っても良いものだろうかと考えさせられます。そんなテーマが、柄本明が演じる船頭というキャラクターに投影されていて、船頭と人々との交流を通して、観る側に問いを投げかけてきます。描かれる船頭の日常は一見静かで穏やかでゆっくり流れていて、前半は微笑ましいシーンも多いのですが、後半になるにつれ、胸騒ぎが止まらなくなります。年老いた船頭をいつも気遣う人々がいても、やっぱり船頭は孤独で、先行きが不安な状態。時代の変化についていけなくて自分ではどうしようもなく、ただそこに身を任せるしかない船頭の気持ちがすごくリアルに伝わってきて、これって誰もがいつか経験することなんだなと思うと、他人事には思えません。船頭含め、メインのキャラクター達の心情の動きがとても細かく丁寧に映し出されている点も本作の魅力で、グイグイとこの世界に引き込まれていきます。脇役もすごく豪華で、それぞれがちょこっと登場するだけなのにたくさんのスターが出ていて、オダギリジョーの人望の厚さを感じます。
そして、撮影監督をクリストファー・ドイル、衣装デザインをワダエミが務めている点も本作の見どころ。山深い人里離れた場所が舞台となっていて、船頭をはじめ、村の人達はとても素朴で着古した着物を身につけている一方で、キーパーソンとなるキャラクターの衣装は、その世界観に溶け込みながらも存在感と個性を放っていて、ワダエミが手掛ける衣装デザインのスゴさを実感します。また映画が始まってすぐに釘つけにさせられる映像の美しさは、さすがクリストファー・ドイル。オダギリジョーは本作の構想がありながらもしばらく寝かせておいたそうですが、『宵闇真珠』で主演した時に、同作品の監督を務めたクリストファー・ドイル(ジェニー・ジュンと共同監督)から、「お前が監督をする時は俺がカメラやるから、何でも言ってくれ」という言葉をかけられて、本作が本格的に動き出したと資料にありました。そんなこんなで邦画でも洋画でもないような独特の世界観を放つ作品に仕上がっていて、すごく見応えがあります。オダギリジョーの今後の監督業にも一層期待が膨らむはずですよ。
心の動きはすごく丁寧に描かれていて、ドラマチックなのですが、見た目には静かに展開していくので、映画を観慣れていない人を誘うと、反応がちょっと読めないところがあります。派手な作品が好きな人を誘うには不向きだと思いますが、芸術に興味がある人ならいろいろ楽しめるポイントがあるので、相手の好みがわかっていて、気に入ってもらえそうだなと思えば、ぜひ誘ってみてください。
人間の心情を細かく丁寧に描いた作品で、キッズにはまだ観慣れない分野の作品だと思います。上映時間が137分と長めなこともあり、大人になってから観るほうがより共感しながら観られると思います。中学生以上なら物語についていけると思うし、近い年代のキャラクターも出てくるので、大人とは違った目線で楽しめる部分があると思います。良い意味で余計なセリフがない分、観る側に委ねられる部分が多いのが本作の魅力ですが、今観て感じるものをそのまま受け取って、また何年か経ってから観ると、また感じ方が変わりそうなので、そういう楽しみ方もアリだと思います。
『ある船頭の話』
2019年9月13日より全国公開
キノフィルムズ、木下グループ
公式サイト
© 2019「ある船頭の話」製作委員会
TEXT by Myson