“風の電話”は、2011年に岩手県大槌町在住の庭師である佐々木格さんが、自宅の庭に設置した電話ボックスで、東日本大震災で多くの方がお亡くなりになり、故人ともう一度話したいと願う人々が訪れる場所だそうです。本作は、東日本大震災で家族を亡くし、広島県に住む伯母のもとで暮らす高校生のハルが、ある日思い立って1人で故郷の大槌町に帰ろうとするロードムービーで、怖い目に遭ったり、親切な人に助けられたり、道中でのさまざまな出会いでハルが成長していく様を描いています。ハル以外にも、震災の被害に遭った人達が登場し、家族や大切な人が亡くなったことにどう向き合っているのかを映し出していますが、震災の爪痕はまだ深く残っていて、前に進めずにいる人達が多くいることが伝わってきます。この世に大切な人がもういないという現実を頭では理解しつつ、心はまだその現実に追いついていないハルにとって、気持ちを解放していくまでの道のりがいかに長いかは、広島から岩手までの旅路に投影されていて、「本当にゴールはあるのか?」と思わせる展開は、ハルの心許ない気持ちを表しているかのようです。最初表情に乏しいハルが徐々に変化していく様子は表現がとても難しいように思いますが、ハルの繊細な心の微妙な変化をモトーラ世理奈が見事に演じています。本作は、震災について改めて忘れてはいけないという思いを喚起させると同時に、大切な人を亡くした経験のある人なら誰にでも心の支えを与えてくれる作品です。
ロマンチックになれるようなストーリーではないので、デート向きとは言えませんが、悲しい出来事が起こってから時が止まってしまい、ぽつんと残されてしまっている主人公ハルの気持ちは誰にでも共感できると思います。また、家族の話や大事な人の話をしたくなるストーリーなので、お互いにもっと知りたいと思っているなら、きっかけに観るのも良いかも知れません。
高校生の主人公が1人で長旅に出るというお話なので、皆さんも疑似体験する感覚で観られます。表向きには普通に見えても、心に深い穴が空いて苦しんでいる人がいることを客観視できるので、観終わった後は少しだけでも人に優しくなれるのではと期待します。ある情報について間違った解釈をして、震災で苦しむ人をさらに苦しめている現状なども語られているので、当事者の気持ちになるきっかけとして、キッズやティーンの皆さんにもぜひ観て欲しいです。
『風の電話』
2020年1月24日より全国公開
ブロードメディア・スタジオ
公式サイト
TEXT by Myson
© 2020映画「風の電話」製作委員会